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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

図書室の隅っこでイジメられてた、おさげのメガネっ子を助けたら告られたんだけど、実はすげー巨乳の美少女だった ~今さら他のヤツが気づいても、もう遅い~

作者: 有馬 美樹

字見あざみ 可奈子かなこ

 父が日本人、母がアメリカ人。いわゆる「ハーフ」。

 英語が得意な帰国子女。その他の科目も成績は上位。模範的な優等生。

 名字が「あざみ」と読まれずに、「じみ」と誤読されることが多い。

 おさげ髪と眼鏡という容姿も相まって、「地味子じみこ」とあだ名がつき、いじめの対象になっていた。

 虫が苦手。それが原因であるハプニングが起こる。


藤岡ふじおか 青葉あおば

 両親はともに日本人。親が花屋を経営している。

 本人に自覚はないが、目つきが怖いといわれる。

 自然と「花」に関係する知識が身についている。

 だいぶ歳の離れた従兄と馬が合う。過去にやらかした元ヤンとか、なんとか。

 教師の好き嫌いで学習意欲が左右される。なので、成績にはバラツキがある。

 昔、空手道場に通っていたが、とある事情により、今は辞めてしまっている。


本作にはいくつかのパロディと、暴力的、性的な表現を含みます。

藤岡(ふじおか)くんッ」


 俺を呼び止める声がした。

 夕日を浴びた、おさげ髪。

 黒髪が金色に輝いていた。


「私と、つきあってください!」


 絶句。


「私をかばってくれたの、藤岡(ふじおか)くんだけだったから」


 呆ける。


藤岡(ふじおか)くん、カッコよかった。みんな、怖いっていうけど。私、違うって信じてる」


 驚いた。

 そんな芯の通った言葉が。

 弱虫だって思ってたヤツの口から飛び出してくるなんて。


「ちょ……ちょっと、待ってくれ、字見(あざみ)


 惚れた腫れただの。

 ケンカした別れただの。

 俺には関係ねえ。くだらない話だと。

 そう思ってた俺に、女の子から告白。

 例えるなら、そう――あれだ。


『親方! 空から女の子が!』


 そんなわけあるか、ボケェイ。

 だが、俺の目の前には切実な顔をした女がいた。


「……いきなり言われても、なぁ」

「誰か、好きな人がいるんですか」

「いるわけねーだろ、そんなヤツ」


 即答。

 名前だけは美しい、クソみたいな中学校で。

 素敵な想い出づくりなんて、なんにも期待してない。


「だったら、私とつきあってくださいッ」

「なんでだよッ。なんでそうなるんだよ」

青葉(あおば)くんが好きだって、気づいたから」


 どストレートを鳩尾(みぞおち)にくらった。


(な、名前呼びかよ……ッ)


 胸にクる。心に受けた正拳突き。

 片腕で頭を抱えながら、想いを突き離しにかかった。


「なんにもいいことねぇぞ。俺なんかと関わったら、仲間外れにされちまう」


 藤岡青葉(あいつ)はヤバい。

 陰でそう言われてるのは、知ってる。

 あの「事件」がずっと尾を引いてた。


「それを言ったら……私だって、おんなじだよ」


 字見(あざみ)可奈子(かなこ)

 二つ結びのおさげ髪に、細い縁の丸い眼鏡。

 透き通った青い目が、日本人離れしている。

 誰が呼んだか、「地味子(じみこ)」と呼ばれていた。


 アザミの花にはトゲがある。

 アザミの花言葉は「報復」「厳格」。

 イングランドに抵抗したスコットランドの花でもある。


 同じ字見(あざみ)でも、こいつは自分が傷だらけ。

 心に刻まれた傷は、はた目には見えない。


 思えば、その傷が見えてしまった日から。

 俺は、彼女に捕らわれたのかもしれない。


 三人の女子生徒が「謹慎」処分になった。

 今日から二週間、自宅で謹慎させられる。

 中坊の俺たちに「停学」ってヤツはないらしいが、事実上の「停学」だ。


「これだけ証拠揃ってるんですけど。なんにも処分しないって無いっすよねー」


 中一のとき、俺に「謹慎」をくらわせた、教頭のツラは真っ赤っか。

 目の敵にしてた「問題児」に、学校の不祥事を突きつけられたんだ。

 不愉快にならないわけがない。


「なんにも処分しないんだったら、そうだな。TikTokに流しちゃおうかなぁ」


 身の潔白を証明するため、従兄(アニキ)にもらったボイスレコーダーを持ち歩いていた。

 図書室の奥に追いつめられた地味子(じみこ)と、三人の女子生徒のやり取りを録音した。

 もっとひどい目に遭いそうなところで、割って入った。


『女三人寄ればかしましい、だっけか。ブスが三人集まって、何やってんの?』


 厭味(いやみ)ったらしく言うと、苦々しい顔で彼女たちが去った。


字見(あざみ)、さ。お前、図書委員だったよな。借りたい本があるんだけど、どこにあるか知ってるか?』


 俺はニコッと笑って、へたりこんだ地味子に右手を差し伸べた。

 地味子の味わっている気分が、なんとなくわかる気がしたから。


 なぜなら――今から二年前、中一の一学期。

 俺には、暴力事件を起こした過去があった。


 きっかけは、ささいな(いさか)いだった。

 そこから「シカト」が始まる。クラスのみんなの視線が変わった。

 LINEのグループで罵詈雑言(ばりぞうごん)が書かれてたらしい。と後で知った。

 教科書が無くなったり、下駄箱の上履きが水浸しになっていたり。

 面と向かって何も言わず、エスカレートしていく陰湿な嫌がらせ。


 ある日、おふくろが作ってくれた弁当を床に落とされた。

 積もりに積もった憤りが、暴発する。

 ワンパンで怪人を始末する、ハゲ頭のヒーローのように。

 そいつのアゴにアッパーを決めて、豪快に吹っ飛ばした。

 その瞬間の爽快たるや。絶句して黙り込んだみんなの顔。

 全部、ついこの間のように覚えてる。

 学校に呼び出されたおふくろが流していた涙も――全部。


 その日を境に、俺に対する嫌がらせは表向き、全部無くなった。

 一週間の自宅謹慎を経た俺に、言葉をかけてくる連中もろとも。


 やはり暴力。暴力は全てを解決する。


 二一世紀になっても戦争がなくならない理由がわかった。

 暴力で解決した結果のむなしさを思い知った、十三の夏。


 閑話休題。


 ともあれ、地味子(じみこ)を助けた俺は、嫌がらせの対象になった。

 だがな、人間とは考える葦であり、学習する生き物なんだ。

 いろんな手段を使いこなして、嫌がらせの証拠を押さえた。

 黙って耐え続けたのは、全部証拠集めのため。

 アキバの怪しい店で働く従兄(アニキ)の入れ知恵で、机や下駄箱にサイコロ大の隠しカメラや盗聴器を仕込んだりもした。

 スパイか何か、秘密組織のエージェントにでもなった高揚感。そいつに比べれば、ブスどもの嫌がらせなんて、どうでもよかった。

 嫌がらせが約一カ月続いたある日。たんまりとたまった証拠をUSBメモリに全部ぶちこんで、ハゲ頭の教頭に突きつけてやった。

 もちろん、「きちんと原本を残してますよ」と言い添えて。


 結果。

 嫌がらせの加害者、三人の女子生徒に「二週間の出席停止」が言い渡された。

 もう一方の被害者、字見(あざみ)可奈子(かなこ)と俺――藤岡(ふじおか)青葉(あおば)には、スクールカウンセラーが精神的なケアを続けていくという。


 ハゲ頭のヒーローがワンパンで全てを解決する。

 あれに憧れて空手を始めたのは、もう過去の話。

 今の俺はずるがしこい手段を使うことを覚えた。


 そうやって、俺は「正義執行」を果たしたんだ。

 「正義の味方」って、実に気持ちがいいんだな。

 趣味でヒーローやってみるのも悪くなさそうだ。


「二年越しの倍返しだ! ざまあみろ!」


 俺が一週間で、あいつらが二週間だってさ。

 そんな、感慨深い気分に浸っていたところ。


「私と、つきあってください!」


 衝撃の不意打ち(アッパー)を食らったわけだ。


地味子(じみこ)ってあだ名を考えついたのはどいつだ)


