第1話 どちらかと言うと、私は猫語を勉強したい
私、葉月しずく。
中一。
鶯岬中学に入学してから一ヶ月――私には、気になってる人がいる。
となりの席の、七五三 蓮くん。
彼って、マジで超イケメン。
クッキリとした二重の目。
めちゃくちゃ長いまつ毛。
スッと通った鼻すじ。
大きくも小さくもない、いつも静かに結ばれたくちびる。
身長は、フツー。
きちんとカットされた、風に揺れるサラサラヘアー。
男子の、いわゆる可愛い系?
そう。
私、最近気づいたんだ。
七五三くんって、あんま目立たないけど――よく見たら、めちゃくちゃ美少年。
カンペキって言っていいくらい、女子にモテる要素・テンコ盛り。
でも七五三くんは、わりと地味。
その理由は、単純に、彼が物静かな人だから。
私、いつも彼のことを見てる。
彼を見て、なんでだかわかんないけど、薄っすらほほ笑んでいたりする。
こんな私、自分から見ても、ちょっとキモい。
でも、彼を見るのが止められない。
だからたぶん、これは恋。
私、彼のことが好きなんだと思う。
〇
「でも……七五三くんって、一体どんな人なのかな?」
ある日の放課後。
一人で校門から出た私は、ポツリとつぶやく。
教室での七五三くんは、私のとなりの席。
でもとなりの席ってだけで、私、彼のこと、何も知らない。
知ってるのは、彼が結構レアな苗字ってことくらい。
だから私、まだ彼のルックスしか好きになってない。
「七五三くんのこと、もっと知りたいな……」
そう思いながら前を見た瞬間――私は、人生サイコーのチャンスを手に入れてた!
少し前を歩く、七五三くんの姿を発見!
「マ、マジか……」
私、大キンチョー。
とんでもなくビビりながら、彼の後ろを歩く。
七五三くんの後ろ姿が、今、すぐそこに――。
ヤ、ヤバいよ、この人……。
歩き方が、超カッコイイ……。
後ろ姿までイケメンって、なんかすごくない?
でも彼、まだ部活に入ってないのかな?
ひょっとして、スポーツとか苦手な人?
でも、まぁ、とにかく!
七五三くんの歩き方は、すごくすごく素敵!
腕の振り方、歩幅、他の男子は、あんなに美しくない!
スタスタと、彼はまっすぐに歩いていく。
いきなり――左に曲がった!
そっか。
七五三くんち、私んちと逆の方向なんだ。
そして私は――思わず左に曲がってしまう。
引き続き、彼のあとを追った。
だって彼の後ろ姿、信じられないくらいカッコイイんだもん。
もう少し、見ていたい。
でも私は、そこでハッと気づく。
「も、もしかして……これって私、まさかのストーカー?」
ねぇ、私……それはダメだよ。
絶対。
マジで、それ犯罪だ。
そう思ったけど――私は歩きながら、ブルブルと首を左右に振った。
い、いや、違う!
こ、これは違うよ!
私、今日は学校が早く終わったから、ちょっと遠回りして帰ろうと思っただけ!
ちょっと散歩するだけ!
ストーカーとか、絶対そういうんじゃないし!
そんなことを考えている間に、七五三くんは山の方に向かっていく。
「七五三くんちって、山側なんだ……」
その時、いきなり彼が、ピタリとその場に立ち止まった。
「え? な、何?」
あわてて、私はすぐそばの木の後ろに隠れる。
えっと、あの、これ、私、マジでヤバくない?
これじゃ、リアルでストーカー!
で、でも……これは偶然!
私は、遠回りをしてるだけ!
これだけは、絶対にそう!
道の横を流れる、静かな川。
その河原へと、七五三くんが降りていく。
「ど、どこに行くの?」
私が見守っていると、彼は川辺に立ち止まり、その場にスッと腰を下ろした。
休憩、ですか?
ひょっとして、家までまだまだ遠い?
河原のそばの木陰に移動し、私は彼を観察する。
いや、ホント、そろそろマジで、ダメだよ、私……。
もうここらへんでやめとこう?
これ、本気で、ただのストーカー……。
って、いやいやいや!
違うって!
これは、絶対に違う!
私は、ただ遠回りをしてるだけ!
