召喚者プリン
毒猫長プリンは頭をふるふると振りながら、その場の全員を間抜けと断じた。
「だってそうでしょう?頑なに“人”を召喚しようとするから失敗するのよ。魔法だって女だって、強引で余裕の無い奴の言う事なんて聞きたくなくなるわ」
プリンはまるで魔法を生物のように言う。
ゲーリックはそこに才の煌きを見た。
――まったく新しい視点!この女、やはりただの殺し好きのビッチではない
「では、プリン。あなたなら私達より上手く出来るということですか?」
女王の問いに、プリンは自信満々に頷いた。
「勿論です、女王陛下。我々に従順であるならば人間である必要はないのです。強く、賢く、従順で。万の魔獣の王…いえ、女王たる存在を私が召喚いたしましょう。そうね、力強さだけではなく、私のように種族関係なく男を惹きつける妖艶さを持っているコがいいわね」
なるほど、と女王も頷く。
確かにそうだ。
むしろある意味で人間よりも良いのかもしれない。
番犬という言葉もある事だし。
妖艶だなんだというのはどうでもいいが。
そんな事を考えた女王は、プリンに召喚魔法の行使を促す。
「ではやってみなさい。魔王の喉笛を引き裂く、殺し屋を呼ぶのです!!」
女王の目が危険な光を帯びる。
これは彼女の性格が危険だからというわけではなく、自分だけ明らかな召喚失敗をしたことによる怒りが所以である。
プリンは愛用の短剣を握り締め、静かに精神を集中する。
そして高らかと、まるで詩歌を吟じるようにうたいあげた。
――nsfw
◆
(馬鹿な!なぜそれを使う!?)
ゲーリックは愕然とした。
nsfwは非常に危険な詠唱鍵だからだ。
これは「Not safe for work」(職場で見ないほうがよい)という古代ルーン語を略したものだが、その古代語の意味は分からなくとも、過去の文献からこの詠唱鍵が非常に危険である…というのは子供でも知っている常識だった。
事実として、この詠唱鍵を使う事により滅び去った国が1つ2つではきかない。
最悪の場合、世界(この作品)が消し飛ぶ恐れすらもあるのだ。そんな破滅の詠唱鍵をプリンは躊躇いなく使用した。
(これが日頃から生と死の境を行き来している暗殺者の感性か)
助平親父のゲーリックでもそれは出来ない事だった。
ゲーリックはプリンの目的の為なら手段を選ばない非情さにわなわなと震えざるを得なかった。
――O queen of ten thousand beasts, strong, great, and beautiful, Her jet-black fur is tinged with lightning, and her fangs can bite down even the sun. Yet thou art as wise as the wise…
プリンの詠唱はまるで唄のようだった。
これにはゲーリックのみならず、他の者達も眉を顰める。
召喚対象の特徴を端的に示す、これが召喚の基本。
であるのに、プリンは会話のように詠唱鍵を連ねていく。
これでは不安定な召喚は避けられない。
最悪、目鼻も滅茶苦茶な位置にある怪物が呼び出される恐れもある。
だが次の詠唱で一同は賞賛の唸り声をあげた。
――Scale 13!
詠唱鍵“Scale”はやや特殊な詠唱鍵で、これを設定する事により魔法の結果が詠唱鍵にどれだけ忠実に反応するかを操作できる。
Scaleを高く指定すればするほど、魔法の結果は詠唱鍵に沿ったものとなり、低くすれば魔法は詠唱鍵の解釈範囲を広げて、ある程度融通が利くようになる。
ならば高くすればいいではないかと思うかもしれないが、高すぎると逆に悪影響を及ぼすことも少なくないのだ。
Scaleが低い魔法は詠唱者の意思…暗黙の了解みたいなものをある程度組んでくれる。
例えば召喚してすぐ詠唱者を殺害したりはしない…というようなことだ。
生物を害する手段などはそれこそ星の数ほどにあるが、例えば殴打はしないだとか呪ったりしないだとか…そういう細かいこともScaleを低くする事である程度含んで召喚してくれるのだ。
しかしScaleを高くした場合、規定していない細則について融通がきかなくなる。つまり、殺しに掛かったりはしなくても、呪いはかけてくる…だとか。
ちなみに余りにScaleが低いと、望んだ召喚対象が現れることはほぼほぼないとおもっていい。
と言うか、人の形をしていないゲル状の何かが現れたり、あるいは予期せぬ災害…邪神と思しきおぞましき存在が現れたり…とにかく何が起こるかわからない。
適正なScaleは魔法の内容によって異なり、これはこの世界の魔法で一番難しい部分とも言える。
プリンは不安定な詠唱を高Scaleで補填する形をとった。
これがどうでるか…。
魔法陣を黒い風が渦巻き、小さな竜巻のような形をとって、さらには放電を始める。
一同はごくりと息をのみながら何が現れるかを見守った。
やがて風は止み、姿を見せたのは…
「にゃごーん♡あたしを呼び出したのはお前等かにゃ?あたしは黒獅子族の女王ルナールだにゃ…♡にゃーは発情期で…」
「先手必勝ッ!土は土に、灰は灰に、塵は塵に。全てはあるべきところに還るべし!修正強制送還!」
ルナールとゲーリックの発言はほぼ同時だった。
黒風が完全に晴れて、ルナールの姿が完全に露出してしまう前に、ゲーリックは最上級送還を撃ちルナールを元の世界へ追放した。ただ送還するだけではなく、世界崩壊の呪気を放っていたルナールを無害なモノへと変えてからの送還だ。まさに大技である。
ゲーリックは冷汗を浮かべ、その場に崩れ落ちる。
最上級送還は魔力の消費が激しいのだ。
「あら…nsfwの詠唱鍵はやっぱりよくなかったかしら…そもそも人型を呼ぶ積もりはなかったのに…」
プリンが項垂れる。
そんな彼女の後頭部をゲーリックは引っぱたきながら言った。
「当たり前であろう!“アレ”は仮に無機物を対象にしても強引に禁じられた姿へ変貌させてしまうほど強力なのだぞ!貴様は世界を滅ぼしかけた!反省するのだな!」
「うん…ごめんなさい…」
プリンもこの時ばかりは素直に頷き、謝罪する。
「OK!許そう!…だが、中々勇者が召喚できぬ。このままでは魔王に国を滅ぼされてしまうぞ…」
ゲーリックがぼやく。
それを聞いた伝令兵のトムは小首を傾げて思った。
(なぜ自分達で戦わないのだろう)
◆
皆陰気な表情を浮かべ、召喚の間の空気が悪化していく。
ギス…ギス…という音が聞こえてきそうな程に。
だがその時、救いの手が差し伸べられた。
「ははは!皆様、情けないですね!」
高らかな嗤い声と供に現れたのは一人の美青年であった。
「ノウベル王国宮廷絵画師団…団長ピクセイン・ブルー…。あなたが召喚を?」
女王が尋ねると、ピクセインは重々しく頷いた。
「女王陛下がお困りとあらば、このピクセイン…新時代の召喚を以て陛下に対する衷心を証明致しましょう!」