第2話 コクッたの? コクられたの?
あれからずっと――私は、七五三くんのことばっか考えてます。
私、やっぱり七五三くんのことが好き。
ちょっとアレだけど、彼って、すっごく魅力的。
私、彼のこと、もっと知りたい!
もっともっと知りたい!
何て言うか、彼への興味が止まらない!
だから私――もぉ、思いきって告白するよ!
『私と付き合って!』って、彼に気持ちを伝えてみる!
でも……フラれたら、どうしよう?
彼って、一体どんな女の子が好きなのかな?
やっぱ可愛い系? 綺麗系?
明るい人? 静かな人?
彼ってちょっと変わってるから、そういうの、全然わかんない……。
だけど――私、もう決めた!
彼にコクる!
この気持ち、もう絶対に止まんない!
〇
そんなわけで――その日の放課後、私は彼を校舎裏に呼び出した。
はい。
いよいよ告白です。
一度も話したことない私に呼ばれて、彼は「えっと……」と少しとまどった表情。
やっぱ七五三くんって、私に興味ないのかな?
だとしたら、めちゃくちゃショックだよ……。
でも、私はくじけない!
なんとかして私の気持ちを、彼に伝えよう!
勇気を出して、私は彼の前に立つ。
え、でも、ホントにヤバいよ、七五三くん……。
正面から見ても、マジでイケメンすぎ……。
「あ、あのね、七五三くん」
「うん。何?」
初めて私に向けられた、七五三くんの言葉。
子どもみたいに不思議そうな、彼の顔。
か、可愛い……。
思わず抱きしめたくなる気持ちをおさえ、私は思いきって彼に告げた。
「あ、あの、私ね……中学に入学してから、ずっとあなたのことばかり考えてるの」
「え? ボクのことばかり?」
「うん。そう」
「じゃあ――今日の夜ごはんのこととか、次の休みは何しようとか、そういうのは考えないの?」
七五三くん――真顔です。
え、えっと……それは、その、一体どういうことでしょう?
もしかして七五三くん、マジで、子ども?
子どもの、素朴な疑問?
「い、いや、そういうことじゃなくて……もちろんそういうことも考えるけど、大部分は七五三くんのことばっか考えてるって言うか……」
「大部分がボクのこと……へぇ、キミって不思議な人なんだね」
う、うわぁ……不思議な人に、不思議な人って言われた……。
まるでゴリラに『キミってバナナがよく似合うね♪』って言われた気分。
だけど――私はなんとか心を落ち着ける。
やっぱり七五三くんって、こういう子どもっぽいとこも可愛い!
こんな人を、彼氏にしたい!
「だから、その……あのね、七五三くん。もし良かったら……私と付き合ってくれないかな?」
「付き合う? 付き合うって、何? 何するの?」
「何するって……いっしょに登下校したり、勉強したり、デ、デートしたり……」
「あぁ! それって、もしかしてアレ? キミはボクと恋人同士になりたいってこと?」
「あ、う、うん……まぁ、そういうこと……」
「そっか……だったら、真面目に考えなきゃいけないなぁ……」
「あの、返事はね、今じゃなくていいの。私、待ってるから。今日は、その、私の気持ちを、あなたに伝えたかったって言うか……」
「あぁ、そうなんだね。ところでキミ――名前は?」
「な、名前?」
私、もぉ、大・大・大・大・大ショック!
もう一ヶ月以上同じ教室にいるのに、しかもとなりの席なのに、私、彼に名前も覚えられてない……。
こ、これは脈なしだよ……。
トホホすぎるよ……。
私、もぉ、マジで泣きそう……。
「あの……葉月、しずく、です……」
「じゃあ、葉月さん。ちょっとそこに立っててくれる?」
泣きそうな私にまったく気づかず、七五三くんが明るく言う。
絶望の中、私はなんとか顔を上げた。
「ここに? ここに立っとけばいいの?」
「うん。背すじを伸ばして『気をつけ』のポーズ。まっすぐに、前だけを見て。あぁ、ラクな感じでいいよ。フツーに、こぉ、自然に」
「こ、こぉ?」
なんだかよくわかんないけど、私は『気をつけ』のポーズをとる。
すると彼が、ポケットからサッと何かを取り出した。
な、何ですか、それ?
メ、メジャー?
つまりセロテープみたいにグルグルと布が巻かれた、距離を測定する道具。
巻尺っていうのかな?
とにかく、それ。
それを構えた彼が、私の足もとにひざまづく。
「それじゃあ、葉月さん。ちょっとこれの先っちょを踏んどいてもらえる?」
「ふ、踏めばいいの?」
「うん」
七五三くんに言われた通り、私は巻尺の先っちょを踏む。
すると彼は、カラカラカラカラと私から遠ざかっていった。
距離的には、五メートルくらい?
あの、すいません、七五三くん……。
それは、その、一体何の距離を測ってるのでしょうか?
「なるほど……非常に興味深いな……」
な、何が?
何が、なるほど?
何が、興味深いの?
とまどうしかない私を放置し、七五三くんは次に自分の右手の人差し指にツバをつける。
それを空にかざし、ジッと見つめた。
か、風向き、ですか?
風向きを……確かめていらっしゃる?
「ウ、ウソだろ……こ、こんなことって、ありえるのか?」
七五三くん、何かにビックリ。
私は、もぉ、完全に意味がわかりません……。
次に彼は、両手を使って窓を作る。
画家とか映画監督とか、そういう人が自分の作品の構図を考えるポーズ。
どうしたらいいのかわかんない私は、校舎裏でずっと『気をつけ』。
えっと、あの……私、今、何をしてたんだっけ?
そ、そうだ!
