表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

ウソ発見器の正しい使い方

作者: 忌野希和

「俺からの質問には全て〈いいえ〉と答えてください。いいですか?」

「……」


「問一、貴方はシュバイチェル伯爵家当主、ダビデ・シュバイチェル本人ですか?」

「……」


「おい、答えろ」

「……いいえ<No>」


 俺からの問いにはだんまりを決めこんでいたダビデだったが、背後に控えている騎士に脅されて渋々答えた。


「問二、貴方には正妻の他に側室が三人いますか?」

「…いいえ〈Yes〉」


「問三、本当は四人ですか?」

「……!?いいえ〈No〉」


「四人もいるのかよ、羨ましいな」


 見た目は太っちょで脂ぎった中年のおっさんだというのに。

 やはり金か、金なのだろうか。


「真偽官殿」


「おっと失礼。問四、貴方は国に隠している財産がありますか?」

「いいえ〈No〉」


「問五、貴方は隣国から武器を購入していますか?」

「………いいえ〈No〉」


「問六、貴方は国家転覆を企んでいますか?」

「いいえ!〈No〉」


「問七、貴女の四人目の側室は隣国のジトラス領、領主の次女エリザベートですか?」

「いい加減にしろ!こんなふざけた―――」


「余計なことを喚くな」


 ダビデは座らされていたソファから立ち上がり、俺に抗議しようと近寄ってきたが騎士によって背後から押さえつけられた。

 ダビデは執務机に激しくぶつかり、積んであった書類や本が床に散らばった。

 ちょ、俺の執務机がおっさんの脂でギトギトになるんですけど。


「さっさと質問に答えろ」

「いいえだ!!〈No〉」


「はーい、質問は以上で終了です。こちらが結果なので評議会に提出してください」

「ご協力感謝する。真偽官殿」


「嘘だっ。全部嘘だ!こいつの【真偽神の加護】など大嘘だ!」


 俺が質問の結果を書き込んだ紙を渡すと、騎士は敬礼してから喚くダビデを連行していく。

 全くもって活きの良いおっさんで、部屋を出て行った後も叫ぶ声が暫く聞こえていた。


「羨ましいんですか?」

「えっ」


 落ちた本を拾おうとした時、思わぬ問いかけをされてドキリとする。

 振り返ると質問の主は部屋の隅から、緋色の目で俺の事をじっと見つめていた。


 修道服姿の小柄な赤毛の少女で、名前はカトレアという。

 彼女は俺の側仕えで、審問の間は執務室の隅で静かに待機していた。


「だから側室が四人もいて羨ましいんですか?サトル様は」

「あの時はノリで言ったけど、実際にそんなに居たら疲れるからいいかな」


「別に毎晩手を出さなくても良いのでは?」

「いや、心労的な意味だよ!?」


「ふーん。まあそういうことにしておきます。机を拭く布巾を持ってまいります」


 カトレアはぺこりと頭を下げてから執務室を出て行った。

 相変わらず彼女の心理はよく分からない。


 普段から無表情でジト目で口数の少ない少女なのだが、たまにセンシティブな内容の会話を放り投げてくることがある。

 ただでさえ年頃の少女相手でおじさんとしては気を使っているというのに、なんだか逆セクハラを受けている気分だ。


 まだまだこちらの世界の環境に慣れないな。






 俺こと新木悟(アラキサトル)三十歳は、転生した先のアトルランという異世界で【真偽神の加護】というものを手に入れた。


 その加護の力を一言で説明するなら、人間ウソ発見器である。

 相手の言葉の後にその人物の心の声で〈真実:Yes〉か〈嘘:No〉と俺だけに聞こえて真偽が分かるのだ。


 ただし当たり前だが〈Yes〉か〈No〉で明確な答えが出ないものには反応しない。

 魔力とやらを消費するので乱用はできないが、この加護のおかげで俺は異世界でも生きていくことができた。


 ちなみにどういう経緯で転生したかは全く覚えていないし、お約束のチート能力をくれるような神にも会っていない。

 仕事終わりに一人で寂しくカップラーメンを食っていたのが、地球での最後の記憶だ。


 なのに何故転移じゃなく転生したと言えるのかって?

