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 翌朝、シンデレラが朝のお茶を持って継母の部屋を訪ねると、継母は高熱を出していた。シンデレラは急いで医師を呼びに走り、その間にアンドレアが朝食の用意をして、チェルシーがソフィの世話をした。

 慌ただしかった朝が過ぎ去り、お昼を過ぎると、古ぼけた屋敷に平和が戻った。とはいえ、継母が過労で発熱したということを考えると、まだまだ平和とは言いかねたが。

「こんなにのんびり寝ているわけにはいかないのだけれど……」

 継母が弱々しい声で言うのを聞いて、シンデレラはきっぱりと首を振った。

「いいえ、お母様。向こう一週間、安静にしていなさいとお医者様もおっしゃったでしょう。しばらくは私がお母様の代わりをしますから、心配なさらないで。何度かご一緒したから要領は分かっているし、アンドレアもチェルシーも大きくなって、家のことを手伝ってくれますわ」

 継母はため息をつき、残念そうに目を閉じた。

「これでは舞踏会にも行けないわね。あの子達に裕福な夫を見つけなければならないのに……」

 継母が子供達には自分と同じ苦労をさせたくないと思っているのは、シンデレラも知っていた。だが、たとえ相手がどんなに裕福であろうとも、愛し合っていなければなんになるというの? 妹達には、父と母のように、愛し合って結婚してもらいたい。

 だが、舞踏会で運命の出会いをするという可能性もある。その相手が裕福なら、シンデレラとて大喜びで妹達をお嫁に出すだろう。

 それに、舞踏会に行くのを楽しみにしている妹達のことを考えると、胸が痛む。シンデレラを手伝って、こまねずみのように家の中を走りまわっている様子を見た今となれば、なおさらだ。

「お母様の代わりに……私が行ってもいいかしら?」

 シンデレラがおずおずとそう言うと、継母の青白かった顔に血の気が戻った。きらきらと輝く瞳を継娘に当て、震える手でシンデレラの手を握り締める。

「行ってもいいか、ですって? そうお願いしたいと思っていたのよ。でもあなたはあまり舞踏会など派手なことは好きではないし……」

 シンデレラは継母を安心させるようににっこり笑った。

「確かに好きではないし、年頃をとうに越えた独身女性があまり歓迎されないのもわかってるわ。でも、あの子達の保護者として行くのですもの、少しばかり歳を取っていたって、文句を言う方はいらっしゃらないでしょう」

 すると、継母は困ったように微笑んだ。

「何度も言うけれど、あなたは年頃を越えているわけではないのよ。まだまだ若くて、それに美しいわ。あなたさえその気になってくれれば、殿方なんてよりどりみどりなのに……」

 シンデレラは信じないわというように首を振って笑い、継母のかさかさした頬に軽くキスをして立ち上がった。

「もうしばらく眠っていた方がいいわ。妹達のことはご心配なく。ソフィのことも、近くの娘さんにベビーシッターを頼んで来たのよ。だから、お母様はとにかく体を休めて下さいね。舞踏会では責任を持って妹達を監督しますから」

 継母はまだ何か言いたそうにしていたが、シンデレラの看護師然とした態度を見てあきらめたらしい。小さなため息をついて、目を閉じた。

 シンデレラが舞踏会に行けると話すと、案の定妹達は大喜びだった。だが、年上で分別もついているアンドレアは、少し心配したようだ。

「私達が三人とも行ってしまって、お母様は大丈夫なの?」

 シンデレラはアンドレアを愛しげに抱きしめた。

「大丈夫。お母様に不自由がないよう、ほら、一番近くに住んでいる、ムーアさんのお嬢さんに夜来て下さるよう頼んでおいたから」

 それを聞くと、アンドレアの目がぱっと輝いた。

「サラね! あの人、とっても親切なの。この間も、私が裏の畑で野菜の世話をしている時に通りかかって、何も頼まないのに手伝ってくれたのよ!」

 その話は初耳だ。シンデレラは驚いたようにアンドレアを見た。

「畑で野菜の世話をしていたですって?」

 アンドレアは、あっ、というように口に手を当てた。その目が悪戯を見つかった子供のようにしゅんとするのを見て、シンデレラは元気づけるように微笑んだ。

「別に怒っているわけではないのよ。ただ、あなた達には本物の貴族の娘のように育って欲しいの。うちが貧しいばかりにこんなに苦労をさせて、申し訳ないわ……」

「まあ、お姉様!」

 二人の会話を聞きつけたチェルシーが、シンデレラに抱きついた。

「私達、とっても幸せよ! 時々会うよその貴族の子は、とっても取り澄ましてて、それにすごく意地悪なの。お父様やお母様も子供達には無関心で、お食事中におしゃべりもできないのよ! 私、このうちの子で良かった!」

