国王
ゼナは床に座りながらセルスのことを睨んでいる。グランも呆れ顔だ。二人とも考えていることは、こんなに強いB級冒険者がいてたまるかっ、といったところだろうか。
二人の目線が辛くなったセルスは顔を背けている。
「ま、まあこれでおれがA級魔獣の討伐をしてたって分かったし、これでギルド長の疑いも晴れただろ。さっさと帰ってくれ」
二人からの目線がきつかったのかセルスはごまかすように言う。
「ふん。それが出来ればとうに帰ってるわ。これは国王陛下からの命令。ここで引いたら王国騎士団の名折れというものよ」
彼女の口調は強気だが顔は涙目で、足は産まれたての小鹿のように震えている。王国騎士団の誇りはどうなったのだろうか ……
セルスとグランは二人ともめんどくさっというような顔をしている。
「……じゃあその国王とかいうやつに話を付けてくればいいんだろ」
友達の家行ってくるみたいなノリのセルスの発言に二人とも頭に? を浮かべている。
「何を言っているんだ。ここから王都まで何キロあると思って……」
そんなグランの言葉が最後まで言われることは無かった。なぜなら気づいたときにはもうセルスの姿が見えず、風切り音が聞こえるだけだったからだ。
「この村にはいつからあんな化け物が住んでたの?」
ゼナは呆れたような表情でグランに聞いている。少し調子を取り戻してきたようだ。それに対してグランも苦笑いしながら答える。
「あいつがこっちに来たのは8年くらい前だったかなぁ。昔はもっと荒れていたんだぜ」
「うん?あいつはこの村で育ったんじゃないのか?」
何気なく聞いた彼女の発言に今までにないほどグランは顔を険しくした。
「……13年ほど前にあった”レーライン地方消失事件”って覚えているか?」
「ああ!。あの事件か。覚えるも何も、私も調査に行ったからな。あれはさすがに私も驚いた」
”レーライン地方消失事件”とは13年前に起きた王国を震撼させた事件である。レーライン地方にあった5つほどの村がそこに住んでいた住民と共に一夜でなくなったのだ。王国側も原因を探したが一切の証拠が見つからず、最終的には原因不明だがこれから起こる確率もとても低いだろうと発表した。
「あの時、王国側の発表に不満を持った一部の住民の中に暴動を起こす奴も居たからな。私もその鎮圧に連れ出されたものだ。まぁ、結果として事件も数か月で忘れ去られたわけだが」
王都でもこの事件はすでに都市伝説のようになっている。今その話ががどうしたんだ、というようにゼナが首を傾けるとグランは険しい表情のまま口を開いた。
「あいつは事件の唯一の生存者だ」
グランとゼナが会話をしていたころ、セルスは王都上空を飛んでいた。いや、正確には”跳んでいた”だろうか。彼の持つスキル”縮地”で家と家の間を飛び越えているのだ。
(村から王都まで10分もかかるとはな。無理してでもあれを使うべきっだたか……まあ、後の祭りだな)
そんなことを考えていると王城が見えてきた。だがここにきてセルスは気づいたのである。城の入り方を考えていなかった、と。
城の正面から入ろうとするものなら、兵士に捕らえられるだろう。それでは王と話ができない。そこで彼がしたことは……
その後、城が大きく揺れ、兵士も何が起きたのか分からず困惑している。その時、町の見回りをしていた者からとんでもない情報が流れてきた。
城に何者かが突っ込んでいった。
その情報は城の中を回り、兵士もてんやわんやだ。だがそんな中、誰にも気づかれずに王の間へ進む人影があった。
(やっべぇ!! 思った以上に人が集まってやがる。まぁ、この間に進めると思えば……いっか)
そんなのんきなことを考えていると厳かな模様の門が見えてきた。おそらくあれを開けて進むと王の間に続くだろう。
そう考えていると突然、殺気が彼のことを襲った。
セルスがその場を一時後退すると、大剣を持った男が先ほどまでセルスのいた場所を襲っている。
「ちっ、外したか……」
煙の中から姿を現すとともに男はそう呟いた。男はグランほどの大柄でゼナと同じように鎧で身を固めている。持っている大剣も男の身長ほどの大きさだ。
「あんた、名前は?」
「賊に名乗るわけがないだろう」
そう言って、男が突っ込んできた。セルスは自分の持つ短剣で男の攻撃を受け流す。扉まで”縮地”で一気に進もうとするが、男はまるで彼の動きが分かっているかのようにセルスの前に立ちはだかる。そのことにセルスは驚いた。
「俺の動きが見えているのか?」
「お前の動きは見えていないぞ。だが、動きの導線と部屋の構造からお前がどこを通るかは予想できる。」
セルスは今、一般人なら目に捉えることすらできない程のスピードて動いている。現に、ゼナも彼の動きを捉えることができなかった。だが、目の前にいる男は彼の動きについてきているのだ。
(そろそろ追いかけっこも面倒になってきたな。ギアをあげていくか)
そしてセルスがスピードを上げようとしたその時……
「双方、納めなさい。」
まるで聞いた者を震わせるような凜とした声が響き渡った。声は扉の向こう側から聞こえている。先ほどまで大剣を振り回していた男も扉の向こう側に膝をついているようだ。
「ウィンド。彼を王の間まで案内してあげなさい」
男の名前はウィンドと言うらしい。扉の向こうからそう聞こえるとウィンドは少し考えるそぶりを見せたが、すぐにセルスの方へ向かった。
「ついて来い」
ウィンドは一言だけ言うと声の聞こえる方へと向かっていく。セルスは男の後を追った。
男の入った部屋へ入るとセルスは声を失う。先ほどまで通っていた部屋や道もとても豪華な装飾がされていた。だが、この部屋はその比でない。これでもかっというほどの量の宝石が壁に散りばめられている。そして一番目を引くのは、天井にでかでかと掛かっているシャンデリアだ。キラキラと輝くその光景にセルスが目を奪われていると、前から声がかかった。
「この部屋がお気に召してもらえたかな。」
そう声をかけられ、セルスはようやく声の主の方を向いた。そこには豪華な椅子に座り、人のよさそうな笑みを浮かべている男がいる。その横には大剣を背中にかけたウィンドが立っていた。そこでようやくセルスは声の主の正体に気づいたのだ。
「税金の使い道が気になっただけだ」
「それは手厳しいね」
そう言葉を返した声の主にセルスは言った。
「あんたがこの国の国王か?」
「いかにも。僕が国王、アルノルト・ランドランスさ」