プロローグ ~男の名は~
「S級冒険者になる気はねえのかよ~」
朝から相手に頼むような情けない声を出しているのはランドランス王国の王都から南西に進んだところにある村のギルド長であるグランだ。でかい図体の割にとても情けない声をだしているがこれでもギルドの長ということもあり威厳はあるのだ。一応……
そんな声を出しているグランの相手の返答はというと……
「断る」
一言だけだった。相手は18歳ほどの男の子で顔はフードで隠れているためよく見えないが金色の前髪が少しだけ見える。
「そうはいってもよ~お前が頼むからいろいろと融通利かせてB級冒険者にしてるけど、結構きついんだぜ。ギルドで討伐した魔物の数と種類を王国に提出するときなんか、こんな辺鄙な田舎であの数であのランクの魔獣をを討伐するなんておかしいってギルド会議の時に周りからあんな白い目でみられるのは」
人の気も知らないでっと恨めしそうな目で相手のことを見ている。
「そこらへんは本当に感謝してるよ。申し訳ないともおもっている。だけどS級冒険者になるといろいろと面倒だろ」
肩をすくめて言っているが、そこを譲ろうとする意志は見えない。だがグランも説得をあきらめる気はなさそうだ。
「S級冒険者になればなんだって手に入れられるんだぞ。冨や名声もお前の思うがままだ。お前が欲しがっているあの情報だっててにいれられるかもしれない」
グランがあのと言ったところで相手は少し反応したがすぐに言った。
「今の生活のままで俺は十分なんだよ。金もある程度はある。感謝だって村の人たちにたくさんしてもらってるさ。これ以上望んだら罰が当たっちまう」
グランが「でもよー……」と言ったところとき、ドアが勢いよく開かれ甲冑服に身を包んだ人が10人ほど入ってくる。誰もが剣を腰に差していたためグランたちは身構えた。
「我らは王国騎士団一番隊だ。私の名前はゼナという。このギルドにようがあって来た」
はっきりとした口調で答えたその女性はゼナと言うらしい。鎧の向こうから気の強そうな目と緑の髪が見える。
対してグランが「いや、怪しすぎるだろ……」と言うと、彼女はグランのことをギロリとにらむ。すると、グランが「ひぃ!!」と情けない声を出した。ギルド長なのに……。
そんな中、グランと話していた相手は一切の怯えを見せない。それが気に食わなかったのかゼナがふんっと鼻を鳴らす。
「グランギルド長。あなたが魔物の討伐数と数について嘘の情報を王都に報告しているとはな。なんとも心が痛む話だ」
これにはグランだけでなく話をしていた少年も少し驚いたような様子でいる。
「何言っているんだ。俺が王都に嘘の情報を流したなんてそんなでたらめな……」
それに間髪入れずゼナが言う。
「この村の冒険者が討伐したとはあまりにも無理がある量の魔物の数と種類。これに対して王都のギルド本部はグランギルド長が嘘の情報を流していると判断した。よってグランギル……。いや、グラン。お前は王都から逮捕状が出ている」
その言葉に対して「そんな……」とグランは小さく声を漏らしている。それにゼナは追い打ちをかけるように言う。
「これはもう決定したことだ。弁明があるなら王都の署できこう。まさかA級の魔獣を1か月で10体も倒しただなんて。子供でももう少しましな嘘を吐くだろうに」
これにゼナが鼻で笑うようなそぶりを見せると後ろにいる部下まで同じように笑い出した。これに対してグランは何も言わずにうつむいている。
「俺が10体討伐したんだよ」
話を聞いていた少年がポケットに手を突っ込みながら彼女の方に向かってゆっくりと歩きだした。発した声には僅かだがプレッシャーが感じられ、王国騎士団もたじろいでいる。少年はそんな様子も気にせず話を続ける。
「ギルド長も悪かったな。まさかここまで大ごとになるとは思ってなかったんだよ」
少年はゼナの前に着くとポケットから手を抜いてこう言った。
「信じるのはあんたらの勝手だ。だがこの先ギルド長の方に向かって歩いてみろ。その時は俺があんたらの相手をする」
ゼナは自分の本能が警鐘を鳴らしているのが分かった。
こいつに関わってはいけない、と。
だが彼女の心にあるプライドが正常な判断を妨げてしまった。
「っ。何をしている早くグランを捕えろ!!」
ゼナはグランをとらえるよう部下に命令した。いや、してしまった。
その瞬間彼女の前にいる少年は小さく呟いた。
「忠告はしたんだからな」
その瞬間何が起こったのかゼナには分からなかった。グランを捕えようと動いた5人の部下が全員倒れ動かなくなったのだ。王国騎士団は全員厳しい訓練に日夜励んでいる。しかもここにいるのは騎士団の中でもよりすぐりの先鋭ばかりだ。彼女も自分が団長の次に強いのだと自負している。なのに部下は一切の反応をできなかった。自分でさえも少年が何をしたのか、いや動いたかどうかさえ分からなかったのだ。
悔しそうな表情をしたゼナは部下に向かって叫んだ。
「お前たちは全員下がれ! あれを使う!」
それを聞いた部下はギルドの外にまで逃げ出した。
「これを使う回数なんて片手で数えられるほど。まさか今使うことになるとはな」
そう言ってゼナが片手を上にかざすとどこからともなく剣が出てきた。しかもただの剣ではない。雷をまとった曲刀だ。それを見るとグランはポツリと呟いた。
「雷をつかさどる魔剣……。アロンダイト……。」
王国では多くの剣を所有しているがその中でも魔剣というものがある。魔剣とは長い年月をかけて剣に魔法を当て続けることによってできる剣であり、製造はとても難しく王国でも10本ほどしか所有していない。その中でも魔剣アロンダイトは雷を纏いし剣であり、一振りで天を突き破るほどの雷の斬撃を生み出すと言われている。だが、これを使うことはほとんどない。なぜなら威力が高すぎるからだ。相手に使えば味方まで巻き込む可能性がある。だが、ここで使わないと絶対に目の前にいる少年には勝てないとゼナは思っていた。
「悪いが避けてくれよ!!」
自分はまだアロンダイトの力を100%引き出すことがまだできない。せいぜいこのギルドを吹き飛ばす程度だろう。だがここで引くのは自分のプライドが許さなかったのである。
「秘技が一、雷……」
「させねえよ」
「ッ!?」
彼女は剣を振りかぶろうとした時、目を見開いた。少年が呟いた瞬間魔剣が真っ二つに折れていたのである。
「ば……………かな……………」
魔剣の中でも最高峰と言っても過言ではないアロンダイトが折れた。そして自分は少年が動いたことにさえ気づけなかった。この2つの出来事はゼナのプライドを折るには十分だった。
「お前は一体…………何者なんだ?」
膝から崩れ落ちた彼女が聞いたこの言葉にフードをとりながら少年はこう答えた。
「俺の名前はセルス・オーグメント。どこにでもいるB級冒険者だ」