本|崇拝《すうはい》城でほとりで安らかなひと時を送るのです
ここは本崇拝城のほとりにある小さな泉。
ここに一匹の馬と白い狼がいます。
その一匹こそこの俺、シロンというウルフィです。
「ケルちん、朝の水浴びは最高だなー」
「ヒヒーーーーン!」
こいつの名前はケルピー・ランドセルショッテンノーです。
後ろの名前は俺がつけました。
こいつの背中には黒いい四角形の模様があるんです。
上から見たら小学生マル秘アイテムのそれに見えたんですね。
ですから適当につけてやりました。
こいつとはもうマブダチです。
今では背中に乗せてもらい、走ることだってできます。
たまに振り落とされて地べたを這いずりますが、怒って噛みつくだけで許してやってます。
崇拝城で水浴びが好きな召喚獣は俺とケルちんだけです。
ニャトルのやつは、水を嫌います。
猫の毛のせいでしょう。狼の毛は一味も二味も違う。
甘い果実の匂いをすりこませたら、それはもう高く売れるに違いありません。
なのでひん剥かないで下さいね。
俺たちはいつものように水浴びをして、ブルブルと振るったあと日向ぼっこです。
本崇拝城からは少し離れていますが、この場所はじつに素晴らしい。
ご主人も、生まれ故郷の村と似た自然環境があるせいか、ここにいるのも苦ではなかったようです。
とんだジャングル娘だぜ……いえ、あれは天然危険娘の部類でしょうか。
「ケルちんよー。明日はいよいよ旅立ちだぞぉ」
「ヒヒン……」
「なんだー、いやなのかー。俺と一緒だなー。不安しかないぞぉ」
「ブルルルッ」
「何? 俺と旅ができるなら楽しそうだ、だと? おだてても何もでないぞ! 人参があったら買ってやらんでもないがな、はっはっは」
「ヒヒーン!」
「新しい町ってどんなとこなんだろうな。ケルちんは行ったことあるんじゃないのー?」
「ヒヒーン!?」
「覚えてないか。さて、そろそろ戻らないとー……」
「見つけたわよシロン。あんた、またさぼってたわね」
ガサゴソと茂みから隠れるように現れたのは、サルサさんです。
突っ込み魔術師として完成されている彼女は、俺となかなかの迷コンビっぷりを発揮しています。
「どうしたんですかサルサさん。水浴びですか?」
「私は誰もいない時間に水浴びしてるからいいの」
「まな板を見られたくないんですね……ちょっと! 危ないからここで火炎魔法は使わないでください!」
「そもそもあんた、見たこともないくせによく言ってくれるわね」
「え? ええっと、シンボルで分かりますとも。まぁ俺は犬なんでよく分かりませんけど」
泉のすぐ脇で体育座りを始めたサルサさんは、小石を泉に投げ始めました。
なぜでしょう。無いものねだりなわびしさを感じてなりません。
「別にあんなのあったって邪魔なだけだし。魔術詠唱のときとかつっかえるじゃない。杖だって前に向け辛いじゃない。何よ何よルビーがちょっと大きいくらいで。ラフィーが腹立つくらい大きいからって何よ何よ」
「あのー、ケルちん。お先に失礼しまーす」
「ヒヒン!?」
のそりのそりと逃げようとしたら胴体をガッとつかまれて小石のように泉へと放り投げられました。
ドイヒー! また乾かさないといけないじゃないですか、もー!
サルサさんは両手を払うと大股でどこかに行ってしまいました。
ぼけっぱなしですか? そうですか? 俺が突っ込めばいいんですね?
「ヒヒーーン!」
「それじゃ伝わらないよケルちん!」
再びブルブルと体を振り、ぬくぬく乾かしていると……奴が現れました。
奴は俺の頭に吸い込まれるように着地するとくつろぎ始めます。
「いーやーー! ちょっと濡れてるわ火が使えなくなるでしょ、いーやー!」
「今度はお前か。良かったなもう少し早く来てたら一緒に泉へダイブだったぞ。そーいやお前は水浴びしないのか?」
「何言ってるの? ホノミィは綺麗好きなのよ? 炎で殺菌してるに決まってるじゃない」
「お、おう。つまりホコリとか洗い流してないんだな。降りてくれませんかね」
「失礼ね! ちゃんと洗ってるもん!」
「よしケルちん。俺が許す」
「ヒヒーーン!」
「え? え? いーやーー! ちょっと何するの離してーーー、あっ……」
ドボーンと泉に落ちるホノミィ。
ビシャビシャになったところで再びケルちんが拾い上げます。
手を前にダラーンと落としてチーンしています。
「ぐしゅ。へぷちっ、ヘプチヘプチヘプチッ。シュボーッ、ヘプチヘプチヘプチッ! いー! ……ヘプチッ!」
「お、おう。風引くなよー」
「ヒヒーン」
「シュボ、シュボボ、シュボーーッ!」
……はい。炎が燃え盛りました。
火炎妖精、こいつは本当によく燃えます。
ちょうど乾かすのに適しているので良い感じになりましたが、近づきすぎないで頂けますか?
「はぁ……綺麗にしてるって言ったのに。いやって言う前に放り投げるなんて酷い……」
「クックック。放り投げたのは俺じゃない!」
「ケルピーって言いたいんでしょ!」
「いいや違うぞ。ケルちゃんは俺に放り投げるよう指示されたんだ」
「じゃああんたじゃないのー!」
「俺は放り投げてない。つまり、どっちも放り投げていないのだ!」
「もういいもん。あんたの頭、燃やしてやるんだから!」
「ばかめ! 俺の魔法を忘れたのか! くらえ、巻き込みまでできる凄魔法! 我が意をもって全てを防ぐ巨大な魔石と化せ。グレートマジックストーン!」
「いーやーー! あっ……」
クックック。俺は自らに触れている者まで巻き込み巨大化して石化する魔法が使えるのだ。
……ええっと。
ごめんねケルちんも巻き込んじゃった。
「……」
「……」
「……」
まずいぞ。全員石化ナウです。
泉のほとりに巨大石の犬っころ。その頭に妖精、その隣に馬。
新しい目印が出来ました。
そして、この状態でも視界良好! 今日も本崇拝城は綺麗です。
こんな安息の日々も今日まで。
明日からいよいよ……旅に出ます。
「……ええっ!? 私の出番あれだけ? まな板しかないじゃない!」
「ほら。ほのぼのとした日常シーンも時には必要じゃないですか」
「私だけ殺伐としてるわよ」
「俺とケルちんは安らかなひと時だったのに……」
「しかも話が全然進んでないじゃない! ていうかこんなので一話使うんじゃないわよ!」
「だってだってぇー! ケルちんとの大事な癒しの時間が欲しかったんですぅ」
「ルビーも出てないし、なんなら新キャラの二名、設定掘り下げどうなってんのよ!」
「う、ごもっともな突っ込み。それでこそサルサさんです」
「そういう突っ込みじゃないの。はぁ……それであの二人は?」
「やだなー。奴らは本ですよ? 水場に近づくはずないじゃないですか。ただでさえホノミィを警戒してるっていうのに」
「そうよね本だから燃えるものね。いっそ燃やしてしまおうかしら」
「物騒……そしてやっぱりあとがきが本編では?」
「まぁいいわ。もう一話あるし。きっちり仕上げなさいよね」
「ふぇい……」
というわけで冒頭一話はのほほんな話。
次はストーリー進行です! 続くよ!