「まあ、チェルシー」

 涙声で言うシンデレラに、アンドレアも抱きつく。

「私もよ、お姉様。お姉様とお母様は私達の自慢なの。だから、私たちもお姉様達を助けたいのよ。お勉強はきちんとするし、裁縫も刺繍も、貴族の娘がすることは全部するわ。その余った時間で家のことをお手伝いするだけ。ね、それならいいでしょう?」

 きらきらと輝く二人の妹の瞳を、シンデレラはそれ以上見ていることはできなかった。温かい涙が次から次へとあふれて、視界をぼやけさせたからだ。

 シンデレラはハンカチを取り出してそっと涙を拭うと、二人に微笑みかけた。

「ありがとう。とっても助かるわ」

 二人の妹が会心の笑みを交わし合って、さっそくキッチンで昼食の用意を始める。シンデレラは二人に任せることにして、厩に向かった。

 昔は立派な馬も何頭かいたのだが、父が亡くなると飼い続ける余裕がなくなり、今では年を取ったろばが一頭いるだけだ。シンデレラは古ぼけた荷車の引き綱をろばにくくりつけ、土地の見回りに出かけた。継母に言ったほどには自信はなかったが、自分がやるしかないのだ、と決意して。





 見回りは、特にトラブルらしいこともなく無事に済んだ。継母が倒れたことを聞いて、みんなが同情してくれたことも大きかっただろう。シンデレラの遠慮がちな訪問も、好意を持って迎え入れられた。

 シンデレラは今日の成功に気をよくして屋敷に戻り、遅めの昼食を取った。妹達も自分の仕事をきちんと心得ており、シンデレラはちらりと家の中の様子を見て回って満足したように微笑んだ。

 そうこうしているうちに時刻は夕方になり、シンデレラ達は舞踏会の用意で上を下への大騒ぎになった。事情を説明してサラに早目に来てもらい、三人の娘が用意をしている間、継母とソフィの世話を頼んでおいた。

 シンデレラは舞踏会用にドレスを誂えなかったので、身につけるもののほとんどを継母に借りなければならなかった。化粧も、少し気分の良くなった継母がしてくれた。

「まあ……これが私?」

 支度が整って鏡を見たシンデレラは、信じられないというようにつぶやいた。

「支度できた、お姉さ……うわあ、すごくきれいよ!」

 様子を見に来たチェルシーが大声で叫ぶ。後から、アンドレアも急いで入って来た。

「ほんと、きれいだわ、お姉様!」

 シンデレラはほんのりと頬を染めながらも、二人の妹に厳しく言い聞かせた。

「いいこと、あなた達。舞踏会では私のことをお姉様と呼んではいけませんよ。ナニーと呼ぶのよ」

「はあい、乳母や」

 二人はくすくす笑いながら部屋を出ていった。

 向き直ったシンデレラの姿をしみじみと眺めながら、継母はため息をついた。

「本当にそうするつもり? あなただって、この家の正式な娘なのに……」

「いいえ、お母様。嫁き遅れの姉がいると知れたら、あの子達の縁談に差し支えがあるかもしれないでしょう?」

「あなたがそんな風に考えているとあの子達が知ったら……」

 シンデレラは、しーっと唇に人差し指を当てた。

「内緒よ。舞踏会用のゲームだと言い聞かせてあるんだから。どのみち、舞踏会はあと二日。たいしたことはないわ」

 継母はもう一度重いため息をついた。

「あなたがどうしてもと言うなら……」

 シンデレラはきっぱりと頷いてみせ、にっこり微笑んだ。

「では、行ってくるわ、お母様。あとのことはサラによく頼んでありますから。十一時には彼女を帰さなければならないから、それまでには帰ります」

「楽しんでいらっしゃい」

 継母がかすかに微笑んで言うのを聞いてから、シンデレラは部屋を出た。

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