 地味どころか、実はものすごく意志の固いヤツだったぞ。

 そう詰め寄ってやりたいほど、字見(あざみ)可奈子(かなこ)は必死だった。


(そんな綺麗な目で、じっと見られると……)


 眼鏡の裏に隠れて目立たない瞳は、さながら生きた宝石。

 かわいそうな子猫が、助けを求めて、俺にすがるようだ。


『いい子じゃないか。守っておやり』


 おふくろが聞いたら、そう、言ってくれるかもしれない。


「わかったッ。降参だ!」

「つきあってくれるの?」

「まあ……別に、相手もいねぇし」


 照れくさいのを誤魔化そうと顔を逸らしたら。

 いきなり、ハグされた。


「おい、いきなり……ッ」

「……っく、ひっく……」


 ここで第一問。

 耳元で、女の子がしゃくりあげているとしよう。

 引っぺがせると思うか? 俺にはできなかった。


「まったく……しょうがねぇな。胸、貸してやるから。好きなだけ泣けよ」

「……うんッ……うえぇぇん……」


 半袖のポロシャツに、女の子のこぼす涙と香水の匂い。

 そんなモノが染みついたのは、人生で初めて。

 これが、忘れられないひと夏の経験のはじまりだった。


 ***


「あのさ。可奈(かな)って呼んでいいか?」


 腫れぼった目を見開くおさげ髪の少女。

 ついさっき、俺に(コク)ってきた地味子(じみこ)だ。


「いや、その……地味子(じみこ)って呼ぶのは、さすがに、さ」


 コイツをイジめてた連中と同じ呼び名は、なんか嫌だ。

 カバンを背負い、夕焼けの中を歩きながら、考えてた。


「いきなり、名前で呼ぶのは慣れなくてさ。俺だけの呼び名っつーことで」


 字見(あざみ)可奈子(かなこ)は帰国子女だった。

 幼い頃、外国で育ったからだろう。

 人をファーストネームで呼ぶ習慣に慣れている。

 だから、コイツは俺を平気で「青葉(あおば)くん」と呼ぶんだ。


「――可奈(かな)でいいよ。青葉(あおば)くん」


 手を握られた。

 お互いに頬が赤く染まっている。

 夕焼けのせいだけじゃなかった。


 可奈(かな)の自宅は駅から少し歩いた、閑静な住宅地にあった。

 駅前商店街の花屋の上にある(おれ)()とは、方向が少し違う。

 俺は毎日、学校の帰りに遠回りをすることになった。

 いじめられっ子がやべー奴と「恋人つなぎ」をして下校する。

 そう見せつけてるうちは、誰も可奈(かな)に手を出すわけないから。


 ***


 ここ数年、天気がおかしくねぇか。

 雨が多かったり、カンカン照りになったり、極端すぎるんだ。

 その日は、夕方から雨の天気予報。

 梅雨が早めに終わり、あんなにきれいだった色とりどりのアジサイがしおれ始めたと思ったら、どしゃ降りのゲリラ豪雨ときた。


「どうしよう……傘、無くしちゃった」


 傘立ての前で打ちひしがれた、可奈(かな)の肩を抱いた。

 長い傘はパクられる。俺は二年前から知っている。

 だから、俺は鞄のなかに折り畳み傘を持っていた。


「じゃあ、相合傘でもして帰ろうか?」

「……いいの?」

「入れてやンよ」


 その傘は大きすぎもなく、小さすぎもない。

 傘屋に行って選んだ、こだわりの品だった。


「でも、ふたり入るには小さいんだよな」

青葉(あおば)くん、肩濡れてるよ」

「いいんだ。俺、身体は丈夫なんだから」


 右手で持った傘の柄を可奈(かな)のほうに寄せる。

 必然的に、俺の左半身はずぶぬれになった。

 可奈(かな)の家についた頃には、右半身にも半分雨水がしみ込んでた。


「シャワー、浴びていって」

「いいよ、ウチで浴びるし」

「ダメっ。風邪ひいちゃう」


 ずぶぬれになった俺の腕を取り、可奈(かな)が玄関へ引きずり込んだ。


(外見のわりに、押しが強いな)

「待ってて。タオル持ってくる」


 靴を脱ぎ、綺麗にそろえて、可奈(かな)は廊下を駆けていった。


(けっこう立派なお(うち)だ)


 商店街の花屋の二階で育った彼とは、まるで違った世界。

 花瓶に一本の花が差してある。ウチの店でも取り扱っている品種。


「お待たせ。これで身体拭いて」


 可奈(かな)がタオルを何個か持ってきた。

 全身を拭いてから、家に上がらせてもらった。

 濡れた靴下がフローリングの床に足跡を刻む。


「いいの、後で拭いておくから」

「わりぃ」

「服は脱衣所のかごに入れておいて。洗濯しちゃうから」

「別にそこまでしなくても」

「うちの洗濯機、乾燥まで全部やってくれるから楽なの」


 脱衣所に案内されて、戸を閉めた。

 ドラム式洗濯乾燥機とやらが鎮座している。

 ウチのボロい洗濯機とは似ても似つかない。

 制服も下着も全部脱いで、浴室へと入った。

 シャワーを気持ちよく浴びてる最中に、耳慣れないチャイムがした。


『ピロリロリン♪ お風呂が沸きました』

「ウソだろぉぉぉぉッ!」


 勝手に沸く風呂なんてあンのかよ!

 可奈(かな)の家で見たモノすべてが、俺にはあまりにも新鮮だった。


 俺が風呂につかっている間、可奈(かな)が洗濯機を回していたらしい。

 ずぶぬれのワイシャツとズボン。Tシャツ、トランクスに靴下。

 籠の中に放り込んだぜんぶが、あの中でぐるぐる回っている。


「パパのバスタオルとガウン、置いてあるから。それ使って」


 脱衣所の扉一枚を隔てて、可奈(かな)が言う。 

 娘ができたての彼氏を連れ込んで、ソイツがガウンを使ってると知ったら。

 コイツの父親は、いったいどんな気持ちになるんだろう。

 思いっきり、ぶン殴られるんだろうか。それはご勘弁願いたい。


「いいのかよ。おやっさんにバレたら、俺だってさすがにかばえないぞ」

「――気にしないで。今は、いないんだもん」


 まずいことを聞いた。

 そんな気がして、胸がズキッと痛んだ。

 ガウンを着た風呂上がりの俺に、可奈(かな)は麦茶を出してくれた。


「私も。シャワー、浴びてくるねッ」

「ゆっくり風呂つかればいいじゃん」

青葉(あおば)くん、あれの使い方わからないでしょ?」


 俺が物珍しそうにドラム式洗濯乾燥機を眺めていたからだ。

 可奈(かな)の成績が良いのは知っていたが、地頭(じあたま)がいいんだろう。

 脱衣所の戸が閉まり、また開いた。


「のぞいちゃ、ダメだからね」

「のぞくわけねーだろがッ!」


 再び、戸が閉まる。誰が「地味子(じみこ)」の裸なんか――。


(そういえば、さっき家に引きずり込まれたとき)