でも……さすがにこれは、ちょっとヤバいな……。
良くないよ……。
こういうの、マジで良くない……。
「帰ろ……」
そうつぶやき、私は元の道に引き返そうとする。
すると、視界の片隅に――川面に反射するキラキラとしたオレンジ色が映った。
おだやかな夕陽に包まれる、河原に座った七五三くん。
「カ、カッコイイ……」
私は、やっぱり木の後ろに戻っていく。
ヤ、ヤバすぎだよ、七五三くん……。
どうしてそんなに絵になるの?
カッコ良すぎです……。
あぁ、七五三くん……あなたはホントに、なんて素敵なの?
クラスの他の男子とは、全然違う!
すっごく特別な感じ……。
私が彼の姿にウットリしていると、河原の端っこから、一匹の猫が現れた。
黒猫。
その猫が、まるで当たり前のように七五三くんのとなりに並んでいく。
「七五三くんって、やっぱ猫にも好かれるんだぁ……」
私が「うん、うん」とうなづいていると、黒猫が静かに七五三くんを見上げる。
「ニャア」
その子が、鳴いた。
すると彼が、フツーにそちらに顔を向ける。
「やぁ、ひさしぶり。その後、調子はどうだい?」
七五三くん、黒猫に話しかけてます……。
うわぁ……彼、こんな子どもっぽいところもあるんだ……。
うん。
なんか、ますます可愛い……。
「ニャア、ニャア」
「へぇ、そうなんだ。相変わらず、キミも大変だね。でも……それはそうだよ。そうした方がいいと、ボクも思う」
……は、はい?
えっと、あの、七五三くん?
今、猫と会話しました?
ウ、ウソでしょ?
息を飲み、私はそんな彼らを見つめる。
「ニャア」
もう一度、黒猫が七五三くんに鳴いた。
すると彼は、ものすごくやさしい顔で、猫の頭を撫ではじめる。
「うん。そうだね。でもキミは、これからも生きていかなきゃならない。ツラいことがあっても、前を向いて行かなきゃだ」
「ニャア……」
えっと、あの、すいません……私、もう色々とワケわかんないんですけど?
七五三くん、もしかして、猫に悩みでも相談されてます?
って言うか、猫との会話、マジで成立してる?
「ニャア」
「うん。その件については了解だ。それじゃあ、また来るよ。ボクはキミのこと、いつだって気にしてる。キミは一人じゃない。それだけは忘れないで」
「ニャア」
「ふふふ。それでこそ、キミだ。でも、くれぐれも車には気をつけて。急に飛び出したりしちゃダメだからね」
座っている七五三くんの足に、黒猫が体をすり寄せていく。
黒猫は、そのまま河原から立ち去っていった。
黒猫がいなくなると、夕陽のオレンジに染まった七五三くんも、その場から立ち上がる。
河原から道に上がり、学校の方に戻りはじめた。
「わ、私は、今……一体、何を目撃したんでしょうか?」
ボーゼンと、私はつぶやく。
も、もしかして、七五三くん――あの黒猫とマジでお友だち?
この河原まで、わざわざ会いに来た?
な、謎が謎を呼びすぎでしょ、七五三くん!
あなた、一体、何者?
どうしたらいいのかわかんない私は、美しく歩いていく彼の背中を見送る。
その後ろ姿は、やっぱり絵になっていた。
す、素敵だ……。
素敵すぎるよ、七五三くん……。
〇
中学生になって一ヶ月――私は、一人の男子がめちゃくちゃ気になっている。
彼は、ちょっとヘンな人。
黒猫のお友だちがいる人。
翌日の一時間目は、英語の授業だった。
でもどちらかと言うと、私は猫語を勉強したい。
そっちの方が、なんだか私の人生が楽しくなりそうだから。
先生の話を聞きながら、私はさりげなくとなりの席の七五三くんを見る。
七五三くんの横顔、やっぱ超イケメン。
私、七五三くんのことをもっと知りたい。
まだ一度も話したことないけど、彼のこと、もっともっと知りたい。
彼って、絶対、他の誰とも違う。
これって――やっぱ恋だよ!
しかも、かなりマジなやつ!
って言うか、いつかきっとLOVEになるやつ!
私の初恋のお相手は、なんだかめちゃくちゃヘンな人。
猫と話せる、すごくすっごくアレな人。
七五三くん。
私、あなたのこと、なんだか本気で好きになってきました。