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 翌日、シンデレラは意を決して継母に今までの王子とのいきさつをすべて打ち明けた。継母以外に相談できる人がいなかったのだ。

 継母は口もきけないほど驚いたが、しばらくするとシンデレラの恋心をおぼろげながら理解して、微笑んだ。

「話は簡単じゃありませんか。今夜舞踏会に行って、本当のことを打ち明けなさい。大丈夫、王子様はわかってくださいますよ」

 シンデレラは半べそをかきながら訴えた。

「問題はそんなことではないのよ、お母様。王子様はナニー相手に恋の駆け引きを楽しんでいるだけ。求婚されているわけではないの」

 すると、継母は困ったように微笑んだ。

「それは、あなたがなかなか王子様と打ち解けなかったからでしょう。求婚するタイミングがつかめなかったのよ。王子様の評判はあなたもよく聞いて知っているはずだわ。外交に長け、国民のために身を粉にして働いているし、親思いの息子でもある。浮いた噂の一つや二つはそりゃああるけれど、それは相手が勝手に寄ってくるのよ。あなたにしているように追いかけまわしたわけではないわ」

「それでもいや!」

 ベッドに突っ伏して泣き出してしまった継娘を、母は途方に暮れたように見詰めた。

 今朝のシンデレラは、いつもはきちんと結ってある髪を結びもせず、恋する乙女らしくない青白い顔と震える唇で戸口に現れて、継母を驚かせた。話を聞いて初めてなるほどと思ったものだが……。

 継母は娘の長い髪をゆっくりと撫で始めた。

「かわいい娘や、一体何がいやだと言うのかしら? お母様に説明してちょうだい」

 シンデレラはゆっくりと顔を上げ、子供のように拳で涙を拭った。

「わ、私だっていつかは結婚したいと思ってるわ。でも、それは決して王子様なんかじゃないの。貴族ですらなくても構わない。私を愛してくれて、お母様や妹達を幸せにしてくれる人であれば」

 継母はそんなことだろうと思ったというようにため息をついた。

「ねえ、ダーリン、どうして王子様ではいけないの? あなたを愛してくれたら、それだけでいいじゃないの?」

「駄目よ! 身分違いの恋が苦しいことは、お母様だって良くご存知のくせに!」

 再びベッドに突っ伏して泣き始めたシンデレラに、継母は悲しげな微笑みを投げかけた。

「そうね。私があなたのお父様と恋に落ちた時、私の両親は大反対だったわね。あなた達に嫌がらせをしたり、手切れ金を払ってここから追い出そうとしたり、本当にひどいことをしたわ。結局私は、勘当されてここに嫁いだ。母がそっと持たせてくれたわずかな持参金と共にね」

 継母はそっと、シンデレラの華奢だがあかぎれた、下働きのような手を両手で包み込んだ。

「でも、私たちは幸せだったわ。そうでしょう? 私の前の結婚はそれはひどいものだったの。夫は両親が選んだ、家柄も年頃も申し分のない相手だったけれど、誰もいないところでひどく殴るの。我慢したわ。それが妻の務めだと思っていたから。でも、私だけでなく子供達まで手にかけていると知った時……私達は逃げ出したの。世間体のことがあるから、父は激怒したわ。そして夫が連れ戻しに来るたび、引き渡された。それが何度も繰り返されて……」

 それはシンデレラが初めて聞く話だった。シンデレラはいつのまにか泣き止み、目を大きく見開いて継母の話に聞き入っていた。

 継母は涙に濡れた娘の頬をそっと掌で拭い、悲しい話の結末を打ち明けた。

「何度目かに夫が実家に迎えに来た時、両親の目の前でナイフを首に当てたの。必死だった。これ以上娘達に危害を加えられるのを指をくわえて見ているわけにはいかなかったもの。どうしても連れて帰ると言うなら、この場で死ぬ、と宣言したわ。父は娘が自殺したなどというスキャンダルには耐えられなかったのね。それならまだ出戻りの方がいいと判断した。そしてやっと私達は自由を手に入れたの」