 それは体の年齢が十歳ほど若返っていたからだ。


 精神年齢は三十歳だが、肉体年齢は二十歳そこそこになったというわけだ。

 どうせなら日本人の平たい顔じゃなくて、イケメンに生まれ変わりたかったが我儘だろうか。


 ああでも若いというだけで素晴らしい。

 もう徹夜なんて怖くないぜ。


 ……改めて考えると転生だと断定もできないな。

 まあ大した差があるわけでもないし、どっちでもいいか。


 神に会った記憶は無いが、この加護が一応与えられたチート能力だと思われる。

 何故なら【真偽神の加護】の持ち主は、世界に百人といない特別な加護だったからだ。




「それではサトルさん、留守の間は頼みますよ」

「はい、任されました!」


 俺のあまりに軽快な返事に、ベアトリスが柳眉を顰める。

 彼女は俺が暮らしている真偽教の神殿を取り仕切る司祭で、教団内で枢機卿という役職に就いていた。


 金髪碧眼の絵に描いたような美女で、生地の厚い法衣の上からでもスタイルの良さが伺える。

 年齢は恐らく二十歳前後だ……女性に年齢を聞くのって怖くない?


 その若さで枢機卿という教団の上澄みにまで昇りつめたのには理由がある。

 ベアトリスも【真偽神の加護】を持っているからだ。


 そして異世界に転生して路頭に迷う俺を保護し、加護を見出してここに住まわせてくれた命の恩人でもある。

 先に述べた通り【真偽神の加護】の持ち主は希少で、この国にはベアトリスと俺の二人しかいなかった。


「あまり副業に精を出して、カトレアを困らせないでくださいね」


 巷では〈氷の聖女〉と囁かれるくらい冷たい印象を持たれているベアトリスだが、それは凛とした近寄りがたい美貌と、真偽を暴くという仕事柄そう思われやすいだけだ。

 本人は非常に優しく温和な人物なのである。


「副業ってどっちの副業ですか?」


「もちろん冒険者の方です。翻訳や通訳なら神殿内でいくらしても構いませんよ」


「……善処します」


「貴方が私の仕事を受け持ってくれるおかげで、ある程度国内を動き回れるようになりました。そのことにはとても感謝していますし、異邦人である貴方を神殿に縛りつけているようで心苦しいのですが」


「それはお互い様ですよ。俺こそベアトリス様に拾ってもらっていなければ、今頃どうなっていたことか」


「サトルさんっ」

「はいそこまで」


 感極まって俺に抱き付こうとしたベアトリスが、側で待機していたカトレアによって阻まれた。

 俺の前に割り込んだカトレアの差し出した手が、身長差もあって突進してきたベアトリスの鳩尾に突き刺さる。


 ベアトリスの肢体が区の字に折れ曲がり、「ぐえ」という淑女らしからぬ絞められた鶏のような声が聞こえたけど大丈夫か?


「サトル様は私が見ておきますから、ベアトリス様はさっさと行ってください」

「ぐぬぬ……わかりました。留守の間は頼みますよ」


 俺なら悶絶して暫く立ち上がれないくらいのクリーンヒットに見えたが、ベアトリスも意外と頑丈だった。

 すぐに立ち直ると後ろ髪を引かれながら、大量の護衛を引き連れて馬車で出かけて行った。






 【真偽神の加護】による真偽は絶対だ。

 絶対ではあるが、何が真で何が偽かは諸説あると俺は思っている。


 ベアトリスは他者の嘘を見抜く力だというが、その嘘とは誰にとっての嘘なのか。

 例えば単に記憶違いであったり、もしくは魔術や薬で暗示をかけられるなどして、嘘を真実と思い込んでいたら、【真偽神の加護】はどういう反応を示すのだろう?