 妙に胸に厚みというか、圧迫感があった気がする。

 その割には、可奈(かな)の胸は平たい。

 いや、凹凸がない、といったほうがよいだろうか。


「アイツ、胸はねーけど、胸筋がすごそうだ。筋トレでもやってんのか?」


 それはそれで関心がある。

 二年前の事件があって、道場通いをやめてしまった今でも。

 身体を鍛える習慣は、今も続けているからだ。

 シャワーが終わったのだろう。脱衣所に気配が戻った瞬間。


「い、いやああああああああッ!!!」

「――可奈(かな)ッ!?」


 突然の悲鳴。身体が動いていた。

 断りもせず、脱衣所の戸を開く。

 視界に飛び込んできた黒い幻影。


「ウラァァァッ!!」


 反射的に、鍛え上げた鉄拳を突き出していた。

 脂ぎったソイツが、拳でくしゃっと潰れた感触がした。

 ソイツが地べたに落ちる。(とど)めにもう一発食らわせた。


「うわ、気持ち悪っ。ゴキブリかよッ! おどかすな――ッ」


 バスタオルのはだけた地味子のカラダが視界に入った。

 鍛え上げられた胸筋――ではなく、メロンがふたふさ。

 下腹部には頭髪と異なった、金色の体毛が生えそろう。


「あ――」

「……や」


 あれは、メロンじゃない。洋梨だ。

 従兄(アニキ)のコレクションでのぞき見た、洋物のいかがわしい本。

 あれで()()()、自分好みの女性の裸体を彷彿とさせる何か。


「いやああああああああッ!!!」


 思いっきり叫んだ「地味子(じみこ)」に、俺は頬っぺたをぶたれた。

 おふくろにもぶたれたことないのに!


 ***


 可奈(かな)がいなくなった脱衣所の洗面所で、俺は手を洗う。

 時節柄、薬用ハンドソープで指一本一本、爪の先まで念入りに。

 視界の隅に、女性もののブラジャーのかわりに白い布が見える。


(サラシ巻いていたのか、アイツ)


 サラシとは、神事でみこしを担いだり、そういう時に身につける下着だ。

 商店街のお祭りならともかく。近くに神社もない、この新興住宅地でそんなお祭りがあると聞いた話は無い。

 あんなに立派な胸を持っているのに、意図的に隠していたということだ。

 手を洗い終えた俺は、洗濯機の表示を見やる。あと十五分と書いてある。


「うわ、気まずッ」


 念入りに手を洗って。タオルで手を拭いて。

 覚悟を決めた俺は、リビングに戻った。

 しばらくして、二回から階段を下りてくる足取りがする。

 部屋着に着替えた可奈(かな)の胸。制服のときと一変していた。

 こんもりと盛り上がった山ふたつと谷間が存在している。


「悪かった。ごめんなさい」


 両手両膝を床につき、額をこするように深く頭を下げた。

 取り返しのつかないミスを犯した。そのひりつく緊張感。

 やり手の銀行員(バンカー)土下座(どげざ)させられた連中のほうがマシだ。


『やれー! 藤岡(ふじおか)ぁ! 土下座(どげざ)をしろと言ってるんだ!』


 あんな強面(こわもて)政治家(ジジイ)みたく、責められるのを覚悟した。

 頭を床について動かない俺に、可奈(かな)がため息をついた。


「もういいよ、青葉(あおば)くん。ぜんぶ見られちゃったんだから」

「――ッ!?」


 拍子抜け。


「そんなカッコされたままだと、気分悪いから」

「……う、うん」

「とりあえず、そこ、すわって」


 床から顔をあげて、椅子に座りなおした。

 おさげ髪をほどいた可奈(かな)は眼鏡をかけていなかった。


「カラコン入れてるのか?」


 可奈(かな)が首を横に振った。


「これが……私の本当の目の色。みんなと違って、青いの」

「普通のコンタクトしてるんだ」


 可奈(かな)がまた、首を横に振った。


「あれ、度なしの伊達(だて)メガネだから。この目の色を隠すための」


 たしかに、ブラウンが入ったレンズだった。

 液晶の光から目をガードするとか、青い光をカットするとか、なんとか。


「視力が悪いわけじゃ、なかったんだな」


 可奈(かな)が頷く。


「ごめんなさい。私も、青葉(あおば)くんに……いっぱい、隠し事してた」


 目の前の「地味子(じみこ)」がマスクを取る。

 整った顔立ちに、瑞々しい肌つや。言葉を失った。


(うわ……めっちゃ、綺麗じゃん……)


 この「地味子(じみこ)」あらため「美少女」には、いろいろ秘密があるらしい。

 それから、俺は可奈(かな)の身上を聞いた。

 父親が日本人、母親がアメリカ人。

 外資系のグローバル企業に勤める父が、赴任先の米国で母と結婚。

 生まれた愛娘が、目の前にいる美少女と知った。


「いつから、日本に?」

「小学四年生から。一時期だけ、両親が東京赴任になったの」

「今も?」


 可奈(かな)が、首を横に振った。


「パパも、ママも、今はニューヨーク」

「そっか」

「本当は、私も。小学校を卒業したら、アメリカに行くつもりだった」


 その年の暮れ。百年ぶりのパンデミックが、全世界で猛威を振るった。

 米国の病死者数は翌年だけで、第二次世界大戦での戦死者数に迫った。

 渡航制限がかかった。日本に残されたひとり娘の未来が、閉ざされた。


「日本の中学校に通うことになったんだけど。私、こんな姿だから」


 ありのままの可奈(かな)の容姿はとても目立つ。

 出る杭を打ちたがる連中には、格好の標的(ターゲット)だ。


「その髪さ。もしかして、地毛じゃなくて、黒く染めてンのか?」

「……うん。前の学校の校則で、頭髪は黒って決められてたから」

「おかしーだろ、それ!」


 ありのままの姿でいられない。

 本当の自分を表に出すことが許されない。

 自分ごとじゃないのに、なぜか怒りが込み上げてきた。


「それでも、前の学校でいじめられて……今の学校に、転校してきちゃった」


 無力だ。

 こんなに怒りが湧いてくるのに。

 この小さな肩が背負った不条理を(くつがえ)すことができない。


「だから決めたの。今の学校では、目立たないように。髪を染めて、眼鏡をかけて、地味な髪型にして。誰の目にも触れないように過ごそうって」

「……」

「図書委員を選んだのはね、図書室が逃げ場になると思ったから。教室にいなくても不自然じゃないでしょう?」

「……」

「それでも、私の逃げ場に……あの子たちが踏み込んできた。わたし、こわくて……こわくて、たまらなかった……」


 ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。


「だからね。青葉(あおば)くんが止めてくれたとき、本当に……うれしかった」


 もう、ダメだった。

 感極まって泣きそうな美少女を、放っておけなかった。

 ガウン姿のまま、嗚咽(おえつ)をもらす可奈(かな)をぎゅっと抱きしめてやった。


「たったひとりで、よくがんばってきたな」


 その日、可奈(かな)の気が済むまで、ずっとそばにいてやった。

 黒髪の生え際に、本来の地毛。金色のうなじから漂う、魅惑的な匂い。

 ただの「地味子(じみこ)」に過ぎなかった女が、別の何かに変わってしまった。


「あのさ」

「……どうしたの」

「サラシ巻くの、もうやめたら」

「どうして?」

「お前がずっとつぶされてるみたいで、正直、見ててつらい」

「……ッ」


 美少女が鼻をすする。


「約束する。俺がいる限り、誰にも手出しはさせねえって」


 頬が真っ赤に染まる。


「なにより、むちゃくちゃ俺好みなおっぱいをつぶすのは、正直、もったいない」

「――ッ!!!」


 耳まで真っ赤になる。


「俺さ、従兄(アニキ)の影響で……おっきい胸が、好みなんだ」

「……青葉(あおば)くん。またぶたれたいの?」

「もう一回見せてくれるなら、喜んでぶたれてやる」

「……本当に、ぶつよ?」

「大事な何かを守るため、身を挺して殴られる。それがヒーローってもんだろ」


 わけがわからないよ、と。

 美少女が双眸(そうぼう)を見開いた。


「毎日触らせてくれたら、一生かけて守ってやるよ!」

「――青葉(あおば)くんのッ! バカぁぁぁぁっ!!!」


 豪快なビンタが炸裂した。

 ゴキブリだって素手で殺せる威力だ。


(なかなかいいスジしてるじゃねぇか。こりゃ鍛えがいがあるぜ)