「お母様……。し、知らなかったわ」

 継母は潤んだ瞳をシンデレラに向けて、微笑んだ。

「あまり楽しい話ではないから。愛情のない夫婦なんて、そんなものよ。でも、愛だけでは食べていけない。娘に贅沢もさせてやれない。親にとって、それ以上に辛いことはないわ。あなた達が食べるものも食べられず、こんな風に手にあかぎれまで作って……。だからあなた達には、裕福でやさしい夫を自分で見つけてもらいたいの。舞踏会はそんな男性と知り合える、絶好のチャンスなのよ」

 唇をかんでうつむくシンデレラの頬を撫でて、継母は問いかけた。

「あなたは王子様をどう思って? 愛情のない方? 傲慢な方? 身勝手な方? 女性を隷属させたがるような方? 身分の低いものをないがしろにする方?」

 シンデレラはかぶりを振った。

「いいえ……。最初は、ちょっと傲慢な方だと……。でも、本当はとてもやさしい方よ。国王陛下や王后陛下もとてもやさしくて思いやりのある方々。私がナニーだと聞いても王子様のパートナーとして認めてくださり、尊重してくださるような。そんな御両親を、王子様はとても誇りに思ってらして……」

 すると、継母はにっこり笑った。

「そら、ごらんなさい。あなたはもうすでに、一生のパートナーを見つけているわ。今夜も舞踏会に行きなさい。そして、王子様の心を見極めていらっしゃい」

「だめよ。昨日、帰るのが遅くなってしまったから、サラの御両親に怒られてしまったの。今夜はサラは来てくれないわ」

「私ならもう大丈夫よ。ソフィの世話くらい、見られるわ」

「あら、だめよ! お医者様はもう少し静養するようにって……」

「大丈夫ですったら」

 しばらく継母の気品のある顔を眺めてから、シンデレラはおずおずと問いかけた。

「私がもしも王子様と結婚できたら、この家もきれいにしていただけるし、お母様達の生活も楽になるわ。でも、一度だけ王子様を試してみてもいい?」

 継母の目が、驚いたように見開かれた。

「私が、生活が楽になるという理由であなたに王子との結婚を強制しているというの?」

 シンデレラは慌てて否定した。

「違うわ! そういう意味じゃ……。ただ、ありのままの私を愛して下さるのかどうか、確かめたいの。ナニーの私に求婚してくださったら、私は一生王子様を信じてついていくわ。だから……今日だけ、あと一日だけ、身分を偽ったままでいたいの」

 継母は頷き、シンデレラの手をぽんぽんと叩いた。

「その方がいいわね。私も王子様の気持ちを知りたいから。愛してくださらないと少しでも感じたら、求婚されても断るんですよ。いくら裕福でも、愛がなければ行く末には不幸が待っていると思いなさい。反対に、身分違いの苦しい恋でも、愛さえあれば幸せになれますからね」

「はい、お母様」

 そんなわけで、シンデレラ達はもう一度だけ舞踏会に行くことになった。

 そして前日と同じように午前中にドレスや何かが贈られ、侍女が支度をし、馬車が迎えに来た。その様子を初めて目の当たりにした継母は、ここまでする人がシンデレラのことを愛していないわけはないと確信して、安堵のため息をついた。

