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天然素材の人形遊び  作者: 命のデザイナー
8/11

ストライガ

「そうか、あの子はストライガだったんだ。

  だから、こんなにもかなしくて、

        そして、また会いたくなる」

――宿主の男の吐露

 それからの日々は、まさしくバラ色だった。


 ぼくが世界に求めていたのは、「ぼくのことを否定しないこと」だった。

 だから植物と接するようになったのだ。しかし植物はぼくを否定しないが、物も言わない。

 それがサクラはどうだ、ぼくを否定せず受け入れるだけでなく、サクラの意志で以てぼくに言葉をくれるのだ。人間にとってその言葉こそがなによりの養分、愛であったのだとそのとき知った。


 ぼくの意志だけの箱庭に、もうひとつの意志、サクラが芽生えたことで、ぼくの世界は色づいた。

 「そうか。何かのため、という言葉は、人間にも使えるんだね」

 ぼくはサクラを愛した。そのとき初めて、感情が形を持った気がした。




 「ぼくはきみのために、なんでもしてみたい」


 だから、桜を植えた。愛した人と同じ名前だったから。


 だから、小屋の外へ出るようになった。流石に街に行くことはしなかったけど、それでもサクラが喜ぶから。


 だから、サクラと体を重ねた。言葉によらない、想いを人間に伝える方法はこうなのだとぼくは知った。




 「ぼくはきみを大切にしたい」


 だから、医学書を買っておいた。もしサクラの身に何かあっても、対応できるように。……サクラの為にぼくが欲しがった本なのに、サクラに街まで買ってもらってしまった。

 サクラは本を手渡すとき、笑顔と言葉を添えてくれた。

 「別にいいのよそれで。あなたは此処で生きている。それを変える必要なんてどこにもないわ」






 いつも、小屋で本を読んだ。

 いつも、地下で愛する植物を育てる。

 たまに、愛するサクラと、悲しい海岸を歩いてはその悲しさを拭った。

 たまに、地下の片隅や中心で、サクラへの想いを重ねた。


 ぼくの意志とサクラの意志があり、ぼくの好きな植物とサクラが息づく、素敵な箱庭。誰にも侵されない、ぼくとサクラの聖域。植物を知り、植物に想いを込める、サクラを知り、サクラに想いを込める。それが繰り返される世界。


 ぼくは、安寧を手に入れた。






 そんな、日々。

 この日々が、続けば良いと。

 まだ、飽きずに願えていた頃。






 サクラが、鎌と炎で以て。

 箱庭を、聖域を、安寧を、楽園を。

 笑顔で、壊し尽くしていた。




 「その顔よ! その顔が見たかったの」

 ぼくは、今、どんな顔をしているんだろう。



 「いつにしようか、ずっと待ってたのよ!」

 裂かれて燃え爆ぜる植物を背景に、サクラはそう告白した。



 「最っ高に楽しい!! やっぱり破壊っていいね」

 恍惚と、破壊する。



 「どうして、こわすの? ぼくは、サクラを、愛しているのに?」

 「知らないわよそんなの。そんなことよりさ、その素っ頓狂な顔を見せなさい!」

 ずっと、サクラは、わらっていた。




 どうしよう。

 どうしたら。

 どうすれば。


どうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすればどうしようどうしたらどうすれば。


 なんて、言えば。いいのだろう?


 ぼくのなかに積み重ねてきたものが消え去り、人と話すのがにがてだったぼくになる。


 あうあうと、口を動かす。

 全部が消え去ったわけじゃない。植物と接し、サクラと接するこころは無くなってない。まだ、意志を通わせようとしてる。

 くずおれて、両膝、両手を突き、それでも前を見るために膝で立って、それでも言葉が出ない。






 「ふぅー。だいたいこんなもんかな。それじゃあね」


 空間を区切るように炎が踊っている。サクラは向こうへ進む。もう此処には用は無いと言わんばかりに。

 ああ、サクラが行ってしまう。ぼくがあいした人が。




 「いかないで」

 サクラはこちらを一瞥して、なんとも複雑な笑み――嘲笑の瞳と、慈愛の口元が同居する微笑を残して、出口へ歩いていく。届かない。




 (いなくならないでほしい)

 草がサクラの足元に絡みつき、植物の枝がサクラの上から覆い被さり、根がサクラを下から突き上げ貫いた。


 ――何が起きたんだろう?

 ぼくの想いが植物に伝わって、彼らなりにサクラを引き留めてくれたのだと気付いたのは、スルスルと草木が退いて、サクラが苔の上に横たわっているのを見てからだった。


 横たわったサクラを抱きかかえて、そばに居る樹木たちを見上げてみた。

 ぼくの口の端が、ゆるやかに上がる。


 「そうか、やっぱりきみたちなんだね」


 そうだった。

 ぼくには植物しか、ないんだった。

【ストライガ】


熱帯および亜熱帯に分布する寄生植物。

極小の種子により広範囲に拡散かつ排除を困難とし、種子のまま越冬。

地中で発芽し宿主の根に寄生、地上部が出現するころには寄生が完了した状態である。

寄生された宿主は、ストライガに養分を吸い尽くされて死に至る。


寄生する宿主は主にイネ科の経済植物であり、またその対策が困難を極める事から、人間の生活に深刻なダメージを与える「魔女」の名が与えられている。

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