召喚者クラリス
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では、とクラリスが準国宝級指定の愛杖、“魔杖カサブランカ”を高々と掲げてその薄桜色の唇を開く。
「術式展開…美少年、乱れる金髪中髪、風、汗、詳細に描写された青い瞳、白いシャツ、輝く肌、赤らむ頬、はにかむような笑顔…」
“魔杖カサブランカ”からドロドロとした緑色の魔力が漏れ出し、魔法陣を覆いつくしていくのを女王や王国の重臣達はげんなりした様子で眺めていた。
ゲーリックは床に唾を吐いて、胸元から取り出した煙草に火をつけた。厭な予感があたってしまった、とばかりに再び唾を吐く。ゲーリックは悪質なヤニカスであり、そこらへんにぺっぺ唾を吐く犯罪者なのだ。
(まず詠唱鍵からして勇者を召喚しようとする意思を感じられない。だが純粋無垢な存在というのは、解釈次第で神聖な力を有する…かも…いや、そんなわけないな。育て方間違っちゃったかな)
緑色の魔力が魔法陣を完全に覆いつくし、グツグツと煮えていく。
――今が機!
「術式変換…Beautiful boy, messy blonde mid-length hair, wind, sweat, detailed blue eyes, white shirt, glowing skin, flushed cheeks, bashful smile!」
涼やかな声が召喚の間に響いた。
詠唱のスタイルは人それぞれだ。決まった形はない。
この世界の魔法は非常に自由が高いのだ。
だが、その自由さゆえに締めるべき所を締めないと容易に災害が発生する。
これを魔法災害といい、指定が甘い魔法使いが火種を出そうとして周辺を爆破してしまうことなどもある。
ともあれクラリスの術式は完成した。
緑色の有毒そうな光が迸り、やがて光の中から1人の青年が歩いてくる。
ほう、とか、おお、とかいう声が響き渡った。
それは少なくとも先の2回に比べればまともな結果だったからだ。
だが……
「あなたの名前は?」
クラリスが言葉少なに訊ねた。
その顔は赤い。
ゲーリックが素早く周囲を見渡すと、その青年を凝視している重臣が多数居た。
(こ、これは……)
ゲーリックは青褪める。
「ボク?ボクはレインって言うんだ。お姉さんがボクを喚
んだのかな。じゃあ…ボクはお姉さんのモノって事かな…?」
青年の表情は艶かしい。
重臣達…おっさんばかりであるにもかかわらず、青年をみながら頬を赤らめている様はなんとも気色が悪い。
(ぬう!これは男女の境目が曖昧…中性的で、しかも少しエッチっぽい青年…!年増の女を、時には男ですらも退廃の気風に誘う邪悪!)
ゲーリックは勢い良く杖を天に掲げ、高らかに叫んだ。
「災いよ!去れ!」
強制送還術式である。
ゲーリックの魔法の業前は磨きぬかれており、不測の召喚にも備えは万全だ。
バリバリという音がなりひびき、青年は宙に空いた穴に吸い込まれていった。
召喚の間に絶望と嘆きと怨嗟の声が広がる。
あの短時間でその場の者達は青年に性的魅了をされたのだ。
女王は、と見れば座り込んでしまっている。
――腰が砕けたか、未熟な女よ
ゲーリックの視線は冷たい。
女王には“一国の長ともあろうものがなんたるザマか”、と、そして娘には“勇者じゃなくて男娼を呼び出すんじゃねえ”と叱り飛ばしてやろうとした、その時。
「見ていられませんな!!」
胴間声が響き渡る。
ムウっとゲーリックが顔を顰め、声の方向を見てみれば一人の偉丈夫が立っていた。
――王国騎士団長アルマド・ゴア
全身鎧で身を包んだ身長5mの騎士である。
まさに武人!という性格だが、武術だけではなく魔法にも長ける戦闘巧者だ。
「勇者召喚をする気があるのですかな!?某、詠唱鍵を拝聴しても、全くその気があるようには思えませぬ!勇者とは魔王打倒の主攻ですぞ!勇猛果敢な者でなくては勤まりますまい!大きく!強く!硬い!魔王撃滅を任せるにふさわしいますらおを、このアルマドが召喚して進ぜよう!」