 宮殿に着くと、またもや王子が風のように迎えに来た。シンデレラははにかんだように微笑み、だが、もうこれ以上のプレゼントは受け取れませんときっぱりと宣言した。

「苦情は受け付けないよ。私が贈りたいから贈っているだけなのだから」

「殿下……」

「今日は、別室で食事をとる」

 王子が何気なく宣言する。シンデレラはそれを聞いてびっくりした。

「いつもの食堂ではないのですか? でも……」

 大広間を抜け、食堂に入ると、いつものように大きなテーブルの上にはたくさんのお皿やナイフが並んでいる。

 王子は戸惑っているシンデレラをその奥の廊下に連れ出し、どんどん歩いていった。

「殿下……どちらへ?」

「あなたと私が食事をする部屋だ」

 シンデレラは息を呑んだ。

「殿下と……私?」

 王子はシンデレラの腰を抱く腕に力を込め、じっとその瞳を見詰めた。

「そうだ。二人きりで」

 それ以上言葉を発することが怖くなって、シンデレラはごくりとつばを飲みこんだ。

 その部屋は、他の部屋に比べたらこじんまりとしてはいるが、それでもフォントルロイ邸とは雲泥の差だった。広い部屋のやや端にテーブルが置かれ、二人分の食器が並んでいる。この部屋専属の召し使いがお仕着せを着て二人を待ち構えていた。

 シンデレラは王子と向かい合って座り、王子がシャンパンの入ったグラスを掲げるのを見て、おずおずとそれにならった。

「私達の未来に」

 王子が言い、乾杯の仕草をする。シンデレラのグラスと軽く触れ合ってから、彼は一気にシャンパンを飲み干した。

「来てくれないのではないかと気が気ではなかった」

 王子の告白を聞いて、シンデレラは真っ赤になった。グラスを置こうとテーブルに近づけた手を、王子が素早くつかむ。グラスは倒れ、中身がテーブルクロスに染み込んだ。

「料理が来る前に、少し踊りませんか」

 そう言うと、王子は有無を言わさずシンデレラを立ちあがらせた。テーブルの横の空いたスペースで、二人は踊った。大広間からかすかに響いてくる音楽に合わせて。

 王子はシンデレラの体をサポートしながら、まるで羽が生えているかのように軽やかにリードする。シンデレラは夢見心地になった。

「会いたかった。あなたの家に迎えに行きたいと何度思ったことか」

「まあ、殿下……」

 王子はシンデレラの手にキスをしながら、問いかけた。

「あなたは? 少しでも私のことを思い出しましたか?」

 シンデレラは赤くなった顔を隠すように、王子の胸に埋めた。

「もちろんですわ……」

「本当かな……」

 突然、王子のステップが止まる。シンデレラはがくんと王子の体につんのめった。

「殿下……?」

 怪訝そうに上げた顔に、王子の顔が下りてくる。シンデレラは目を見開いた。

 唇が重なる。

 シンデレラの目が潤み、何も見えなくなった。目を閉じると、瞼の奥で星が砕け散り、七色の光を発して四方に飛び去っていくのが見えた。

 シンデレラの全身が震えているのを感じて、王子は更に強く彼女の体を抱き寄せた。

 それからどれくらいの時が経ったのだろう。気がつくと、シンデレラはぼんやりと王子の胸に頭を持たせかけ、彼の動きに合わせてゆるやかに体を動かしていた。

「キスは初めてですか?」

 静かな問いに、かぶりを振る。王子の体が強張った。

 シンデレラは恥ずかしそうに微笑んだ。

「だって、昨日、あなたが……」

 途端に王子の体から緊張が解ける。彼の体が笑いに揺れた。

「意地の悪い人だ」

 シンデレラもくすくす笑う。

「料理が来ている。食べましょう」

 テーブルの上にきちんと料理の皿が載っているのを見て、シンデレラは顔を赤らめた。

「私達……」

「召し使いにキスシーンを見られたか? 答えは、イエス。だが、気にすることはない」

 気にしないわけにはいかなかったが、とにかくシンデレラは王子に言われるままテーブルについて食事を始めた。

 昨夜は王子がいろんな話をしてくれたが、今日は質問攻めの日らしい。子供の頃はどんなところに住んでいたか、どんな子供だったか、両親と死に別れたのはいつか、などと、彼はどんな事でも知りたがった。