 このいじめられっ子を、もっと強くしてやりたい。そう思った。


 ***


 期末試験が近い。困難なミッションが待ち受ける。

 だが、心配はいらない。赤点(じめん)すれすれの超低空飛行なら俺に任せろ。


「ならず者国家のレーダーにも引っかからない、曲芸飛行を見せてやるぜ」

「なにバカなこと言ってるの?」

「バカってなんだよ、バカって」

「バカだからバカって言ってるのッ!」


 可奈(コイツ)に頬を二度もぶたれた、あの一件以来。

 可奈(かな)は少なくとも、俺に遠慮しなくなった。

 サラシも卒業した。今はブラジャーをつけている。

 周りの男どもの視線が向くたび、俺がガン飛ばす。


「仲間を守って撃墜される。それでも生きて帰ってくる。マーヴェリック(Maverick)ってカッコいいよな。『一匹狼』って意味だろ。俺と一緒さ」

「ああ……どうしてこんなバカに告白しちゃったんだろう」

「また、バカって言った」

「補習で夏休みつぶしたいの? 青葉(あおば)くんは」

「それは嫌だ。絶対嫌だ」


 即答。


「でしょう? だったら、つべこべ言わずに勉強することッ!」

「ええええええええ」

「えーじゃないッ。デートする時間が無くなっちゃうでしょ!」


 業を煮やした可奈(かな)

 まさかの切り札を使った。


「……テスト勉強、頑張ったら。触らせてあげても……いいんですけど」

「やる! やります! お勉強やらせてくださいッ! お願いします!」


 自分でも思う。

 男という生き物は、つくづくバカな生き物だと。


 ***


 期末試験まで二週間。

 俺はそこで、ふたつの奇蹟を起こさなくてはならない。

 ひとつ目の奇蹟。全科目で赤点を回避すること。

 ふたつ目の奇蹟。学年の総合順位で全体の半分以上に入ること。

 それを達成できなければ――。


可奈(かな)とイチャコラできねぇ――ッ!!!)


 可奈(かな)の外見が変わった。

 それは目ざとい先公(センコー)たちにもわかる。

 俺と可奈(かな)の仲は、職員室の連中の耳にも届いてる。

 可奈(かな)はあのクソどもから「不純異性交遊」を疑われているんだ。

 当然、可奈(かな)は強く否定した。


『私が、藤岡(ふじおか)くんの成績を一変させてみせますッ』


 こう啖呵(たんか)をきった手前、ふたつ目の奇蹟が必要になったわけだ。


(この学校(ガッコ)先公(センコー)って役立たずの割に、ホント余計なことしかしねーな)


 だが、幾多の映画で学んだように、試練は男女の愛を強くする。

 学校の授業が終わったら、図書室で最終下校時刻まで試験勉強。

 最終下校時刻になったら、可奈(かな)の家まで彼女を送って試験勉強。

 そんな生活になったので、毎朝、可奈(かな)(おれ)()まで迎えに来る。

 おふくろに挨拶してるうちに笑顔が増えて、今はすっかり仲良くなった。


(外堀埋め系ヒロインなのか、アイツ)


 少なくとも、おふくろは認めている。

 可奈(かな)がしっかり者で、学校でも成績優秀者だって。

 あの「事件」以来、勉強に身が入らなくなった息子の面倒をみてくれる。

 こんな嬉しいことはないって、親父に漏らしていたほどだ。


「おふくろを泣かせるのは、あれっきりにしたいな」

「――青葉(あおば)くん、何か言った?」

「通知表を見せて、おふくろを嬉し泣きさせてやりたいなあって」

「そうそう! だから、頑張りましょ!」


 一番のモチベはふたつの奇蹟を起こして、可奈(かな)とイチャコラする。

 間違いなく、これなんだけどな!


「俺は、マーヴェリックになるッ!」


 困難なミッションを達成するッ!

 愛する者の許へ必ず生還するッ!

 そうやって気合い入れて勉強しても、どうしても効率が落ちていく。


「あぁ……頭が回んねぇッ!」


 俺は放課後の図書室で頭を抱える。

 相手は一番苦手な科目――数学だ。

 商売人の息子だから、算数には自信があった。

 だけど、中学に上がってから、一変した。

 よりによって、数学の教師が俺のクラス担任で、大嫌いな先公(センコー)だったからだ。

 授業中に居眠りが増えた。チリツモで、なんにもわからなくなっていた。


「うん、わかった。もう、図書室じゃ数学やらないから」

「マジ助かる。俺、数学だけはダメなんだ」

「理科は成績悪くないんだから、数学も行けると思うんだけど」

「数学は先公(センコー)が大っ嫌いだから、授業中は寝てばっかなんだよ」


 ジト目で俺を見る地味子(じみこ)


「……その、先公(センコー)って言いかた。なんか、昭和って感じがする」

「あぁ……従兄(アニキ)の影響だな。元ヤンだし」

「言葉遣いも、成績もよくしてもらわないと。清く正しいお付き合いだって、認めてもらえないの。それじゃ私、とっても困るんですけど」

「わかってるよ。努力する。でも、数学だけは、どう頑張っても無理だ」


 しっかり、脳みそにインプットされているんだ。

 数学=嫌い=楽しくない=やる価値がない、と。


「……じゃあ、数学を前向きに学べるように、工夫してみるから」


 以来、可奈(かな)は勉強の時間割を大きく入れ替えた。

 数学以外の試験勉強は、ぜんぶ図書館でやることにした。

 そのかわり、数学の勉強は可奈(かな)の家でやることに決めた。


青葉(あおば)くんの二年間を、二週間で取り返します」

「お、おう」


 可奈(かな)(ふん)する、巨乳の家庭教師。

 中一から中三まで、教科書を持ってきた。

 それと実践ドリルがいくつか積んである。


「いい? 基礎から全部たたき込むんだから。返事は?」

「……はぁい」


 バンッ!

 机を叩かれ、絶句。


「声が小さい! それでよく、一匹狼(マーヴェリック)を名乗れるわね」

「サー! イェッサー!!!」


 バンッ!

 また机を叩かれる。

 コイツはあれか? 小木曽(おぎそ)のつもりか!?


