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線路

作者: 天津 貴月

この物語は東方projectの二次創作ですが、東方projectを知らない方(、、、、、)でもお楽しみいただけます。

「一番のりばから守矢神社行き急行が発車します——」

自動放送の声に被るように鳴る乗降終了のブザーと共に、地下のホームに響いている。

 扉を閉め、側灯(そくとう)を確認。合図ベルを二回鳴らす。ブレーキの緩解音、モーターのインバーターの音、電車は動き始めた。

 ホームを監視し、異常がないことを確認。頃合いをみて、車内放送を始める。

「おはようございます。幻鉄(げんてつ)をご利用いただきありがとうございます。この電車は守矢神社行き急行です。途中、中央人里、紅魔館(こうまかん)風神(ふうじん)に停まります。中央人里で香霖堂(こうりんどう)行き各駅停車、風神で地獄温泉行き急行に連絡します」

 車窓にはトンネル壁の電灯が永遠と流れている。

 永遠亭駅から六㎞ほど地下が続く。地上には竹林が広がっている。「迷いの竹林」と呼ばれ、入ると方向感覚を失い、抜け出せなくなる。その竹林の中にある永遠亭は幻想郷(げんそうきょう)唯一の病院だ。各地から人間のみならず妖怪、妖精なども集う。


 長い地下区間を抜けて南門(なんもん)駅を通過、定刻通り。

 南門は文字通り、南の門が名前の由来だ。人妖様々な種族が住むこの幻想郷において、何も能力がない人間は弱い存在だ。彼らを守るため、幻想郷中心部には「人間の里」がある。南門は里への南端の出入口なのである。この駅で香霖線に乗り換えることができるが、紅魔館、守矢神社、温泉街といった北部への利用客を優先する紅魔線の急行は通過する。


 今度は南ノ里駅を通過、里南部の住宅街だ。ここから里中央部まで商店街が続いている。

 数駅を通過すると、人里の中央、中央人里だ。

「ご乗車ありがとうございました。中央人里、人里です。博麗(はくれい)神社、魔法の森方面はお乗り換えです。博麗神社方面は1、2番のりば、魔法の森方面は3、4番のりばの電車にお乗り換えです。中央人里の次は紅魔館に停まります。幻鉄をご利用いただきありがとうございました。左側の扉が開きます。ご注意下さい」

 車輪と分岐器のレールが擦れる音と共に、列車は揺れた。

 (六両停止位置ヨシ——)

車掌スイッチを押し上げて、ドアを開けた。

 降りる人の多くは寺子屋学園の生徒。魔法の森線で人里西部の「学園前」へ向かう人々だ。

 乗る人の多くは紅魔館職員。吸血鬼が主の大組織だ。

「三番のりばから守矢神社行き急行が発車します」

扉を閉め、側灯確認、発車合図、出発監視。やることは同じだ。それを定年まで永遠とするのか……。

 まるで私の心を読んだかのように今、降り出した雨も相まって、憂鬱になる。適当に見慣れた車窓の風景を見ながら呆然とする。

 私は客室から視線を感じた。眼球だけ動かしてその正体を見た。一人の少女がじっと見ていた。しかしその少女は私と反対側の運転席側にいる。速度計、ブレーキ圧力計を見ていたのだろうか。だとすれば、別に私の方を見る必要なんて——。

 私の前に置いている胴乱の外ポケットに電車のシールが差し込んであった。私はそれを手に取り、乗務員室を開け、少女に渡した。少女は笑顔でお礼も言ってくれた。あまり感謝なんてされてこなかった私には純粋なあの言葉は尊く思えた。それと同時に私は思い出した。小さい頃、車掌さんに電車のシールをもらって大喜びしたことを。

 人を笑顔にすると自然と自分も笑顔になる。あの時の私と今の自分が繋がった。


 風神駅。この電車はここから守矢線に入る。そのまま紅魔線に乗ると地下鉄線を通り、温泉街まで一直線、この電車はその温泉街へ行く急行と連絡待ちをする。

 先程の雨はいつのまにか止んだが、湿度が高いようだ。到着した列車の窓が白くなっている。その奥にはつり革を持って立っている人々がいる。(——たしかこれを外の世界では「社畜」と言っているそうな。)

 駅の放送と乗降終了の合図が鳴る。発車だ。一連の作業を行い列車は動き出した。さっきまでいた人里、紅魔館はもう小さくしか見えない。上り坂でどんどん山を登る。秋になると紅葉を一目見ようと多くの人が押し寄せる。普段は六両だとほぼ空気輸送なのに。

