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06 十年越しの本音



 十年の月日が経った。


 リアムは今年で三十五歳になる。研究所の仲間たちも何人かは結婚をして、何人かは子煩悩な父親へと変貌を遂げた。喜ばしいことだと思う。


 あの日の不思議な出来事は、結局のところ誰にも信じてもらえず、自分だけの思い出として胸に仕舞い込んだ。気紛れな天使が残した言葉は、リアムに一つの決心をさせて或る種の自信を与えたから、きっとカヤとの出会いは無駄ではなかったのだろう。


(まさか施設長になれるとは……)


 目的を見出せずにどこか後ろ向きだった研究に対して、とことん真剣に向き合ってみたところ、気付けば周囲に認められてリアムは研究所に施設長として就任することになった。大きな施設ではないが、それでも国の未来を担う重要な役割を持つ。


 彼女に報告したら、きっと自分の手柄のように得意げな顔をするはずだ。そして最後には「おめでとう」と、あのとびきりの笑顔で祝ってくれるのだろう。


 あり得ない想像を頭から振り払おうと俯いた時、ゴツンと何かが頭にぶつかった。



「っひあぁ………ッッ!!?」


 一瞬の出来事。

 デジャヴも良いところで、上を向く前に膝の上に何かの重みを感じた。前回と違うのは、頭に衝突したのが人間ではなく四角い鞄だった点。さらに言うと、リアムの膝上に申し訳なさそうな顔で座っている女が天使の格好ではなく、上下揃いのスーツを着ている点。


 しかし、どんな格好をしていても、どんな髪型をしていても、それが十年ぶりに目にするカヤであることは一目瞭然だった。溢れそうになる笑いを押さえて、リアムは不安そうなカヤの顔を下から覗き込む。


「今日は羽は置いて来たんだな」


「………ハロウィンじゃないから。貴方、随分と大人っぽくなったのね。三年しか経ってないのに、なんだか知らない人になっちゃったみたい」


「こっちの世界では十年だ」


 驚いたように見開かれる茶色い瞳に、懐かしさが込み上げる。そうだ、彼女はこんな風に驚く。そうして次の瞬間にはあたたかな笑顔で見る者の心を溶かしてしまうのだ。


 リアムはそっと手を差し出す。

 不思議そうな顔をするカヤに向かって尋ねた。


「手を繋いでおいても良いか?」


「えっと、手………?」


「天使はどうやら突然消えてしまうらしいから、前兆があったらすぐに察することが出来るように。もしくは、手を握っておけば君はもう帰らないかもしれない」


「なんだか、相当前回のことを恨まれてるみたい」


 ぷくっとカヤは頬を膨らませる。そうした小さな動作すら、彼女がここに居ることをリアムに実感させる要因となった。


 珍しく心臓が高鳴っている。こんな風にワクワクするのはたぶん、顕微鏡を覗き込んでいる時ぐらい。もしかすると今は、それ以上かもしれない。



「会いたかったんだ」


「………十年も経てば素直になるものね」


「君は変わらないな。もう学校は卒業したのか?」


 リアムの問い掛けにカヤは再び目を丸くして、プッと吹き出した。ケラケラ笑い続ける姿に痺れを切らして理由を聞くと、なんと彼女は三十三になったばかりだと言う。


「三十……三?じゃあ前回は三十歳……?」


「ええ、そうよ。あの時の坊ちゃんがこんな立派な男の人になったとはね。時間の流れって不思議!」


 まだ楽しそうにニコニコしつつ、片手でリアムの頭を撫でるものだから、少し意地悪をしてみようと膝の上に座る細い腰を抱き寄せた。


「カヤ、随分と長い間待ったよ。今回はすぐに帰ったりしないでほしい。好きなものは好きだと言うべきだって君が教えてくれたんだろう」


「えっ、えっと、それは………!」


「時間をかけて知りたいと思う。いつだってそうして来たから。先ずはそうだな、あの時の羽の行方についてなんかどう?」


 困ったように笑ってカヤは静かに目を閉じる。


 会わなかった三年間に何があったのかを知っているわけではない。だけど、前回よりも細くなった身体、白いシャツの下に見えた手首の傷は、彼女が必死に生きたことを伝えていた。



「おかえり。君は十分頑張ったよ」


 腕の中で、翼を忘れた天使は小さく「ただいま」と溢した。






End.



ご愛読ありがとうございました。

突然始まって突然終わるお話ですみません。

今回は8000字という規定がありまして、なかなか難しいものですね……


次作は中編のじれじれ系になりそうです。

またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。

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