「サーは男性の敬称。女性の敬称はマアム。はい、やり直し!」

「マム! イェス、マァム!!!」

「よろしい。では、一年生の教科書を開いて」


 鬼教官ぶった可愛い優等生と、マンツーマンの個別指導。

 最初から数学の教科担任が、巨乳の美人女教師だったら。

 絶対、こんな目に遭わなかっただろうに。


 ***


 鬼教官と言ったな。あれは嘘だ。

 キャプテン・カナは優秀な教官だった。

 俺が何を理解して、何を理解していないか。

 それを把握して、理解していないところを指導していく。

 一コマ四五分の個人授業の間に、約十分のインターバル。

 俺の集中力がどこまで保つかを見極めた、適切な休憩だった。

 休憩の直後に、前のコマの復習として五分の小テストがある。


「小テスト満点取ったら五分間、触らせてあ・げ・る」


 小悪魔ぶったささやき。

 いや! 俺にとっては、慈悲深い大天使様のお導きだ!

 俺の使われてない頭脳に、身体中の血液が全集中。

 本領発揮のときは、今ッ!


 このルールが課されてから四日目の三コマ目。

 俺はついにシルバートロフィー「小テストで満点を取る!」を獲得した。


「嘘でしょ……!?」

「俺を舐めてもらっちゃ困りますぜ、教官殿ォ」


 初日、赤ペンのたくさん入った答案を持ち帰った。

 そこを自宅で復習し、翌朝もう一度同じ問題を解いた。

 二日目、赤ペンが若干少なくなった答案を持ち帰った。

 同じように復習し、翌朝同じように同じ問題を解いた。

 三日目、赤ペンがさらに減ってきた答案を持ち帰った。

 また同じことを繰り返す。それでコツがわかってきた。

 反復練習だと。

 勝利のイメージを脳みそに叩き込むのだと。


「最初は十回できない腕立て伏せが、そのうち平気で百回できるようになるだろ? それと一緒だってわかったんだ」

「……青葉(あおば)くん、それはちょっと、おかしいと思う……」


 そうだ。俺は自分を鍛えること自体には慣れている。

 鍛える目的がなかっただけだ。今は、目的が明確だ。


「さあ、触らせてもらおうじゃないか! キャプテン・カナ!」

「わ、わかった……わかりましたッ……準備、してくるから!」


 そう言い捨てると、可奈(かな)は二階に上がっていく。

 しばらくすると、可奈(かな)が戻ってきて、ソファーの俺の横に腰かけた。


「い、いいよ……青葉(あおば)くん」

「……」


 唾をのむ。

 まずは肩を抱いた。

 ぴくっと身体が波打って、吐息が漏れた。

 いきなり触られる。そう思って緊張していたのかも。

 うなじに鼻筋を添わせて、柑橘系の香水の匂いを吸い込んだ。


「……あぁッ」

可奈(かな)のうなじ、とってもいい匂いがする」

「ひゃあっ!」


 ペロッと舌先で舐めると、可愛い悲鳴を上げた。


「さ、さわるなら……さっさと、すませて……ッ」

「なに、そんなにおっぱいもみもみされたいの?」

「もみもみなんて、私そこまで言ってな……イッ」


 鼻にかかった鋭い悲鳴。

 それの指がほんのちょっと、服の上をなぞったからか。

 ギリギリ触るか、触らないかのグレーゾーンを攻めた。

 それだけでも、甘い吐息がこぼれ出す。


「……これでおしまい?」

「んなわけねーだろ。はむっ」

「ひゃぅぅぅぅッ!」


 耳たぶを甘噛みして、耳の周りを舐め回して注意を引きつけた間に。

 俺の両手がしっかりと、洋梨を下から持ち上げるように添えられる。


「……可奈(かな)、ブラしてない!?」

「だって、ワイヤーが当たると痛いから」

(ノーブラ!?)


 ノーブラだとッ!

 つまり、このたわわな洋梨は、部屋着一枚隔てた、ありのままのおっぱい!

 いいのか、大天使様!

 この俺様を誘惑するとは、なんとあざとい! いや、罪深い!