告白だ!
私、七五三くんにコクッてたんだ!
でも、コクッて『気をつけ』のポーズって、一体何?
七五三くんが、私に近づいてくる。
地面に置いていた自分のスクールバッグを開き、中から茶色い何かを取り出した。
パルプ紙で表紙が作られた、小さめサイズの――ノ、ノート?
それ、ノートなの?
辞書じゃなくて?
あ、厚っ!
それを開き、真剣な顔で、七五三くんがペンを走らせる。
『気をつけ』のポーズのまま、私はこっそりと、彼のノートをのぞき込んだ。
なんだかよくわかんない記号が、次々と書き込まれていく。
な、何ですか、それ?
こ、古代文字?
色んなイラストや数式みたいなのが、ものすごいスピードで書かれてますけど……。
おまけに、何が書いてあるのか、さっぱりわかんないんですけど……。
「あの、七五三くん……それは、その……何?」
「あぁ、うん。キミが一体どんな人物なのか、今ちょっと確認してるんだ」
「は、はぁ……」
その謎の文字で?
記号で?
数式で?
一体、私の、何がわかるの?
七五三くんは、サラサラとペンを走らせ続ける。
『気をつけ』のポーズのまま、私はその場に棒立ち。
あ、あの、あのね、七五三くん。
私、これ、人生、初告白だったんだよ?
初告白でこれって、一体、どういう状況?
「よし! すべての謎は解けた!」
あ、あぁ……はい、良かったです……。
って言うか、私には、あなたのすべてが謎ですけど……。
「でもこれは、ボクが悪かったなぁ……」
「な、何がでしょう?」
「完全にボクのミステイクだ。ボクはキミを見つけることができなかった」
「は、はい?」
「本当に、すいませんでした」
いきなり、七五三くんが私に深々と頭を下げる。
え? え? え?
な、なんで?
何が、『すいませんでした』?
顔を上げた七五三くんが、スクールバッグに分厚いノートを戻す。
入れ替えるように、中からウエットティッシュを取り出した。
一枚を抜き取り、手を拭く。
右手を、私に差し出してきた。
「あの、葉月しずくさん。良かったら――ボクとお付き合いしていただけませんか?」
「は、はい?」
「ダメでしょうか?」
「え? いえ、わかりました。よ、よろしくお願いいたします」
彼の右手を、私は握り返す。
すると彼は、子どもみたいな顔でほほ笑んだ。
「うわぁ。すごく嬉しいよ。どうもありがとう」
えっと、あの……これは一体どういう状況なんでしょう?
コクッたの、私、だよね?
え?
七五三くん?
どっち?
どっちなの?
「じゃあ、今日からボクたちは恋人同士だ。呼び方は、どんな感じがいい?」
「えっと……な、七五三くんにおまかせします……」
「そっか。じゃあ、最初は――苗字呼びでいこう」
「うん。わかった……」
「色々決まったところで、いっしょに帰ろっか」
スクールバッグを拾いあげ、七五三くんが歩きはじめる。
あわてて自分のスクールバッグを取り、私は彼の横に並んだ。
初めていっしょに歩く、私と七五三くんだけの校内。
私たちが、付き合いはじめた瞬間。
って言うか、これって、何?
こういうので、いいの?
コクるって、ホントにこんな感じ?
〇
帰りの通学路を歩きながら、私はとなりの七五三くんを見る。
やっぱ彼、超イケメン。
女子にモテる要素、テンコ盛り。
この人が私の、生まれて初めての彼氏……。
「ねぇ、葉月さん」
「え? な、何?」
「葉月さんって、今まで彼氏とか、いたことある?」
「ううん。ないよ。そういうの、あんまりよくわかんなかったから」
「そっか。じつはボクも彼女ができるのは初めてなんだ」
「そ、そうなの? 七五三くん、すっごくモテそうなのに?」
「あのね、葉月さん」
七五三くんが立ち止まり、真顔で私を見つめる。
「モテるとか、モテないとか、そういうのは、どうだっていいんじゃないかな? 大事なのは、自分が好きな人に『好き』って言われることだとボクは思うよ」
「そ、そうだね……うん、それは、ホント、そうかも」
「ほら、葉月さん。見て。今日も綺麗な夕暮れだ」
七五三くんが、オレンジ色に染まった町の風景を指さす。
彼のとなりで、私もそれを見つめた。
「思い出って、きっとこういう風景といっしょに心に残っていくんだろうね。ボクたちが恋人同士になって、初めて見る夕暮れだ。ボク、これ、ずっと覚えとくよ」
「うん……私も、覚えとく……」
私と七五三くんは、その夕暮れの中、家に向かって歩いていく。
なんか、落ち着くなぁ……。
話したのは今日が初めてだけど、私、七五三くんといっしょにいると、なんかラク。
カッコつけなくていいような気がするよ。
〇
そしてその日――私に、生まれて初めての彼氏ができた。
私の彼氏・七五三くんは、とっても変わった人。
すごくすっごくヘンな人。
でも告白する前より――私は、彼のことが好き。
『モテるとか、モテないとか、そういうのは、どうだっていいんじゃないかな? 大事なのは、自分が好きな人に『好き』って言われることだとボクは思うよ』
あの夕暮れの中で、七五三くんが言った言葉。
なんか、すごく深い。
彼って、たまに子どもみたいな顔をするけど、ホントはすごく大人なのかな?
なんか、マジで、他にはいない感じの人。
一体、何を考えてるのか、さっぱりわかんない。
私の彼氏は、ヘン。
めっちゃ、アレ。
つまり、アレカレ!
でもそんな彼といっしょに過ごすのが、今からとっても楽しみです♪