二品目:サンドワームの蒲焼(前編)
リュウゼン砂漠
灼熱と氷雪が共存する地、センブロム王国の最南端。
そこに広がるのは、人を拒む死の大地。
昼は五十度を超える灼熱、夜は氷点下。
砂塵を巻き上げる暴風は、岩を削り、命を切り裂く。
だからこそ、この地に生きる魔物たちは異様な進化を遂げていた。硬質な皮膚を持つ者、砂中に潜む者、暴風すら利用する者――。
オスカーは鉄の鎧の上にボロボロの外套を羽織り、そんな地を一人進んでいた。
背には麻袋。中には【妖精の宿り木】の店主から頼まれた食材が詰まっている。
――少し、遡る。
数時間前。
オスカーは冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】に来ていた。
受付に立つ少女――リベットが明るい声を上げる。
「おはようございます、オスカーさん!」
「……あぁ。マスターはいるか?」
「マスターですね! 今お呼びします、応接室でお待ちください!」
リベットの案内で通された応接室には、高級なソファと磨かれた机。壁には巨大なドラゴンの剝製が睨みを利かせていた。
紅茶を出したリベットが一礼して去る。
しばらくして、扉が軋む音とともに、小柄な老婆が入ってきた。
冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】ギルドマスター――リリアナ・クラリス。
「待たせたねぇ、オスカー」
「……いえ」
リリアナはオスカーの正面に腰を下ろすと、手慣れた様子で書類束を取り出した。
「要件は、いつも通りでいいのかい?」
「あぁ。【妖精の宿り木】が出してる依頼を全部、確認したい」
「まったく……そんな変わり者はあんたくらいじゃよ」
「……悪い」
「謝るなら、その人見知りを何とかしな」
正論に、オスカーは無言で目を逸らす。
ため息混じりにリリアナは書類をめくり、数枚を抜き出して机に置いた。
「依頼は三つ。黄金蟻か翡翠蜂の蜜、ユーラシ樹の根、テデカウリの実。……相変わらず珍妙な素材を欲しがるわい」
「……全部、南部の熱帯地帯で手に入るな。まとめて受けよう」
「南部、ねぇ……」
リリアナは一枚の紙を追加で取り出し、オスカーの前に滑らせた。
依頼ランク【高難度】――『リュウゼン砂漠での未確認モンスター討伐』。
「……リュウゼン砂漠か」
「そうじゃ。商人ギルドの隊商が襲われてのう。生き残りの話では、蛇のような巨大な魔物だったらしい」
「……【別称個体】か?」
「ギルドの判断では、特殊個体止まりじゃな」
モンスターには三種の分類がある。
通常個体。環境変異による特殊個体。そして、災厄と呼ばれる存在――別称個体。
「Sランクの討伐依頼にしか見えんが。俺はBランクだぞ」
「今、上位の連中はみんな遠征中でな。ちょうどいい替えがいないんじゃ」
「……俺は“ちょうどいい”扱いか」
「【妖精の宿り木】の依頼を優先で受ける代わりに、こっちの依頼も受けるって約束だったじゃろ?」
ぐうの音も出ない。
自分で提案した取引だ――そう思い出しながら、オスカーは渋々うなずいた。
「……分かった。受ける」
「うむ、頼んだよ。【孤高の鉄剣士】さん」
そして、今。
暴風の砂の中、オスカーの目に映ったのは――巨大な影。
瞬時に剣へ手を伸ばすが、影は動かない。近づいて確かめると、それは岩石犀の死体だった。
硬い皮膚を持ち、群れで行動する砂漠の魔物。だが、これは……喰われている。
死後間もない。そう判断した瞬間、地面が揺れた。
「ッ!?」
飛び退いたオスカーの目の前で、砂を割って何かが飛び出す。
巨大な顎、のたうつ胴体――
「……【砂竜蟲】、か」
常よりも遥かに巨大。全長は二メートルを優に超えていると推測される。
明らかに“普通”じゃない。
オスカーは背の麻袋を捨て、バスタードソードを構えた。
砂を巻き上げて迫るサンドワーム。
避けざまに剣を叩きつける――が、硬い表皮が火花を散らし、弾き返した。
すかさずバックステップ。だが、サンドワームは旋回し、丸太のような胴体で突っ込んでくる。
剣で受け止めるも、圧力が凄まじく、オスカーの身体は宙を舞った。
「……アトクラムのオークより……タチが悪いな」
地面に着地し、すぐ構える。
が、敵の姿がない――砂の下に潜った。
その瞬間、足元が揺れる。
オスカーは身を翻し、飛び出したサンドワームを紙一重でかわした。
「ッ!!」
突進を回避しながら、今度は切らずに“突く”。
剣先がサンドワームの皮膚に食い込んだ。確かな手応え――どうやら“点”の攻撃が弱点らしい。
暴れ狂うサンドワームが全身を露出させた。
その巨体を見て、オスカーは息を呑む。
「五メートル超えか……厄介だ」
尻尾が唸りを上げて振るわれる。
オスカーはそれをかいくぐり、跳躍。落下の勢いを乗せた突きが胴体に深く突き刺さる。
だが、なお暴れるサンドワーム。砂を掘り返して潜ろうとする。
オスカーは剣を引き抜き、距離を取った。
……また潜ったな。来る。
オスカーはポーチから鉄球を取り出す。
ピンを引き抜いた瞬間、地面がうねった。
飛び退きざま、鉄球を投げる。
――サンドワームの口の中へ、吸い込まれるように。
次の瞬間、爆音が砂漠に轟いた。
サンドワームの胴体が膨れ上がり、砂上に崩れ落ちる。
「……うまくいったか」
衝撃弾――内部で衝撃を増幅する特殊爆弾。
サンドワームは体内から破壊され、動けなくなっていた。
それでも、尻尾を振り回し最後の抵抗を見せる。
オスカーは剣で受け止めながら近づき、頭部へ一突き。
刃が柔らかくなった皮膚を貫き、生命の灯が消える。
オスカーは深く息を吐き、剣を鞘に収めた。
投げ捨てた麻袋を拾い上げ、巨大な亡骸を見下ろす。
「…………サンドワームって、食えるのか?」
静かな砂漠に、ひとりごとが溶けた。
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