王国の危機
◆
「では…只今より勇者召喚を行います」
ノウベル国の女王、アイ・ミッド・ジャーニー・ノウベルは厳かに告げた。
重臣たちはごくりと息を飲む。
ノウベル国は魔王軍の侵略により国家滅亡の危機に瀕している。しかし、この国の魔法技術なら異世界から勇者たちを呼び出すことができるのだ!
しかし勇者召喚は実の所かなり繊細な魔法であり、“詠唱鍵”の組み合わせ如何によってはとんでもない厄災が召喚されてしまう恐れがある。
“詠唱鍵”とは魔法詠唱に必要な詠唱文の部分部分を抜き出したものである。
例えば“勇猛”で“誠実”な“男性”を召喚したいのならば、詠唱文は『 brave,faithful,man』となる。
しかしこれだと、人外が召喚されてしまう恐れがある。
いや、それはそれで構わないのだが、そもそも言葉が通じなかったり、異種族の常識に従った行動を取られてしまうかもしれないのだ。
例えば極端な男尊女卑な種族だったら、女王に対して叛逆を目論むかもしれない。
それでは困るのだ。
だから“詠唱鍵”は慎重に選ばなければならない。
そんな重要な儀式を前にして女王の隣に立つ宰相は不安に駆られていた。
(大丈夫だろうか? もし失敗してしまったら……)
万一失敗した時のことを考えると胃が痛くなって来る。
だが、やるしかない。
既に準備は整っているし、何よりも国家の存亡の危機なのだ。ここで躊躇うわけにはいかない。
◆
「それでは、“従順で勇猛で誠実で最強の戦士、そして最強の魔術師でもあり強い正義感を持っており、でも融通もきく性格で、1日で1000日の距離を歩く事が出来、食事不要で睡眠不要で、心が強く、美しく、義理堅く、長命な男性の勇者”…ということで宜しいですね?」
女王の確認に重臣達は頷いた。
では…と女王は杖を振りかざした。
「来たれ勇者よ!Obedient, brave, faithful, the strongest warrior, and also the strongest sorcerer with a strong sense of justice, but with a flexible personality, a male brave who can walk 1000 days in a day, who does not need to eat or sleep, who is strong-minded, beautiful, righteous, and long-lived!」
魔法陣が輝き、茶色の光が召喚の間を遍く照らす。
やがて光が収まり、その場に居たのは…
「…馬…ですね」
「馬ですな」
「なるほど、これは馬。しかし脚が三本しかありません」
「首も短くありませんか」
女王は項垂れた。
どこからどうみても召喚失敗だったからである。
しかしくよくよしてはいられない。
幸いにも勇者召喚の魔法はコストが安く、何度でも試せるのだ。
女王は呼び出した馬を“送還”の魔法で元の世界へと還し、再度魔法を使おうとする。
「お待ちくだされ!」
そこへストップの声が掛かった。
王国魔法師団長ゲーリックだ。
「なんですかゲーリック」
ゲーリックは厳しい表情で女王へ答えた。
「魔法召喚術式が雑に過ぎるかと…物事には段取りが御座います。例えば召喚の質を上げるための詠唱鍵や、人類種を召喚したいのならば、その部分を強調する為の詠唱鍵…こういったものを使って詠唱したほうがよろしいかと。それにしても召喚が下手くそですな。何ですか先程の詠唱鍵は…知性が感じられませぬ」
これだから小娘は、という表情のゲーリックに、女王はムッとせざるを得ない。
ゲーリックは女王がまだ乳飲み子だった頃から王国に使えている忠臣であるが、とにかく口やかましいのだ。
あと口が悪い。
「ではゲーリック。貴方が見本を見せてください」
出来るものならね、という女王の糞生意気な表情に、ゲーリックはこめかみに青筋をたてて是と答えた。
「ふう…では行きますぞ。“百魔”のゲーリックの詠唱術、とくとご覧あれい!…{{{{{{{masterpiece}}}}}}, high depth of field, CG unified 8k wallpaper, ……」
ゲーリックが手を組み、複雑な印を結びながら詠唱を始めると、魔法陣がバチバチとスパークをし始めた。
それを見たゲーリックは魔法陣にさらに魔力を注ぎ込む。
「…ぬァァァァ!!!Great magician, {{black hair, long hair, flowing, wind}}, detailed fine black robes, mysterious smile, big breasts, {{hidden hands}}, asymmetrical bangs, {beautiful detailed eyes}, eye shadow, {{dark intense shadows}}, {{cinematic lighting}}, {{overexposure}}!!」
魔法陣から“闇”が噴出する!
周囲がどよめくが、ゲーリックはただただニヒルな笑みを浮かべるのみだ。
やがて闇が晴れ、現れたのは1人の女性…それも絶世の美女だった。女性はミステリアスな笑みを浮かべながら自己紹介をする。
――うふふ……私は滅塵の魔女ダキニ…この世界に終焉を告げる者…
あ、これはまずい、とゲーリックはただちにダキニを送還した。周囲の者達の目…特に、魔法の心得のある者達が皆ゲーリックに厳しい視線を送っている。
それは明らかにやばそうな者を召喚したからではない。
「マスター・ゲーリック」
1人の女性がゲーリックの名を呼びながら前に進み出た。
彼女の名前は王国魔法師団副団長クラリス。
ゲーリックの実の娘である。
コネではなく、純然たる実力によりこの地位にいる。
「な、なんだね」
ゲーリックは脂汗が止まらない。
なぜなら………
「詠唱鍵“big breasts”…これは…胸が大きい者を呼び出すためのものです。勇者に胸の大きさは関係あるのですか…?」
クラリスの指摘にゲーリックはうっと呻く。
正論だったからだ。
勇者である条件に胸の大きさは関係ない。
と、ともかく!とゲーリックは大声をあげてごまかした。
「勇者召喚では、分かりにくい事柄を極力排除していくべきです。もっとシンプルに指定するのです。例えば1日で1000日の距離を歩く事が出来る、だとかこんなものは指定してはなりませぬ。なぜなら、魔法陣はどういう人間が1日に1000日の距離をあるけるかわかりませんし、そもそも1日だとか1000日だとかいう概念も理解しません。魔法陣が理解できない概念を詠唱鍵に混ぜるとどうなるか…魔法陣は適当に召喚をしてしまいます」
ゲーリックは助平親父だが、魔法に関してはプロだ。
クラリスもゲーリックの言に頷き、しかし眉を顰める。
「しかし、お父様…じゃない、団長の詠唱鍵は見た目を指定するものばかりでしたね…それではどのような人柄かを指定できないのでは…」
クラリスがそういうとゲーリックは鼻で嗤った。
「いいかね?外見はしょうもなければ中身だって大体しょうもないのだ。容姿が整ってる云々の話ではない、身なりに滲む内面の話である。まあこの辺は童貞と処女には分からない話だが」
ゲーリックの発言は暴論…とは言い切れない部分もあるが、それではなぜヤバそうな魔女などを召喚してしまったのだ、とクラリスはおもう。
「……次は私にやらせてもらえませんか?1つ閃きが浮かんだのです。美と強さをあわせもった美青年勇者を召喚して見せましょう」
なんか気持ち悪いのが召喚されそうだな、というゲーリックの言を黙殺し、クラリスは杖を掲げた。