 守矢神社に向かうルートは二つある。

 一つは、この幻鉄風神駅から幻鉄守矢線に入るルート。

 もう一つは、ここから北三㎞程にある守矢口駅で守矢神社運営のロープウェイを使うルート。

 速達性、利便性、運賃で勝負。しかし、人里からの急行が直通することが大きな一手となり、幻鉄が優勢だ。ただ、実際乗客は少ないので、人気シーズン以外は空気輸送。

「ご乗車ありがとうございました。守矢神社、守矢神社、終点です。お忘れ物の無いようご注意下さい。幻鉄をご利用いただきありがとうございました」

 終点。線路もここで途切れる。ATSの速度制限により低速で駅に進入している。

「六両停止位置ヨシ」

 扉の開く音と共に、非常ブレーキの音が森に囲まれた静かな駅に響き渡る。

 この駅は古い。未だに反転フラップ式案内表示機、通称パタパタがついている。

 ——先発 急行 紅魔館 6両——

 さっき乗務した列車を折り返して紅魔館まで運行、その後、博麗神社行き各駅停車に変わる。


「紅魔館、紅魔館です。お忘れ物の無いようご注意下さい」

 ここで乗務員は交代する。

「おつかれ~菖蒲(あやめ)

「ありがとうございます。武田先輩」

 私は昨日の夕方からの夜勤、先輩も準備に忙しいだろうから、挨拶だけ済ませて詰所へ向かう。

 退社し、ついでに喫茶紅魔へ向かう。ここから十分程歩く。昨日乗務していた終電は、三十分以上遅れ、おかげで仮眠時間も減って眠い。


 ——永遠亭行きの最終です。お乗り遅れの無いようご注意下さい。守矢神社、紅魔館行きは終了しています。この電車はこの駅で博麗神社行きに、南門で命蓮寺行きに連絡します。本日、大雪のため、魔法の森線は約二十分遅れで運行しています。お客様にはご迷惑をおかけし大変申し訳ございません——

 過ぎる時間と共に、乗客のイライラは募っていった。しかし、ここの乗客のために、発車すればここで立ち往生してしまう人が出てしまう。誰も残さず家へ届けるために、私は待った。


 そんなことを思い返しているうちに、到着した。

 紅魔館が運営していて、幻鉄社員なら半額だ。幻鉄は紅魔館の傘下になったからである。ほぼ社員食堂としても使われている。内装も紅魔スタイルの豪華なもので、紅魔館職員兼この店の店員はメイド服を着ている。所作もすばらしい。これが幻想郷の財閥、紅魔館の力だ。

 ここはちょうどいい。電車の音もあまり聞こえずリラックスできる。メニューも豊富で、幻想郷で最大規模を誇る図書館も利用でき、一日中快適に過ごすことができる。

 カウンター席に腰かけて私は気まずくなった。隣に月城(つきしろ)先輩がいたからだ。

 月城守結(つきしろまゆ)、二十七歳、幻鉄女性運転士、昨日の終電で同じ列車を担当したあの運転士だ。中央人里で接続待ちをするか、しないかで私ともめた。

 あの時、私は後輩として良くない行動をしたかもしれない。二個上の先輩に対抗してしまったから。結果として、言い合う内に接続列車が到着した。話しかけづらい……。

「おはよう。菖蒲くん」

 その一言で私の頭で考えていた事は全て斬られた。

「おはようございます。月城先輩……」

 芯のない心もとない声で私は言った。

「なに、その元気ないかんじ、あ、昨日のこと? 別に間違っていたとは思ってないから」

 月城のクールな口調に私はどう答えれば良いか分からない。

「魔法の森線は乗客も少ない、それに対して紅魔線、特にあの時間だと人里以南への乗客、南門以西の住宅街への乗客も多い。実際待って着いたあの列車からは一人しか乗ってこなかったし。そんなのより他の多くの乗客を早く目的地へ送らないと、指令からも言われていたから」

 先輩のド正論にぐうの音も出ない。たった一人の乗客のために、何百人の乗客を待たせた。

「あの雪なら列車が人里へ到着する前に運休になる可能性もあった。香霖堂からの上り勾配も魔法の森線を弱くしている。鉄のレールと車輪が滑ってしまう。そうなると登れなくなるから、香霖堂で運休。大体は南へ迂回する命蓮寺経由の香霖線への乗り換えが案内される。終電だと立ち往生することになるけど」

 先輩の語りに圧倒される。二年しか違わないはずなのに……。

 このまま何も言わないのも、きまりが悪い。とりあえず謝るべきか?

