六品目:クリムゾンブルの牛丼(前編)
ハイノ草原
オスカーは【妖精の宿り木】からの依頼で、ハイノ草原を訪れていた。シラトネ草とオラノの実はすでに回収し、残るは――クリムゾンブルの討伐のみ。
この場所は、オスカーにとって因縁深い土地だった。
【悪角のリドルゥ】と死闘の末、痛み分けとなった場所。己の力の至らなさを思い知らされた場所でもある。
今は穏やかな風が吹き、遠くで草食モンスターの群れが草を食んでいるだけだった。
だが、オスカーがここを訪れた理由は、依頼だけではなかった。
「…………ここか」
足を止めた先には、土が小さく盛り上がり、粗末だが丁寧に石が積まれていた。
それは【黒鉄の蹄】のメンバー――リドルゥ戦で命を落とした仲間たちの墓だった。
オスカーはハイノ草原で摘んだ花を束ね、墓に手向ける。そして、静かに目を閉じる。
「……すまなかったな……」
その時、背後から低い声が聞こえた。
「【孤高の鉄剣士】か?」
振り向くと、逞しい巨躯の男が立っていた。
【黒鉄の蹄】のリーダー、オックス・ドルガ。その手にも同じく花束が握られていた。
「【黒鉄の蹄】のオックス・ドルガ……」
「オックスでいい。互いに死地をくぐった仲だろう?」
オックスは墓前に花束を置き、静かに手を合わせた。数秒の沈黙が流れ、やがてオックスが立ち上がり、オスカーの肩に手を置いた。
「すまなかったな。お前がそこまで責任を感じていたとは思わなかった」
「……俺の判断がもっと早ければ、あいつは――」
「それを言うなら、こいつは俺の仲間だ。リーダーの俺の責任だ。気を落とすな」
「だが……」
「それにな、俺はお前に感謝している」
「…………何?」
「お前が必死に皆を守ってくれたおかげで、犠牲は最小限で済んだ。助かったよ、【孤高の鉄剣士】」
オックスは笑みを浮かべ、右手を差し出した。
オスカーはわずかに目を見開き、ため息をつきながらその手を握る。
「あぁ……俺も助けられた。感謝する」
二人は短く握手を交わした。
「これからどうする?」
「依頼で、クリムゾンブルを討伐する」
「クリムゾンブルか……。リドルゥの時は邪魔されたからな。手伝わせてくれ」
「……報酬の分配は――」
「いらん。俺が頼み込んでるんだ」
「……そうか」
オスカーとオックスは並んで草原を進む。穏やかな風が流れる中、遠くで悲鳴が響いた。
「……!」
二人は目を合わせ、音の方向へ駆け出した。
そこでは数人の冒険者が、複数のクリムゾンブルに追われていた。
血走った赤い目、唸りを上げる蹄――突進の衝撃で地面が震える。
「大丈夫か!」
「あ、ありがとうございます!!」
若い冒険者たちは転がり込むように二人の後ろへ逃げた。
オスカーはバスタードソードを構え、オックスは大斧を肩に担ぐ。
「クリムゾンブルは直線突進しかできん。側面から回り込んで仕留めるぞ」
「なるほど、了解した!」
迫る群れ。風を切る音。
瞬間、二人は左右に跳んだ。
ドォン――!