 真偽官の質問の内容は全て事前に用意されたものであり、〈いいえ〉と答えたら基本的には嘘〈No〉になるようになっている。

 先のダビデのように揺さぶりで〈Yes〉を混ぜることもあるが、それも結果が〈Yes〉になる前提の質問だった。


 真偽官は審問書の通りに質問して、結果を書き込むだけの簡単なお仕事だ。


 審問書はこの国の〈暗部〉とよばれる組織が、審問対象を徹底的に調査して作成していた。

 そして恐ろしいのはこれまでの審問での結果が、意図したもの以外になったことがないということだ。


 つまり審問官の仕事は罪の発見ではなくて、真偽神の名において罪を確定させることであった。

 この国の〈暗部〉が優秀過ぎて怖い件。


 というわけで審問は予定調和なので、【真偽神の加護】の検証の場には向かない。

 というか人の人生が決まる大事な審問で検証するのは不謹慎か。


 【真偽神の加護】を審問以外で使ってはいけない、というルールもないので個人的に検証は可能である。

 ルールは無いがみだりに神聖である加護を使うと、神殿関係者は良い顔をしないため検証は殆どできていない。


 今回ようやく段取りが整い、俺が検証対象、及び検証場所に選んだのは……。




「いっくよぉ」


 薄暗く冷たい玄室にゆるい声がこだまする。

 声はゆるいが、振り回している得物はゆるくない。


 俺の身長に匹敵する長い槌鉾(ロングメイス)が、ごうっと唸りを上げて屍肉を穿つ。

 屍肉といっても完全に腐敗はしておらず、水分が抜けて引き締まり、ゴムのように固くて弾力がある。


「えいっ」


 故に打撃には一定の防御力があるはずなのだが、槌鉾が直撃するとまるで内部から爆発したかのように屍肉が飛び散った。


 凶器を振り回し屍食鬼(グール)を屠っているのは大柄な女性だ。

 革製の軽鎧を身に纏い、右手に槌鉾、左手には大楯(タワーシールド)を持ち軽々と扱っている。


 栗色のボブヘアーが揺れていて、体格に似合わず顔は童顔。

 頭頂部に付いた獣人の証である茶色の丸い耳がチャーミングだ。


 襲い掛かってくる屍食鬼は十体ほどと多勢だが、そんなものは彼女の強靭なフィジカルの前では烏合の衆と化す。


「ほいっ」


 数匹まとめて突っ込んできたが、大楯を薙ぎ払っただけで屍食鬼たちの四肢はひしゃげて再起不能になる。

 どこかで見たような光景だが……ああ、無双系のゲームか。

 無双タイムが終了すると、玄室には原型を留めていない肉片の山が積み上がっていた。


「はい、終わりよぉ」

「お疲れ様。ベア子さん」


 俺が呼びかけると、彼女は振り返り満面の笑みを浮かべた。


 ベア子は熊人族の獣人である。

 熊だからふざけてベア子と呼んでいるわけでなく本名だ。


 正しくはベアコだからごめんちょっとふざけてたわ。

 発音が一緒なので誰にも気づかれないおふざけだけども。


 ベア子は優秀な冒険者で、ベアトリスの護衛依頼を通して知り合った仲だ。


「それにしてもよくカトレアちゃんが許してくれたわねぇ」


「第二位階冒険者パーティー〈浄火の(Empyrial)抱擁(Grasp)〉が護衛だと説明したら承諾してくれたよ」


 まあかなり渋々の承諾だったし、パーティーフルメンバーだとカトレアは思ってるだろうけどね。

 仮にも貴重な加護の持ち主なので、相応の安全が保証されていないと外出も許可されないのである。


 今日はベア子と二人でとある遺跡に来ていた。


「それにしてもどうして今回は初心者向けの遺跡で、護衛も私だけなのぉ?」

「ちょっとベア子さんに個人的な用事があってね」


「えっ、なになに?告白とかされちゃうのかしらぁ」

「俺の加護の検証を手伝ってもらいたくて」


「なんだがっかりぃ」


 俺の返事を聞いてベア子が分かりやすく肩を落とした。

 いや、そんな残念そうにされても困るんだが……。






 検証対象にベア子を選んだのには理由がある。

 彼女は戦闘能力に全てを捧げているので、その、素直……というか脳筋だ。

 なのであまり他人を疑うとか、物事を沢山覚えたりすることが苦手なのだ。


「ところでこの葉巻を見てくれ。これを吸うと屍食鬼の麻痺毒を中和できるんだ」

「へぇ~霊薬でもないのにすごいわねぇ」


 一応疑われたら転がっている屍食鬼の残骸を使って実証しようと思ったのだが、ベア子は素直に信じてくれたようだ。

 俺が懐から出した葉巻をしげしげと見つめている。


 さすがベア子、脳筋だぜ(誉め言葉)。


 実証といっても事前にこっそり飲んでおいた霊薬の効果が発揮されるだけなのだが。

 つまり葉巻の中和効果というのは真っ赤な嘘である。

 よし、まずは検証その一だ。


「はい、それじゃあ質問です。この葉巻は麻痺毒を中和するでしょうか?〈はい〉か〈いいえ〉でお答えください」


「いくら私でも今教えてもらったことは忘れないわぁ。はいっ〈No〉」


「…………まじか」


 いきなり信じがたい検証結果が出てしまった。


 おわかりいただけただろうか。

 ベア子は葉巻の効果を信じているので嘘をついてはいない。

 だから【真偽神の加護】の結果は真実〈Yes〉になるはずなのに、結果は嘘〈No〉ときたものだ。


「これって要するに対象の心理を読み解いているわけじゃないってことだよな」


 ベア子の知らない真実を【真偽神の加護】は明らかにしていた。

 じゃあ誰から見た真実なんだ?