 私は戸惑いながらも言葉を発しようと息を吸った。

「——」

「まぁいいんじゃない? お客様を一人でも見過ごさないってのも、私は用事があるから。また会いましょう」

 どうやら時間切れだったようだ。私は何も言うことができなかった。気分転換のためにここへ来たのにこれじゃ意味がない。しかし、今ここを出るとまた先輩に出会ってしまう。

「お客さん、何か悩み事でも?」

 うつむく私に声を掛けたのは、十六夜(いざよい)咲夜(さくや)。紅魔館のメイド長で普段はこっちの喫茶には顔を出さない。

「別にささいなことです。あっ——紅茶をお一つ」

 こういう時にペラペラと話せると良いのだが、私はその勇気を先程、使ってしまった。しかも、紅茶は「(はい)」を使うのが適切な気がする。私は馬鹿みたいだ。

「相当思い詰めていらっしゃいますね」

 ティーカップを置く音と共に、十六夜さんは言った。

「でもね、私は分かりましたよ」

「一体何を……」

「それは秘密です」


 その後も彼は答えを聞こうとしたが、咲夜は明かさなかった。

 時計の針が一周二周した後だっただろうか、彼が出た後の喫茶店のバックで、

「十六夜先輩、私にだけでも教えて下さいよ」と言われた咲夜。

 しかし、「お客様のプライベートに関わる話だから」と口を割らなかった。

「じゃあどうして、あんなに意味有りげに言ってたんですか?」

「そうやって、答えだけ知ろうとするのではなくて、じっくり考えることが大切なのよ」

「そりゃ時を操ることができる咲夜さんは時間が無限にあるでしょうけど……」

「確かに自分の答えを探すのは大変だし時間もかかる。だけどその過程で見つかるものが自分のルートをアンロックしていくから」

「本当にそうなのかなぁ?」

「ん? というかあなたまだシフト入ってるでしょ! はい! 仕事に戻って!」

「すいませーん」

 そうして二人の会話は幕を閉じた。


「答え」

 それを考えながら私、菖蒲道正(みちまさ)は湖の方へ歩いた。日も西へ傾きつつある。湖にかかる幻鉄の鉄橋を走る列車には人が多く詰め込まれているのが見える。夕ラッシュだ。そんなことはどうでもよく。ただあの問いの解を見つけたい。湖の畔に座り考えこんだ。目もつむり脳内の思考に集中する。しかし結局なにも分からなかった。気づくと日没をとっくに過ぎていた。何も見えない。昨日は満月だったし、今晩は晴れているので、月明かりがあるはずなのに何も見えない。闇である。

「目の前が取って食べれる人類?」

 幼い女の子の声でこうささやかれた。

 直後、闇は消え目の前には、頭に赤いリボンをつけた女の子が立っていた。

「私はルーミア、妖怪だよ。あなた人間だよね? いただきまーす」

 私は焦った。なにか使えそうなものはないか探すがなにも無い。あったのは、ハンカチと財布と——社員証——

「げんそうきょうてつどう……、なーんだ、取って食べられない人類か」

 幻鉄は幻想郷各地を結ぶが全てが安全な場所とは限らない。命に関わるような危険地帯もあるため、乗客・乗員を保護する規則が幻想郷全体に施行されている。

 中でも、幻鉄職員は別格、いつ何時でも妖怪たちが襲ってはいけないのだ。乗客にも適用されるがあくまで「乗客」である時に限られる。しかし世間では、妖怪が人間を襲わないのが常識になりつつある。

