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天然素材の人形遊び  作者: 命のデザイナー
9/11

孤毒から萌え拡がる

「なにがしたかったのか解らないし、知りたくもないけれど……ただただ、気持ち悪い、としか思えなかった」


――かつてレジスタンスだった少女の感想

 サクラが居なくなって、ぼくは草木に囲まれる生活に戻った。

 あんなひどいことをしたサクラだけど、それでもぼくはサクラのことを愛していた。ぼくに愛を、感情をくれた人だったから。


 草木に囲まれる、だけの生活に戻った。

 それだけのはずなのに、サクラが居ないということが、この喪失が、痛かった。「異物が侵入する前のぼく」には、もう戻れないんだとわかった。




 さみしい。




 なんとかして、サクラが居なくなった跡を埋め合わせたくなった。


 だから、植物におもいを込めた。

 「サクラになってほしい」と。

 

 たちどころに、草が木が、蔓が枝が葉が根が幹が、花が、絡まって形を成す。

 それは、植物が凝固してできた人型の物体だった。

 ――こんなものはサクラではない、程遠い。


 なにが足りないんだろう? そう考えて、すぐに気が付いた。

 「なんだ、簡単じゃないか」


 サクラを入れないと、サクラになるわけがない。




 サクラは冷たくなっていて、柔らかいままだった。

 その身体に、桜の枝を接ぎ木する。

 額。首。肩。胸。(てのひら)。腹。(もも)。足首。

 枝を刺していく。枝がサクラを吸い上げていく。

 

 そうしてできた苗を、このままではマズイと気付いて、仕方なく小分けにした。それらを、両壁際に並べて植える。




 出来上がったのは、桜の白いトンネルだった。

 「赤い血を吸っても、赤くなるわけじゃないのか」


 桜のトンネルに「サクラになれ」と、おもいをぶつける。

 桜の枝葉や根、花弁が飛んできては微塵となって組み上がる。

 ――果たしてそこに立っていたのは、サクラと瓜二つの肉塊。

 「やった! 成功だ!」

 一糸纏わぬサクラ。あのサクラ以上に、ぼくが知り愛しているサクラ! ほのかに微笑むその表情に慈愛が感じられて、肉塊の冷たいその手をそれでも握って、縋りついて、ぼくはねだる。

 「……さあ、言葉を、愛を、ぼくにくれないか」


 「」


 言葉として認識できる音は発せられず、ただ箱庭の空気をほんの少し、ほんのほんの少し、震わせる音だけを遺して、肉塊は頭からボロボロと崩れてしまった。ぼくの指を、サクラの手、だったものがサラサラとすり抜けていく。


 なにが、足りないのだろう。もうサクラは使っている。一体、なにが……。

 「そうだ、本に書いてあるかな」

 ぼくは医学書を引っ張り出した。


 『体温とは即ち血液温度』

 ああ、そうか。確かに失敗したサクラは冷たかった。熱が足りなかったのか。

 サクラは、熱を欲しがることもあったけれど……今となってはその気持ちもわかる気がする。あは、居なくなってもまだぼくに教えてくれるんだ……。

 じゃあその血はどうやって……?


 『骨格は体を支え、その内部構造である骨髄は造血器官』

 骨か。血をつくるついでに、肉付けの素体として骨をつくるのも良いかもしれない。だがそうなると……どうしたものか。ぼくができるのは、植物を肉にするまでだ。骨と血、熱にまではできそうもない。




 つくれないものは、どうしたらいい?




 サクラの笑顔と言葉が、ぼくの記憶で瞬く。

 『別にいいのよそれで。あなたは此処で生きている。それを変える必要なんてどこにもないわ』


 「はは、そうだったね。無いなら、持ってきてもらうしかないよね」

 サクラは居なくても、植物が居るさ。






 「人間の少女を、その骨を、持ってきてほしい」


 試しに植物にそうお願いして、何体か持ってきてもらった。

 なんだかぐったりした個体もあれば、やかましく音を発する個体、ずっとそよそよと音を発する個体、植物がすでに骨だけにしてくれている個体もあった。


 必要なことだったけれど、やっぱり人間は嫌いだ。だってほら、どの個体もぼくをねめつける。サクラのような微笑みは、どこにもない。

 人間の少女だけに限定して良かった。もしそういう絞り込みが無かったら、箱庭はもっと異物で溢れかえっていただろう。

 余計なものがついてこないように、「いらないものは全部壊してきて」と、ついでにお願いしておいて正解だった。このついでが、思いのほか(こう)()覿(てき)(めん)だったことに、ぼくはニコニコしていた。


 箱庭の外のことなんて、はっきり言ってどうでもいい。ぼくは人間と触れ合えないのだから、なおさらだ。




 とりあえず、持ってきてもらった個体の骨に、サクラの肉を付けてみた。

 ちゃんと血が(とお)って温度がある!


 だが、サクラより小柄だったり、大柄だったりで、骨格の大きさが合わない。

 しかも、いくつかの個体はしばらくすると、勝手にボロボロと崩れてしまった。まだ動いてもいないのに。どうもサクラの肉に適合しない骨があるらしい。




 最適な大きさで、サクラの肉に適合する、人間の少女の骨。


 それが見つかるまで、地上から持ってきてもらうしかない。











 それからしばらくの間、ぼくは実験し続けた。

 いくつもの骨を持ってきてもらっては、サクラの肉を肉付けし、大きさと、適合するかを調べる。


 適合しなかった個体は、人間の肉ごと堆肥にした。植物たちも、なかなか無い栄養源にありつけて喜んでいることだろう。


 適合したが大きさが合致しない個体からは、その個体の一部を抜き取って集めることにした。全体の大きさが合わなくても、一部ずつなら合致する骨もあるから。




 実験の度に、仕方なく異物が持ち込まれては、楽園を乱す。

 サクラに会いたいだけなのに、ぼくの世界を無視してかき乱す外の世界がどうにも許せなくなって、骨を集めてくれる植物に、「外の世界をきみたちの世界に変えてしまおう」と思わず伝えたくらいだ。




 そうやって、少しずつ、少しずつ、サクラになれる骨を集めていく。

 全部集めきれたら、この痛みも治まるはずだから。






 そう、思っていたのに。





 どうして、また、箱庭に異物が侵入してきたのだろう。


 どうして、炎と剣を携えているのだろう。


 どうして、こわすの?


 ぼくは、サクラを取り戻したいだけなのに。

 ぼくは、サクラを取り戻せていないのに。




 でも、これだけはわかる。




 壊されたくないなら、植物へ、おもいを伝えよう。

 だって、ぼくの味方なんだから。

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