突進を回避したその刹那、二人の武器が閃く。
バスタードソードが首筋を、戦斧が胴を裂いた。
先頭のクリムゾンブルが倒れると、後続が雪崩のように転倒し、地を揺らす。
「今だ!」
気絶した個体を、一体ずつ確実に仕留めていく。
全てを片付けると、オスカーは剣を下ろした。
「ふぅ……終わったか」
逃げ延びた冒険者たちは三人。装備は新品同様、顔立ちも幼い。Eランクに上がったばかりと見える。
「新入りか?」
「は、はい! 僕たちはEランクのパーティーで……ぼ、僕はビット。こっちはロベルとシェリーです!」
「助かりましたぁ……ありがとうございます!」
ロベルは片手剣と盾、シェリーは初心者用の杖を握っている。
オックスを見て目を丸くした。
「もしかして! 【断砕のオックス】さんですか!?」
「あ、あぁ……」
「ってことは、そちらは……【孤高の鉄剣士】さん!?」
「…………」
オスカーはそっぽを向く。オックスが笑いながら肩を叩いた。
「そうだ、こいつが【孤高の鉄剣士】だ」
「す、すごい! 本物だ!」
「…………おい」
オスカーは顔をしかめるが、オックスは耳元で囁く。
「前から思ってたが……お前、人付き合い苦手だな?」
「…………」
「期待されてんだ。少しは応えてやれ」
「……はぁ……オスカーだ。よろしく頼む」
三人の顔が一気に明るくなる。
事情を聞けば、シェリーが魔法の練習をしていた際、誤って群れに火球を撃ち込んでしまったらしい。
オックスは呆れつつも笑った。
「初心者なら仕方ない。だが、次はないぞ」
「はい……」
落ち込む三人に、オックスは手を叩いた。
「よし! なら俺たちがモンスターの戦い方を教えてやる!」
「えっ!?」
「……おい」
「いいだろ? 依頼も片付いたし。未来ある冒険者に教えてやるのも、俺たちの務めだ」
その目に浮かぶのは、かつて失った仲間たちへの悔いと誇り。
オスカーは短くため息をつき、頷いた。
「……分かった」
「おう! じゃあ解体したら場所を移すぞ!」
ハイノ草原から数キロ離れた森の奥。
オックスが大木を一撃で叩き倒すと、轟音に釣られたように、茂みから十体のゴブリンが飛び出してきた。
オスカーはバスタードソードを抜く。
刃が鈍く光り、空気が張り詰めた。
「十体か……五体ずつだな」
「了解だ、行くぞ!」
オックスは正面から突っ込み、斧を振り下ろす。風圧で地面が抉れ、ゴブリンの胴をまとめて薙ぎ払う。血飛沫が霧のように舞った。
一方、オスカーはポーチから衝撃弾を取り出し、地面に投げる。爆風が土煙を上げ、ゴブリンたちが吹き飛ぶ。その隙に首を刈り取っていく。
「道具を使え。力だけが全てじゃない」
「はいっ!」
戦いはあっという間に終わった。
訓練を見ていた三人は息を呑む。
オスカーはシェリーに視線を向けた。
「魔法は、残量を常に意識しろ。ここぞという時に撃てなくなれば意味がない」
「は、はい! 使える魔法は火と治癒の初級だけですが……」
「なら、戦闘では極力使うな。攻撃は前衛に任せ、支援と治癒に徹しろ」
「……なるほど」
真剣な眼差しで頷くシェリーに、オスカーは僅かに口角を上げた。
その横で、ビットとロベルも真剣に聞き入っていた。
オックスが再び木を倒し、今度は三人が前に出る。
飛び出してきた六体のゴブリンに、三人は息を合わせて挑む。
「ガードして、隙を――!」
ロベルが盾で攻撃を受け止め、腹に一突き。
ビットは剣で防ぎつつ、蹴りを入れて間合いを取る。
背後から迫る一体を、シェリーの火球が撃ち抜いた。
炎が弾け、焦げた臭いが漂う。
「すごい、やったぞ!」
「油断するな! 最後の一体だ!」
盾と剣がぶつかる音。ロベルが受け止め、ビットが横薙ぎに斬る。
ゴブリンの体が宙を舞い、地に落ちた。
全てを倒し、三人はその場にへたり込んだ。
「はぁ……や、やった!」
「お疲れ様」
シェリーが治癒魔法を掛けると、光が柔らかく三人を包む。
オスカーは頷いた。
「よくやった。初戦にしては上出来だ」
「ほんとに!?」「やったぁ!」
「ただし、油断は禁物だ。戦いは常に次がある」
「はい!」
オックスは笑いながら手を叩いた。
「よし、帰るぞ! 飯でも食おう!」
「えっ!? いいんですか!?」
「あぁ、当然だ!」
三人は歓声を上げる。オスカーは静かに背を向けた。
「……指導は終わりだ。俺は――」
「おいおい、どこ行くんだ? せっかくだ、付き合えよ」
「……いや、俺は――」
オックスはオスカーの首根っこを掴み、ぐいっと引き寄せる。
「ここで断るのは男じゃないだろ?」
「…………だが……」
「たまにはいいだろ?」
オスカーはため息をつき、三人の笑顔を見た。
断るのは……難しい。
「……絶対に口外するな」
「は?」
「……美味い店に連れてってやる。絶対に他言無用だ」
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