「食べられないと分かって安心してるね。そうだね。人と妖怪が最近は仲良くなって、私みたいな人喰いは不要物になってるもん。私、存在価値ない。そうでしょ?」

 急に何を言い出すのかと思ったら自虐を始めたようだ。そして投げかけられた質問、上手に私は話せそうもない。

「——だよね、どうせ聞いたところで『死んじゃだめ』とか『生きていたら楽しいことがある』とか適当に言うんだもん。こっちの事情も知らないで」

 危なかった。私はその「適当」なことを言ってしまうところだった。

「何か言ったらどうなの、きみ」

 まずい、会話のボールが私に来てしまった。脳内で言葉をどうにかしてつなげる。

「未来、自分がどう生きているかは分からないけど、死後、どんな未来になるかはもっと分からない。分からなくて怖いから、死を避けたいんだと思うんじゃないかな?」

「ふーん、そういう切り口か……。私も、人間からしたら未知のものだし、忌み嫌われてきたんだよね。まぁ私、元から自殺するつもりないけど」

「!?」

「私は今が不満なだけ、私の満足する世界になるまで細々と生きるの!」

  私の先程の労力を返してくれ! と叫びたくもなるけど、私はなんとか会話を成立させられたことを喜びたい。

「たぶん今の幻想郷はそう長くは続かないと思うの、近く、変化が必ず起きるはず」

 とルーミア。

「どうしてそう思うんだ?」

「答えだけ知っても面白くないから言わない」

 なんということだろうか、またしてもこのパターンである。

「わかった」

「物分りの良い、いい子だねー」

 後、私は家路についた。


 あの日から十五日程たっただろうか、私は普段通りの仕事をしている。

 守矢神社発、永遠亭行き各駅停車四両。発車は五分後。

「しゃしょうのおにいさん!」

 私が振り返るとあの少女がいた。

「シールかい?」

 私はジャケットに入れているシールを取り出そうとする。

「いやちがうの、これあげる」

 そうやって渡されたのは、お礼のメッセージが書かれたカード。例のシールも活用されている。

「ありがとね~」

 シール台紙一枚がこう返ってくるとは……。私はうれしさと驚きの感情が混じっている。

 子どもはやはりよく分からないものだ。エネルギーにあふれていて、逆に私たちの気力のなさを実感してしまう。

 車掌室へ戻ろうとした時、私は出会った。月城先輩だ。またペアになってしまった。挨拶をかわして私は早歩きで車掌室へ向かった。まさか、ここで出会うなんて……。

「二番のりばから、永遠亭行き各駅停車が発車します」

 私が車掌スイッチを押し扉を閉めようとした時、

「待って」

 乗務員用の電話機から月城先輩の声がした。

 直後、階段を急いで上がってきたであろう人物が乗車した。

「この次は一時間後だからね。待ってあげる」

「先輩、でもそのために多くの乗客を待たせてはいけないって……」

 受話器を通して話をしている間にも、駆け込みな客が乗ってきている。

「何を勘違いしているか知らないけど、言ったじゃん。あなたが間違っていたとは思ってないし、いいことだと思ってるから」

 私の心のモヤモヤはその時、解除された。

 駆け込みの客の最後、あのルーミアが見えた。

「これで全員ね。戸閉めお願い」

「はい!」

 側灯よし、合図のベルを鳴らす。

 ブレーキの緩む音がする。

この物語はフィクションです。実在する人物や団体とは一切関係ありません。

この物語は東方projectの二次創作です。独自の設定を含みます。

ハーメルンでも投稿しています。(https://syosetu.org/novel/361614/1.html)


おわりに——

「線路」は私が初めて完成させることができた物語です。幼少期からお話を考えるのが好きな私ですが、あくまで妄想の域にとどまっていました。この度、最後まで書き終えたことをとても喜ばしく思っています。

 

 原作知識がある前提で作られることもある二次創作ですが、私は、一見さんにも読んでもらいたいと思っています。原作の固有名詞には注意を払いましたが、感想をコメントしていただけると幸いです。

 

 東方projectの舞台、幻想郷に鉄道が通い、何年か経った後の世界。

 鉄道が軸となるために、鉄道関係の設定に苦労しました。実際の路線、勤務体系、設備などを調べ、リアル感を演出しつつ、幻鉄らしさも取り入れています。


 どのようにして鉄道が幻想郷に入ったのか、という理由は謎に包まれたままで物語は幕を閉じます。

 実は当初、その幻想郷入りの場面から書こうとしていました。

 しかし、そこから始めるともう、長編の小説が始まって、書き終える自信がありませんでした。まず、経験を積むためにも、幻想郷鉄道による物語のプロローグとして、書きました。

 気が向いたら、続編にあたる話を書きます。

 

 最後に、東方projectの原作者であるZUN氏に御礼申し上げます。

 ここまで読んでくださった読者の皆様、

 ご乗車ありがとうございました。

 この電車はこの駅までです。お忘れ物のないようご注意ください。


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東方projectを絡めて話が創られていて非常に面白かったです!
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