 耳にふっと息をかけながら、夢中になって撫でまわしていた。


「んあっ……だめ、これ以上は……ッ」

「何がダメなんだい。最高じゃないか」

「どうして……こ、こんな脂肪のかたまりの……どこが」

「メスのおっぱいがオスを引きつける。人類種のDNAに刻まれた運命(さだめ)だ」

青葉(あおば)くん、頭いいのか悪いのか、ときどきわかんないッ!」


 ずいぶん酷い言われようだった。

 それでも、大天使様はきっちり五分間。

 豊満な洋梨を俺にもみしだかれていた。


 ***


 期末試験初日を明日に控えた夜。

 キャプテン・カナの組んだカリキュラムは完璧(パーフェクト)だ。

 昨日までに、今学期の履修範囲に追いついてみせた。


「よし! 撃墜数、六。エース・パイロットの仲間入りだ!」


 撃墜マークに見立てた★シールが、俺の鞄に増えた。

 小テストで満点を取るごとに、俺はシールを貼った。

 昨日時点で四枚だったシールが、今日六枚になった。


青葉(あおば)くん、数学だけはダメなんだって言ってたよね。今の気持ちは?」

「もう何も恐くない!」


 なにか死亡フラグを立てた気もする。

 だが、フラグなんぞこの鉄拳で叩き割ってやるぜ。


「今日の最後のコマは、昨日言ったとおり、模擬試験です。試験中は一切の私語禁止だから、私に話しかけないこと!」

「質問でーす。おっぱいさわるのは?」

「もちろん禁止ッ! 一発退場ッ、今日のおさわりも没収ッ」

「マム! イェス、マァム!!!」


 実際の試験時間に合わせた、模擬試験を用意してもらった。

 時間配分を決めておき、得意な問題を先に片づけてしまう。

 残った問題にも優先度をつけて、少しでも点数を確保する。

 理にかなったキャプテンの指導方針を俺は信じ、実行した。


「採点しました。結果は……六十七点」

「おおおおッ! やった、奇蹟だ!」


 今までの二倍を軽く超える点数だった。


「これは奇蹟じゃない、必然だよ。青葉(あおば)くん。あなたはそれだけの努力を積み重ねてきたの。たった二週間で」


 高揚する俺とは対照に、可奈(かな)はすこぶるクールだった。


「先生へのインパクトを考えたら、七十点を超えてほしいところね。八十点超えたら上出来。今の青葉(あおば)くんなら絶対いけるって信じてる」

「よぉぉしッ! 明日も一日がんばるぞい!」

「……ぞい?」


 首をかしげる大天使様を横に座らせて、耳を噛む。

 最終日の小テスト満点を取られる予感があったんだろう。

 最初からノーブラだった。


「じゅ……十分も胸もんで、どこが楽しいわけ?」

「もまれる側の快楽をじっくり植え付けてやるよ」


 一日で小テスト満点二回は初の快挙。

 甘ったるい喘ぎが漏れた。すっかり俺の手に馴染んできた洋梨。

 俺は十分かけて、まんべんなく教官のたわわな果実を堪能した。


「じゅ、十分……経った、よ、ね……」


 とろけた青い瞳に淡いハートが浮かんでいる。

 少なくとも、俺の目にはそう見えたんだ。


「小官には、キャプテンが物足りなさそうにお見受けするのですが」


 口が嫌だと言っても、体は正直なもんだ。

 だが、優秀なキャプテンは任務に忠実であった。


「……あ、明日から本番だからッ……今日は、これでおしまい!」

「マム! イェス、マァム!!!」


 教官の命令に忠実であれ。

 俺は、数学に対する苦手意識を完全に克服した。

 それを、演習(ドリル)でなく、実戦(テスト)で示さなくてはならないのだから。


「あ、そうだ。ひとつ贈り物がある」


 ラッピングされた箱を俺は差し出した。

 可奈が開封すると、レディースもののチョーカーがひとつ。


「これ……くれるの?」

「ああ。今までお世話になったお礼を込めて」

「ためしにつけてみてもいい?」


 二つ返事で頷く。

 花柄の黒いチョーカー。

 それを首元にかけて、可奈(かな)が見せた微笑み。


「きれいだ。よく似合ってる」

「ホントに!? ありがとう!」


 今まで見てきた中で、いちばん可愛い素顔だった。

 花の真ん中で黒光りする光沢に映った、俺の笑顔。


「それともうひとつ。これ、渡しておく」


 USBストレージのような外見をしている。

 それは小さなボイスレコーダー。


「俺がそばにいないとき、なにか不穏なことがあったら、なんでもいい。とりあえず録音しておいてくれ」

「……」

「俺がそばにいる限り、可奈を守ってやる。それができない時の保険だ」

「……うん、わかった。ありがとう、青葉(あおば)くん」


 別れ際にハグをして、頬っぺたに大天使様のキスをもらった。

 明日から三日間――絶対に負けられない期末試験(ハード・ミッション)が俺を待つ。


 赤ペンの入った模擬試験を持ち帰って、例のごとく復習した。

 翌朝、間違えた個所にしぼって、もう一度問題を解いてみた。

 正答率は九五パーセント。五パーセントなら、誤差の範囲だ。


(数学は、試験期間三日間の二日目――そこがヤマだな)


 その他の科目も、図書室での補習を通じて、見違えるほど自信がついた。


(そこさえ乗り切れば、なんとかなるッ!)


 試験期間は半ドンだというのに、おふくろが弁当をふたつ作ってくれた。


可奈(かな)()でしっかり勉強しておいで、って意味だよな)


 今朝も可奈(かな)が迎えに来た。

 おふくろが弁当のひとつを彼女に手渡す。

 思いのほか驚いた可奈(かな)が、心底嬉しそうにお礼を言った。

 おふくろも、娘のようにかわいがっているのかもしれない。


「いよいよだね」

「いよいよだな」


 恋人つなぎをしたふたりが、今日も学校の門をくぐっていく。


 ***


 試験期間は半ドンだから、ラクでいいよね。

 周りのクラスメイトが何気なく口にしたのを聞いた。


(ああ、そうだよな。俺もそう思ってた)


 一年前、いや、ひとつ前の三学期のときの俺が。

 期末試験というモノになんら価値を見出していなかった俺自身が。

 初日の試験を終えて、ぐったりと疲れた気分になるなんて。

 絶対に予想できなかったし、言われても信じられなかったと思う。


「はぁぁ……疲れた、こんなに緊張したの、いつぶりだ」


 机に突っ伏したままの俺に声を掛けてくるヤツがいる。

 この学校(セカイ)で、たったひとりだけ。


青葉(あおば)くん、お疲れ様」

「サンクス、可奈(かな)。マジで疲れた」


 隣の教室から地味子(じみこ)が俺の教室に入ってきても、誰も止めない。

 学校一の不良と恐れられた俺と可奈(かな)が交際している件は公然の事実。

 誰もがもう、当たり前と受け入れている、日常の風景だからだ。


「ん? なんだ」

「どうしたの?」

可奈(かな)。なんでもいい、とりとめのない話を続けろ」


 ひとつ頷いて。当たり障りのない会話を向けてくる。


「今日の試験どうだった?」

「瞬間的に脳みそを酷使して、甘いモノが食いたい気分」

「ふふふ、そうなんだ」

「明日は俺のちょー苦手な数学だぜ? 集中力もつ自信ねぇや」


 適当に相槌を打ち、肩をすくめつつ、横目で廊下をちらり。

 ハゲ頭の教頭が、ハゲタカのごとく、じろりと凝視してた。


(なんか視線を感じると思ったら、アイツか)


 胸騒ぎがする。

 無事平穏に明日の数学の試験に臨みたかったのに、心がざわつく。


「さて、明日もあるし、今日はさっさと帰ろうぜ。図書室も使えないしな」

「そうだね、帰って試験勉強しよっか」


 その日の午後、俺は可奈(かな)()で翌日の試験対策に明け暮れた。


 ***


 その翌日。

 俺は、大本命「数学」の試験に臨んだ。

 実戦において、装備の信頼性は重要である。

 シャープペンシルは使わず、鉛筆を数本揃えて、アクシデントを防ぐ徹底ぶり。

 試験官の号令がかかる。

 問題用紙を開き、全体を見渡す。

 正答率の高かった問題と、正答率の低かった問題。

 それを見分け、得意な設問の回答を問題用紙の余白に書き込んでいく。

 最初から解答用紙に書かなかったのは、解答欄を間違えるリスク対策。

 短時間で解ける問題を解き切ってから、解答用紙にまとめて転記する。

 この時点で、解答欄の五割強が埋まっていた。


(この手ごたえ、いけそうだ!)


 確信した。

 ひとつ目の奇蹟は確実に達成できる、と。


(着実に、地道に、取れる点数を獲得していくぜ)


 面倒なところは最後に残し、時間をかけて攻略する。

 反復練習を繰り返し、脳みそに叩きこんだとおりに。

 腕時計をチラ見して、時間配分を気にしつつ、設問をひとつひとつ。


(よし、あと五分!)


 試験時間を五分残して、俺はすべての回答を書き切った。

 残り時間を使い、ケアレスミスがないかをチェックする。


(最初に、解答用紙に名前――書いてある。あとは――)

 

 解答欄と回答内容がずれている箇所は――ひとつもない。

 その後は、自分がよく間違えた設問の再チェックに注ぐ。

 緊迫の五分間は長いようで、短かった。

 試験官の号令がかかり、俺は鉛筆を置いた。


(――やり切った)


 解答用紙を提出し終えた時。

 俺は燃え尽きた。真っ白に――。


「試験、まだ終わってないからッ!」


 数学の試験が二時限目だった。

 燃えカスになってた俺を見透かしてたのか。

 隣の教室から可奈(かな)(かつ)を入れにやってきた。


「もぅマヂ無理」


 精も根も尽き果てた俺に。

 可奈(かな)がただならぬ雰囲気で言った。


青葉(あおば)くん、歯を食いしばって」

「……なんで?」

「いいから早くッ」


 言われるがまま、アゴをグッと噛みしめた。

 すかさず思いっきり、頬っぺたをぶたれた。

 周りのクラスメイト達が一斉に振り返って、絶句。


「これで、目が覚めた?」

「――ああ、最ッ高の目覚まし食らったわ」


 あの「地味子(じみこ)」が「学校一の不良」にビンタを食らわせた。

 とんでもない大事件だと。

 みんなざわざわしてる中、可愛い鬼教官(キャプテン・カナ)が飴玉を差し出す。


「はい、ブドウ糖。これで糖分補給してね」

「サンクス。さっそくもらうわ」

「じゃ、またあとで」


 手を振り、颯爽と教室を出ていった地味子(じみこ)

 その姿は、かつておどおどしていた頃のモノではなかった。

 好意でもらった飴玉の包み紙を開くと、綺麗な文字で一言。


 ――今日がんばったら、ご褒美を三十分差し上げます――


(キタ――(゜∀゜)――!! ヨォォォォォォォォシッ!!!)


 大天使様、降臨確定!

 今まで最長十分だったおさわりの時間(サービスタイム)が三十分!


