種の起源
「しばらく過去回想よ。
誰の記憶なのかは、すぐ判るんじゃない?」
――“舞台装置”の女からの注意喚起
ぼくは、人と話すのがにがてだった。
生い茂る草葉の青さに、めをうばわれる。
広げられた枝葉に、おもいをはせる。
咲き誇る花の香りに、いしきをひかれる。
張られた根の力強さに、こころをふるわせる。
いつからだろう。そんな感性を持った人間になったのは。
人と接するより先に、植物と接するようになった。
いつしかぼくは、植物におもいを込めて、植物の在り方を変えられる、不思議な力を身につけてすらいた。
だというのに、相変わらずぼくは、人と接することができないでいた。
ぼくを受け入れてくれる物言わぬ植物と、お構いなしに意思をぶつけてくるやかましい人間。どちらか選べと言われて、ぼくはまよわず植物をえらんだ。
ぼくは、人間がきらいになりだした。
そんな調子で、ぼくは、植物を操る人間嫌いになっていた。
別にそのことは、なにも責め立てられるようなことではなかったはずだ。
しかしそれを許さない存在があった。
――人間社会だ。それはぼくに、こう通達した。
「人間は社会的動物です」
「他者と接しながら生活する必要があります」
「人と生活できないようでは、人間社会に馴染めませんよ?」
「人間社会に馴染めない人間は生きてはいけません」
直接言ってきたわけではない。だが、暗にそう意図してぼくのことを排斥してきているのは明らかだった。
生物は、自己を変化させることで生き残ってきた。
しかし。
人類は、環境を変化させることで生き残ってきた。
「人間とは排他的である」
自分と相容れないものを決して認められない。
ぼくは、それを身をもって学んだ。ぼくも同感だった。
だからぼくは、ぼくの楽園をつくった。
誰も近寄らないような、さみしい海岸段丘。締め出されてしまったぼくの心を思い出せる、かなしい風景だ。ぼくはこの風景がきらいだった。でもだからこそ、そこを選び、あいした。
そこに建てた小屋に、ぼくがすきな植物の本を詰め込んだ。
「もっときみたちのことを知りたいんだ」
……本を書いた人は、人間社会のなかにいるのだろうか。それとも、ぼくと同じだろうか。考えるだけ無駄だと気付いて、すぐにあきらめた。だってどっちにしろ、ぼくは人と触れ合えないのだから。
小屋の地下に水を引き、ぼくがあいした植物を植えた。暗かったけれど、ぼくがおもいを込めれば苔は光りだし、草木はそこに住んでくれた。
ぼくの意志だけがあり、ぼくのすきな植物だけが息づく、すてきな箱庭。誰にも侵されない、ぼくの聖域。植物を知り、植物におもいを込める。それが繰り返される世界。
ぼくは、あんねいを手に入れた。
そのはずだったのに。
「へえ、素敵な場所ね」
異物が侵入した。
いや、ぼくが許した。許してしまった。ぼくは人間で、植物ではなかった。変化のない箱庭に、いささかあきてもいた。植物なら環境が変わらない方が好ましい。だが人間は環境が変わらないと少々堪える。この事実に、ぼくはぼくが人間であることをうらんだ。
さて、そんなことはつゆも知らないその少女は――
「私、あなたのこと好きよ?」
ぼくはそんな感情、知らなかった。だって世界はぼくを否定してきたのだ。人間が人間に向ける感情は、「排他」しか無いのだと思っていた。でも彼女は、ぼくの心を覆うイバラを易々とすり抜けてぼくの心に触れた。
その少女の名前はサクラ。
ぼくの箱庭に変化を、ぼくの日々に春を、ぼくの心に感情を齎した、かけがえのない存在だ。