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05 成り損ない



「君さえ良ければ、この世界で生きる手助けをしようか?」


 それは自然に出てきた言葉だった。


 カヤと共に研究室から自分の部屋へと戻り、再びモグモグとカラフルなマシュマロを口に含む様子を観察しながら、リアムは何気なく提案した。


 見たところ彼女は孤独で、頼れる人間は居ない。それならば衝突した縁ということで自分がその役を買ってでも良いだろう。そう思う程度には、リアムはカヤに心を開いていた。約一時間半一緒に過ごしただけの関係だが、信用するに足ると判断したから。



「うーん……そうねぇ」


 しかし、カヤの返事は曖昧だった。


 小さな両手をグーパーグーパーと握ったり開いたりしつつ、ソファに座って地面から浮かせた足をブラブラと振っている。その時、リアムは先ほどまでとの違いに気付いた。


 天使の足は半透明になっていたのだ。

 それこそ、本当の幽霊のように。


「カヤ、その足は………」


「何でかしらね。本当に天使になっちゃうのかな?ここにも私の居場所は無いみたい」


「バカなことを言うな!君は死んでここに転生してきたんだろう!?二度目の人生をこの世界で生きるって意気込んでいたじゃないか……!」


 何に対してか分からない苛立ちが腹の底から湧き上がって、声が荒ぶる。関係のないリアムが彼女のことで心を乱す必要なんて無いのに、どうしてか説教じみた口調になってしまう。


 行き場の無い怒りを持て余して床を睨んでいるうちに、視界の隅で動いていたカヤの両手までもが色を失っているのを発見した。絶句してその手首を握る。否、握ったつもりだった。



「………っなんで、!!」


 リアムの手はただ空を切るだけで、カヤの手を掴めない。天使を包む白いワンピースが、窓から吹き込む風を受けてヒラヒラと舞う。さっきまで床を蹴っていた二本の脚も、マシュマロを摘んでいた柔らかな手も、そこには無かった。


 深い深い絶望の淵で、リアムは声を絞り出す。


「どういうことだ…… 君はいったい何なんだ?異世界に来たんじゃないのか?どうして理由も話さずに居なくなろうとする?」


 カヤはこちらを向いて、困ったように笑った。太陽の西日がその顔を照らして、見慣れたミントグリーンの壁紙を透かして見せる。


「天使だけど分からないこともあるわ。もしかすると、成り損なっちゃったのかもしれない」


「成り損なう?」


 肯定も否定もせずにカヤは静かに微笑む。どんな言葉も、もう彼女をこの世界に留めておくことは出来ないのだとリアムは悟った。


「辛いこと、終わりにしたかったけれど…… 嬉しそうに話す貴方を見てたらもう少し頑張ってみようかなと思えた。ありがとうね」


「おい………!」


「研究、続けてね。好きなことは胸を張って好きだって言って良いから。お話してくれて楽しかった。リアム、どうか元気で」


「カヤ、」


 勢いよく伸ばした手は、天使の頬を擦り抜けて虚しく空気を掴む。つい先ほどまで頬にマシュマロを詰めて会話をしていた相手は、跡形もなくリアムの前から姿を消してしまった。


 あまりにも呆気ない別れ。

 まるで、幻だったかのように。




「リアム様……気分は如何でしょうか?」


 見計らったようにノックの音が響き、入ってきた年配のメイドは心配そうな顔でそう尋ねた。リアムはハッとして赤い縁のメガネの奥で光る二つの目を見つめ返す。


「どういう意味だ……?」


「すみません、先程からずっとお一人で話をされているようだったので…… 頼まれた通りに二つカップを用意しましたが、ご友人はいつ頃到着される予定でしょうか?」


「何を……言って……」


 尻すぼみになる声は途中で切れた。


 その後、誰に確認してもカヤの姿を目撃したという者は居なかった。それどころか、彼女の声すら使用人たちは聞こえなかったという。研究疲れで気が触れた可哀想な男、というレッテルを背中に貼り付けて、リアムは徐々に日常に戻って行った。



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