(流れ変わったな……ッ)


 ひとり右手を上げて、包み紙を握りしめるガッツポーズ。

 わが心象世界に定番の音楽とともに流れる、幾多の弾幕。

 俺の焼き切れた脳みそ(サイコ・フレーム)に、血液とブドウ糖が隅々まで行き渡る。

 疲労から覚醒した俺は、二日目最後の試験、理科を乗り切った。


 ***


 試験最終日となる明日のチェック。

 それを午後八時に終わらせたらお楽しみの時間。


「今日さ、あのハゲが俺たちをじっと見てたんだ」

「ハゲ、だな、ンッ! て……そんな、コト、ぉ……言って……る、からぁ……」

「アイツ俺の天敵だから、気をつけたほうがいい」

「そんな……言いか、あンッ、するか、ラッ……睨まれる、ンンッ! だよ……」


 大天使様の洋梨をもみしだき、先端の蕾もくすぐること三十分。

 俺は大天使様にしっかりと快楽を植えつけて、その理性をどろどろに打ち砕いた。


「延長戦をご希望ですか?」

「し、試験が終わるまでは……これ以上は、ダメ、なんだから」

「チッ……わーったよ! 試験終わったら、ナマチチ開放で!」

「な、なま、ちち……ッ!?」


 さんざん愛撫を加えた耳たぶが真っ赤になっている。


「成績出るまでは、それでガマンするから! お願いしますッ!」

「も、もう……青葉くんの、バカぁ……ッ」


 口で嫌がっても、ふにゃふにゃになった語尾にしっかりハートがついていた。


 ***


 試験最終日の朝。

 いつものように、恋人つなぎをした俺と可奈(かな)

 校門をくぐると、複数の教員が俺らを囲んだ。

 上から感じた、(いや)な視線。

 見上げた先で、クソむかつくハゲ頭が俺たちを見下していた。


「何の権利があって、こんなことをするんですか?」


 生徒指導室で鞄の隅々を調べられた、可奈(かな)の声には静かな怒り。

 俺の担任――大嫌いな数学教科担任が言い放った。

 藤岡(ふじおか)が受けた数学の試験。答案の出来があまりにも良すぎるんだ、と。


「カンニングなんて、そんな卑怯なこと、するわけないでしょう!」


 優等生で通っていた地味子(じみこ)が激しい抗議の意思を示した。

 俺だけじゃない。その場にいた先公(センコー)どもが言葉を失った。

 その沈黙を、ハゲ頭の教頭が破った。

 優等生たる字見(あざみ)可奈子(かなこ)の交際相手が、問題児だからだと。

 したがって、二人で共謀したカンニングを疑わざるを得ないと。


「何の証拠があって、藤岡(ふじおか)くんがカンニングをしていると?」


 ハゲ頭が冷たく言い放った。

 証拠はない。だが、毎晩、問題児を家に連れ込んでいるそうじゃないか、と。

 可奈(かな)の瞳が大きく開かれる。


「それは数学の試験対策――いいえ、藤岡(ふじおか)くんが二年間ほったらかしにされてきた数学を理解しなおすために必要な時間だったんです」


 その抗議は軽くあしらわれ、聞き入れられなかった。

 俺たちふたりは、他の生徒と別室で試験を受けるように――。

 その間、携帯電話等の通信機器は預からせてもらう――。

 その宣告に、可奈(かな)が憤りを抑えた声で問う。


「試験が終わったら、すぐに返してもらえるんですよね」


 ひとつ頷いたハゲ頭は、じろりと俺を見つめる。

 俺が動揺するとでも? そんなわけねーだろが。


「わーった、わかりました! 後ろめたいことは、なーんもねーっすから」


 疑いを晴らして、俺と可奈(かな)の名誉を守るんだ、と。

 俺は鉄拳を固く握りしめた。

 恐ろしいくらい、クールに頭が回った。

 そうして、期末試験三日目が終わった。

 俺と可奈(かな)は部屋も試験官も別々。

 試験後は俺だけ、クソむかつくハゲ頭から、厭味(イヤミ)ったらしい「ご忠告」を一時間も立ったまま聞かされるおまけ(オプション)つき。


(これ、体罰にならねぇのか? こんど、カウンセラーの先生にきくか)


 教頭室から追い出された後、字見(あざみ)ならもう帰った、と別の先公(センコー)に聞いた。


「さて、大天使様はどこにいるのかな」


 スマホのアプリを起動する。

 地図の上に、光点がひとつ。


「……なんで、こんなところに……」


 彼女の行動範囲から大きく外れた場所。

 鉄橋の真下の河原。首筋を伝う冷や汗。


「変な野郎に絡まれてるんじゃねーよな!?」


 俺は走る。ひたすら走る。

 走りながら、前にお世話になった巡査(おまわり)に第一報。


「おっちゃんか? わりぃ、ウチの学校(ガッコ)の女子生徒が、なにか事件に巻き込まれてるかもしれねぇんだ!」


 すぐに一一〇番で通報しろ。でなきゃ動けない――巡査(おまわり)のオッサンが言った。

 速攻で電話を切り、一一〇番にかけなおす。

 事件だ、位置はどこだ――情報を伝えると、巡回中のパトカーを回すという。


可奈(かな)GPS(アレ)渡しといて正解だった!)


 怪我しちゃいないか。

 まさか、暴行(レイプ)されちゃいないか。

 万が一、可奈(かな)に手を出してみろ。

 二度と女とヤレないくらい、金的(イチモツ)潰してやンぞ。


(橋まであと三〇〇メートル!)


 川べりの堤防沿いの道をひた走る。

 畜生! 間に合え! 間に合ってくれ!

 準備運動無しの全力疾走に、心臓が破れそうだ。


「アイツら……まさか!?」


 ウチの学校(ガッコ)の制服を着た女子生徒が三人。

 河原でゲラゲラと騒いでいるのが見えた。

 全身の毛が逆立った。可奈(かな)をいじめてた奴らだった。


「おぉぉぉい! ブスどもォォ!」


 堤防を駆け下りながら、叫んだ。

 ぎらついたステンレスの電車が、鉄橋の上を爆音で駆け抜ける。

 衣服を破られ、辱められた可奈(かな)の痛切な金切り声をかき消して。


「――俺のカノジョに何しやがったッ!!!」


 露わになった洋梨に触った男の側頭部に、飛び蹴りを食らわせた。

 何メートル吹っ飛ばしたか、覚えていない。

 羽交い絞めにしたまま固まってた野郎の頭に、軽く変則回し蹴り(ブラジリアン・キック)

 白目をむいたヤツを可奈(かな)から引っぺがし、追い打ちを一発見舞う。


可奈(かな)、下がってろ」

「…………」


 ドン引きした大天使様が、ひとつだけ頷いた。

 周りで楽しそうに眺めてた連中が三人、血相を変えて俺に襲いかかってくる。


「俺は――」


 殴りかかってきたひとりを、しゃがんで(かわ)し――。


「最ッ高に気分が悪いンだァァァァッ!!!」


 蛙飛びの勢いそのままに、アッパーを決めた。

 可奈(かな)(ほう)けるほど、綺麗な曲線だったろうか。

 美しい放物線を描いて、ソイツが吹っ飛んだ。


「あと二人ッ!」


 ひとりが舌打ちしつつ、ナイフを取り出した。

 もうひとりは、その辺に落ちてた金属バット。

 丸腰で武器を持った相手と、一対二。不利だ。


(――まずいな)


 身なりを改めて確かめる。

 体格が自分よりも大きい。中学生のそれじゃない。

 着くずした制服を見た限り、ガラの悪い高校生だ。


(――どうやったら、可奈(かな)を守れる?)