 仮に俺の望む答えになっていたのなら、今までの真偽が全てでたらめになってしまう。

 一応俺の加護はベアトリスの加護で保証されているから、それはないと思うのだが。


「あのう、私変なこと言ったぁ?」

「うおっ」


 顎に手を当てて考え込んでいると、目の前にベア子の顏があってびっくりした。

 女子バレーボール選手より大きな体を屈めて、心配そうに俺の顔を覗いている。


「大丈夫だ問題ない。続けて質問をしたいんだけど、ベア子さんはこの遺跡は初めてだよね?」


「ええそうよ。私の出身は北方の国で、冒険者として独り立ちしてからこの国にやってきたの。だから初心者向けの遺跡に入るのは初めてねぇ」


「つまり俺もベア子さんも初めてってことだ」

「その通りよぉ」


 何故か頬を染めているベア子はスルーして検証その二に挑む。


「今度は何を聞かれても〈はい〉と答えてください。この先、玄室は十部屋以下ですか?」

「はいっ〈Yes〉」


「この先、玄室は九部屋ですか?」

「はーい〈No〉」


「八部屋ですか?」

「はいぃ〈Yes〉」


 むう、俺もベア子も答えを知らない内容に対して、真偽が定まってしまった。

 これで本当にこの先八部屋だったら、いよいよ何の加護か分からなくなるぞ。




「あらあら、本当に八部屋なのねぇ」

「いやいやベア子さん、そんな呑気に言ってられる結果じゃないんだよ……」


 しゃがみ込み頭を抱えている俺の遥か頭上から、ベア子の声が聞こえてくる。

 道中の屍食鬼を大量に蹴散らしたというのに、息一つ切らしていなかった。


 ちなみに俺は護衛対象なので、一切戦闘に参加していない。

 というか腕っぷしはからっきしなので、参加しないではなくて出来ないのだが。


 副業と呼んではいるが、冒険者に関しては護衛費が嵩むためほぼ赤字である。

 異世界ファンタジーといえば冒険者じゃない?という俺の我儘……というのが表向きの理由で、本当の理由は加護の検証の環境づくりであった。


「明日の天気は晴れですか?」

「はいー」


「今から丁度一年前の天気は晴れですか?」

「はーいー〈No〉」


 未来に関する質問に加護は発動せず、過去の出来事には発動した。

 正解しているかどうかは確かめようが無いが。


「この遺跡に未発見の隠し玄室はありますか?」

「はいはーい〈Yes〉」


「えっ、あるの!?」


 冷や汗が背中を伝う。


 百歩譲って一年前の天気は誰かが知り得る事柄だが、未発見のものをどうしてあると断定できるのか。

 そろそろ魔力も限界なので、次で最後の質問にする。


「俺はこのまま検証を続けて、答えに辿り着いてもいいですか?」




『―――イエス』




 ベア子が答えるよりも先に、急に耳元で誰かが囁く。

 吐息が俺の首筋をくすぐり、ぞくりと体が震えた。


 突然現れた背後の気配に驚き、振り向こうとしたが足に力が入らない。

 加えて急激な目眩に襲われ、視界が狭まり暗転し始める。


「サトルくん!」


 ベア子の慌てた声が聞こえたが、返事をする間もなく俺はそのまま気を失ってしまった。

 気を失う直前になんとか首だけを捻って背後を見る。

 そこにいたのは、






 気がつくと至近距離に緋色の目があった。


「やっとお目覚めですか」

「近い近い顔が近い」


 垂れた赤毛が鼻先をくすぐり甘い匂いがする、じゃなくて。

 ベッドに寝ている俺を覗き込んでいたカトレアをやんわりと押しのける。


「ここは神殿か」

「そうです。神殿の医務室です。ベアコ様がサトル様をお姫様抱っこして帰ってきた時は何事かと思いましたよ」


 どうやら俺は魔力切れを起こして昏倒したらしい。

 そしてベア子が神殿まで運んでくれたと。


「サトル様は丸一日眠っていました。事情をベアコ様に尋ねても、サトル様に聞いてくださいの一点張りで教えてくれませんでした」


