植木鉢
「私も若い頃、勉強のためにずっと読んでて
枕にしてたような本がそこにもあったんだよね。
やっぱりその方面の知識も
必要だったんだなぁって、今にして思うよ」
――レジスタンス救護担当の老医者の述懐
南の果て。
レジスタンス一行は、ついに化物の根源と思しき場所に到達した。
しかしレジスタンスの面々の表情は、正直言ってゲンナリしている。およそこれから本拠地に突入する人間がする顔ではない。
だが、これには致し方ないところがある。―――その理由は、ここまで辿って来た道のりが原因だ。
南下する際、彼らは化物によって滅んでいった街や集落をひとつひとつ辿って来た。
その惨状を目に映すことは、同じく化物の侵攻を受けた者として、心を痛める行為だった。
我が物顔で繁茂する植物を憎悪しながら焼き払い、吸い尽くされてしまった人々の恐怖や無念に共感しながら悼んできた。たとえそれが、ただ徒に消耗するだけの行いであるとわかっていても。
だが、進むたびに、人々の無念を、復讐という偽善的な黒い炎にくべて、進軍する動力源ににしてきた。その意味では、マイナスではなかったのかもしれない。
して、そんな彼らが居る、その場所は。
南の果ての海岸線。切り立った断崖に、波が打ちつける音がさびしく響く。
そんな崖の上に立つ小屋だった。
しかし、それは明らかにただの小屋ではなかった。
潮風がもろに当たるようなこの場所で。
桜が、小屋に寄り添うように咲き誇っていることなどありえないからだ。
これまでの経験からして……ドアを開ければ緑一色。
そうなっているだろうと身構えながら、青年傭兵がドアを破る(考えれば当然だが、ドアには鍵が掛かっていた)。
はたして小屋の中を埋め尽くしていたのは、
大量の本だった。
「うへ、埃っぽ」
レジスタンス全員が小屋の中に入ることは出来なさそうな広さであったので、青年傭兵とリーダー、その他2人の4人で小屋を捜索することにした。その間、残りのレジスタンス達は小屋を取り囲んで警戒しながら待機してもらっている。
かなり古い木造の小屋らしい。屋根が落ちて青天井になっているところもある。部屋は小屋のサイズ通りの1部屋のみ。草が覗いている木材の床の上で、それをごまかすように横たわるのはカビか砂利か埃で汚れたボロいカーペットだ。部屋の隅に、これまた蜘蛛の巣が張って時を感じさせる椅子と、セットになった小さい丸テーブル。足を踏み入れると、鈍く床が軋む音と埃が舞い踊る。目につくのはそんなところだった。
本以外では。
壁を床から天井まで埋める書架。その書架に隙間を許さない本、本、本、本。この小屋の主は、本を抜き出しては椅子に座って読んでいたのだろう、なんとなくそんな想像ができる。
ざっと背表紙から察するに、植物についての本のようだが……。
「いやおかしいって。ここが化物の本拠地ってんなら、なんでこんな、本しかねーんだよ。なんかもっと……あるんじゃねーのかよなんか」
少年レジスタンスが、埃っぽい空気にも顔をしかめながら疑念を溢す。
「本当にこんなオンボロ小屋からあんな化物が出てきたって言うのか?」
「この小屋以外に該当しそうな場所は無い」
リーダーが並ぶ背表紙をひとつひとつ見ながら即答する。
「小屋のなかがイメージとかけ離れているのには、確かに同意するが」
「だろ? こんな本しかない場所であんなのができるわけないじゃんかよ。やっぱり別の場所なんじゃねーのか?」
「別の場所、って……だからここしかないんだって」
もうひとりの平レジスタンスの少女が呆れながら少年レジスタンスに詰め寄る。苛立ちを抑えきれない足取りか、床の軋みも鋭くなった。
「そう言うんだったら、別の場所とやらを言ってくれない?」
「んなもんわかんねーよ! でもおかしいじゃんかよ!」
もう2人とも完全に喧嘩腰である。
「話になんない!」「だぁークソ!」
少女は腕組みしながらそっぽを向き、少年は床を蹴る。ドン、と音が響く。
「ん?」「あぁ?」
その音を聞いて、青年傭兵とリーダーが違和を感じ取るのが同時だった。
「あーお前ら、とりあえずケンカはよせ」ひとまずリーダーが2人をたしなめる。
ちょっと遅いよと青年傭兵は思いながら、しかしは思考は別の事に動いていた。
「ごめん、ちょっといい?」
喧嘩をしている2人に近づき、床を意図して蹴る。ドン、と音が響く。顔を上げてリーダーに目配せする。
「やっぱり?」「間違いないね」
カーペットをめくれば、下に空間があることを示す扉が待ち構えていた。