 シンデレラは身分を伏せたまま、正直に答えられることだけ答えた。嘘をつかなければならない時は、無言で答えることを拒否した。

 そんな風だったので、食事の時間があっという間に終わってしまったことが、シンデレラには不思議だった。ごまかしの上に成り立っている二人の関係では、そのような質問攻めはさぞ辛いだろうと思っていたからだ。

 だが、王子がデリケートな質問を避けたことも手伝って、シンデレラはかなりの情報を彼に与え、しかもそれを楽しむことができた。仲の良かった両親と、目の中に入れてもいたくないほどにかわいがられた一人娘の話は、王子をことのほか感心させたようだ。

 食事が終わると、二人はまた踊った。テーブルの上を片付けてしまってからは召し使いも姿を消し、呼び鈴を鳴らさなければ誰も来ないと王子も請け合った。

 ダンス、キス、ダンス。

 シンデレラはその両方に酔った。王子はどちらにもすばらしく精通しており、シンデレラの夢見心地は続いた。

 曲が終わり、シンデレラはため息をついた。ふと時間が気になって時計を探してみたが、この部屋には時計がない。

「殿下、今は何時でしょう?」

 おずおずと尋ねると、王子は緊張した面持ちでシンデレラを見下ろした。

「見てくるから、待っていてください」

 そう言い残して去っていく王子の後ろ姿を、シンデレラはうっとりと見送った。

 だが、待てど暮らせど王子は帰ってこない。先ほど見せた緊張した顔、そして強張った背中を思い出して、シンデレラは急に不安になった。王子と国王夫妻にいとまを告げて、妹達と帰ろうと決意して部屋を出る。

 長い廊下を進んだが、あちこちに曲がり角があるので、とうとう迷ってしまった。誰かに聞こうと思ったが、召し使い達は全員が大広間の方にいるとみえて、あたりには誰もいない。

 その時、くぐもった話し声が聞こえてきた。シンデレラはほっとして、声が聞こえてくるドアを少し押し開けた。

 その向こうにいる人物の姿を見て、シンデレラは息を呑んだ。

 大きなベッドの上で、男性が女性に押し倒されている。

 男女の睦み合いの邪魔をしては行けないと立ち去りかけたシンデレラの耳に、女性の声が響いた。

「いけない方ね、殿下……」

 殿下?

 はっとしてドアの隙間からよく見ると、確かにその男性は王子と同じ服装をしている。体格も、似た感じだ。

「いけないことなど何もない。きみには関係のない話だ」

 その声を聞いて、シンデレラは凍りついた。

 それは確かに王子の声だった。女性の陰に隠れて顔は見えなかったが、口調も声も、何もかもがその男性が王子であると告げている。

 ドアをそっと閉めてここから立ち去りなさいと理性の声がする。シンデレラは強張った手足を動かして、その声に従おうとした。

「ダーリン……」

 ドアを閉める間際、女性の声がして、激しい息遣いと、口づけをしているのであろう淫らな音が響いた。シンデレラは二人に気付かれないよう静かにドアを閉め、床に根が生えてしまったかのような足を励まして、歩き出した。

 どこをどう歩いたのかさっぱり覚えていないが、気がつくとシンデレラは大広間にたどり着いていた。

 まるで幽霊を見たかのように真っ青になっている姉の姿をいち早く見つけたアンドレアが駆け寄って来て、どうしたのかと聞いた。だがシンデレラは、帰らなくちゃと繰り返すばかり。アンドレアは王子の姿を探したが見つからないので、シンデレラを抱きかかえるようにして馬車に押し込んだ。

 帰りの馬車の中は、いつもは大はしゃぎでおしゃべりをするチェルシーまでが黙り込んでしまい、沈うつな雰囲気だった。シンデレラは魂が抜けたようにうつろな様子で、妹達は何度も顔を見合わせあっては首を傾げた。

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