03 天使はマシュマロを摘む
「それで君は、」
「カヤよ」
「あー……カヤは、どうしてこの世界に落ちて来たんだ?僕はただ昼寝をしていただけだ。ちょうど睡眠が深くなる頃にいきなり君が上から落ちて来た。白いドレスを着てまるで、」
「天使みたいにね」
澄ました顔でそう言うとカヤはマシュマロを二つ一気に口に放り込む。
女は名前をカヤと言うらしい。
何やら難しい苗字も教えてもらったが、この世界では聞き慣れないその言葉の羅列は覚える価値がないように思えたので、とりあえず名前だけインプットした。
カヤが言うには、彼女はシブヤという街で開催される祭りに参加するために遊びに出掛けた。街中を練り歩いて知らない人たちと交流して遊び呆けているうちに酒が回って記憶を失い、気付けばここに。
(作り話にしては面白くないな……)
リアム相手にくだらない嘘を吐いても何もメリットはないので、おそらく本当の話なのだろう。だが、異世界転生なんて聞いたことがない。この場所は、彼女にとっては未知の世界ということ。
「君はもっとこう、恐ろしさとかないのか?」
「はむ?」
「それを食べてからで良い」
呆れつつ、咀嚼する姿を見ながらカヤの素性について考える。おそらく年齢は十代後半。アカデミーの高等部といったところだろう。
ようやく空になった口にゴキュゴキュと紅茶を流し込むと、女は振り返ってニコッと笑った。
「恐怖なんて感じないわ。言葉は通じるし、貴方はこうして親切にしてくれる。それで今の私にとっては十分よ!」
「だけど、僕が善人か分からないだろう?」
意地悪な質問をするとカヤは目をぱちくりと瞬かせて、リアムの顔を覗き込んだ。
「あら、貴方は善人よ。こういう勘って当たるの」
「適当だなぁ……」
胡散臭い商売人を目にした時みたいに腕を組んで唸るリアムに向かって、またカヤはとびきりの笑顔を向ける。彼女の生まれた国ではこういう行為が自然になされるのだろうか。もう少し若ければ、勘違いしていたかもしれない。
「ねぇ、リアム。さっきから私のことばかり話してるわ。今度は貴方のことをもっと教えてよ」
ふわふわとドレスを波打たせてそう言うから、リアムは深く考えずに頷いた。
「良いよ。案内してあげよう、僕の研究室に」
普段ならそんなことはしない。
誰かを、ましてや他人を自分の大切なテリトリーに入れることなんて有り得ない。
だけど、この時のリアムは何故か気分が良かった。何も自分のことを知らないカヤが相手だったからここまで素直に会話を楽しめたのかもしれないし、どうせすぐに終わる関係だからと割り切っていたのかもしれない。
こうして、公爵家の次男は天使を引き連れて研究室へと向かった。