 事前に遺跡での検証は他言無用とお願いしていたので、ちゃんとベア子は守ってくれたようだ。

 しかも神殿まで運んでくれて感謝しかない。


 お姫様抱っこなのは、まあ背中には槌鉾と大楯があっただろうし仕方ないか。

 後日改めてお礼をせねば。


「それで何があったんですか?」

「ちょっと加護を使い過ぎただけさ」


 カトレアの赤い眉がハの字になった。

 敬虔な真偽教信者として思うところがあるのだろう。


「どうして神を試すようなことをするんですか?」


「試すなんてとんでもない。神を良く知ろうとしてるだけじゃないか」


「屁理屈ですね。私が言いたいのは、遺跡で危ないことはしないでくださいということです。これからは多少なら協力しますから」


 普段から何事にも動じないカトレアが修道服の裾を掴み俯いてしまい、俺も動揺する。

 心配をかけてしまったことは素直に反省したい。


「今後外で無茶をするなら私も付いていきますから」

「いやいや、そういうわけにもいかないだろ」


 慰めようとカトレアの頭に手を置いた瞬間、医務室の扉が勢いよく開け放たれた。


「サトルさん、無事ですか!」


 長い金髪を乱しながらベアトリスが飛び込んできた。

 そして手を持ち上げたまま硬直している俺に抱きついてくる。


 普段ならブロックしてくれるカトレアが動かなかったため、上半身へのタックルを食らい「ぐえ」と声が漏れた。


「怪我はありませんか?魔力切れを起こしたと聞きましたがもう回復しましたか?寒くないですか?私で暖まりますか?」


 抱きついたまま俺の顔や体をまさぐるベアトリス。

 柔らかいものが腕に当たり、カトレアとはまた違った甘い香りが……。


「はいそこまでです。もういいですよねサトル様は無事ですから」


「ああん、足りません。というか前から思っていたのですが、何故カトレアに指図されないといけないのでしょう?」


「私がサトル様の側仕えで管理する必要があるからです」


「それなら私はサトルさんの上司として管理をしなければなりませんっ」


 俺を挟んでぎゃーぎゃー喚く二人は放置して、遺跡での出来事を思い出す。


 検証結果をまとめるとこうだ。


 相手の嘘を見抜くと思われていた【真偽神の加護】だが、実際は嘘かどうかは一切考慮されず、純粋に質問に対する回答の真偽が示されていた。


 また未来の天気といった不確定のものには加護が発動しないが、現在及び過去の確定事項には問題なく発動する。


 たとえ誰もが知り得ない内容だったとしても、だ。


 最後の質問は不発に終わると思っていた。

 なのに返事があった。


 そう、返事だ。


 薄れゆく意識の中、俺が目撃したアレが幻覚でないのなら……いかん、思い出したら寒気がしてきた。


「サトルさん?やはりまだ体調が優れないようですね。私が人肌で温めましょう」


「駄目です。ベアトリス様は外出から戻ってきたばかりなのですから、ご自分の執務室に帰って下さい。仕事が溜まってますよ」


 アレは俺が加護の真相に近づくことを望んでいるようだが……。


「まあ、暫くは保留かな」


 これ以上先に進めば今のままじゃいられない、そんな予感がする。


 まだベアトリスに恩を返せていない。

 これ以上カトレアに心配はさせられない。


 元々加護の検証は興味本位で、今の生活を壊してまで暴きたいものでもない。

 だがこの先、彼女たちが窮地に陥り加護の本当の力が必要になった時は、惜しまずに使うつもりだ。

 あ、ベア子も含めてね。


 そんな決意などつゆ知らず、ベアトリスとカトレアは俺を挟んだまま、どこか楽しそうに騒ぎ続けていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