 一歩、また一歩。

 にじり寄られ、間合いを詰められる、緊迫感。

 絶望に足をすくわれそうだった、俺の脳裏に。

 キャプテン・マーヴェリックの教えが閃いた。


考えるな(ドント・シンク)! 動け(ジャスト・ドゥ)!』


 俺は、バカだ。

 ワンパンで撃破する。ハゲ頭のヒーローがそうだったように。

 一撃で撃ち砕く。往年の「極真の怪物」フランシスコ・フィリォがそうだったように。

 ただひたすら、筋トレと反復練習に励み、一撃必殺を(きわ)める。

 そればかり追い求めてきた、空手バカだ。


「守ったら、負ける」


 つぶやく。


「だったら、攻める」


 (はし)る。餓狼(おおかみ)のように。

 突き出されたナイフを上段受けで払い、鳩尾(みぞおち)正拳突(せいけんづ)き。

 崩れ落ちるヤツを尻目に、怯んだもうひとりに後ろ回し蹴り。右腕ごと金属バットを弾き飛ばして、ガラ空きのアゴに必殺の鉄拳(フック)を食らわせた。

 勝負は思いのほか、一瞬で決まった。

 一部始終をみて、あんぐりとしたままの大天使様に歩み寄る。


「守ってやれなくて、ごめんな。可奈(かな)


 ごちゃ混ぜになった感情に震える可奈(かな)を、俺はずっと抱きしめていた。

 パトカーのサイレンが近づいてくる。

 そのパトカーから巡査(おまわり)がふたり降りてきた。

 顔なじみのオッサンと、新顔の女性警察官(おねえさん)

 被害女性の気持ちに寄り添える巡査(おまわり)がいたのが不幸中の幸い。

 衣服を破られた可奈(かな)を見て、すぐジャケットを掛けてくれた。


 追って県警のパトカー、救急車がそれぞれ数台駆けつけた。

 俺はオッサンから、可奈(かな)女性警察官(おねえさん)から、それぞれ車の中で事情聴取を受けた。

 五人もぶっ倒した俺は()()ぎ、つまり「過剰防衛」を疑われたが――。

 可奈(かな)が隠し持っていたボイスレコーダーの中身が、警官らの考えを一変させるほど悲惨な状況だったこと。五人のうち、二人の凶器の所持が明らかだったこと。これらの事情から、最終的に正当防衛とみなされた。

 病院送りになった五人は、後日、強制性交未遂などの容疑で取り調べを受けた。


 警察から、親と学校に連絡が入った。

 おふくろが、タクシーで駆けつけた。

 憔悴しきった可奈(かな)の姿を見て、すべてを理解したおふくろの頬に光る(しずく)


(また、おふくろを泣かせちまったな)


 見知った大人の顔を見た可奈(かな)が。

 おふくろに抱き着いて、初めて大声を上げて泣いた。


可奈(かな)の両親がいたら、同じように抱きしめてくれたんだろうけど)


 両親がそばにいない。ひとりぼっちの可奈(かな)があまりにもかわいそうで。

 俺自身の身も心も切り刻まれるくらい、つらい一日になってしまった。


 ***


 可奈(かな)に預けていたボイスレコーダーは、現場から逃走した三人の女子生徒の肉声もきちんと録音していた。

 これが決定打となって、三人の女子生徒は警察の取り調べを受け、五人の高校生に性的暴行を教唆(きょうさ)したのがバレた。

 その女子生徒からの「密告」でハゲ頭の教頭が俺と可奈(かな)の関係を疑っていたこと、それらがスクールカウンセラーに一切共有されず、根回しなしに高圧的な生徒指導に至ったことも露見して、スクールカウンセラーを激怒させた。

 教育委員会を巻き込む大ごとになったそうだが、どうなることやら。

 そして、カンニングを疑われた俺と可奈(かな)は、二週間で書きためたノートや小テストの答案を全部学校に提出。身の潔白を証明した。


(――可奈(かな)が望んだとおり、ふたつの奇蹟を起こしてやった)


 数学の点数は驚異の九一点。今までの三倍。

 でも、喜べなかった。

 一緒に喜んでくれたはずの大天使様が、「翼の折れた天使エンジェル」にみえたから。

 可奈(かな)の家まで迎えに行き、恋人つなぎをして、送り届けるだけの日々。

 それも、今日でおしまいだ。

 一学期の終業式が終わって、俺は可奈(かな)を家まで送った。


「着いたよ、可奈(かな)

「……うん」


 いつものように家に送り届けるだけの日々。そう思ってた。

 だけど、可奈(かな)が手を放してくれない。


「――いつまでなの?」

「なにが?」

「いつまで私に気を遣ってるつもりなのッ!? この、いくじなしッ!」


 驚いた。

 可奈(かな)が綺麗すぎる双眸(そうぼう)に涙をためて。

 俺がずっと触れずにいた洋梨に、掴んだ手を押し付けてきたんだから。


 ***


 何日ぶりかの可奈(かな)()

 今年何回目かの猛暑日。

 汗だくになった俺と可奈(かな)はシャワーを浴びた。

 ガウンを着たどうし、互いに汗ばんだ手を握り、肩を寄せ合った。


「今日のおさわりは何分まで」

「――お好きなだけ、どうぞ」

「なッ!?」


 メガネなしの可奈(かな)の真っ青な瞳は、もう熱っぽくみえる。


「ずっとおあずけだったから――気が済むまで、触って」

「じゃあ、一晩じゅう」

「――嘘でしょ!?」

「冗談だよ、冗談」


 笑いかける俺に、可奈(かな)は笑わなかった。


「――いいよ。ずっと、そばにいてくれるなら」

「……ッ!?」

「言ったじゃない。毎日触らせてくれたら、一生かけて守ってやるって」


 笑えない。さすがに。


「おさわりだけじゃ済まなくなっても、いいのかよ」


 黙って頷いたおとがいを、くいと上げた。


「前さ、頬っぺたにキスもらったよな」

「うん」

「――唇にもらっても?」

「――うん」


 目をつぶった大天使様が、祝福のキスを与えてくれる。

 頬っぺたじゃなくて、俺の乾いた唇の上に。

 親愛の情を越えた先にある恋愛対象として。


青葉(あおば)くん――私を守ってくれた、大好きなひと」

「俺だって、誰よりもお前が大好きだぜ。可奈子(かなこ)


 初めて名前を呼び合い、裸で抱きしめ合って、何度もキスを求めた。

 おさわりを続けながら、キスを繰り返して。

 高まり合った気持ちのまま、一晩じゅう抱き合って、一緒に眠った。


 翌朝、スマホの通知で目が覚めた。


「――ん?」

「どうしたの?」

「おふくろからLINE」

「お母さん、早起きなんだ」

「花屋だしな。可奈(かな)ちゃんつれて、朝ごはん食べにおいでって」


 可奈(かな)の両目に涙が浮かぶ。

 さらに通知がもうひとつ。


 ――外泊は良いって言ったけど、ちゃんと避妊した?――


「「まだ、ヤってないからッ!!!」」


 俺たちのラブラブはこれからだ!

ご愛読ありがとうございました。

有馬先生の次回作にご期待ください。


 ***


続編も書けるエンディングでありつつ、綺麗に完結した物語として書きました。

たくさんの方々に読んでいただいて、とっても嬉しいです!


いつもは異世界恋愛ファンタジー小説↓を書いていますが、この短編では小気味よい展開を意識しました。

https://ncode.syosetu.com/n0678fc/


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― 新着の感想 ―
[良い点] 青春だ… [気になる点] 続編はどこですか…ノクターンですか…
[一言] 何だろう? 昭和感が満載で懐かしい感じ。 後、数学をやらない言い訳が、何となく「中村幸也」がクソみたいに吠えてる戯れ言のように感じてしまった。
[良い点] 巨乳 [気になる点] 柔らかさ [一言] 巨乳はいい… …俺が言いたいのはそれだけだ…あばよ(*゜∀゜*)
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