花はまた咲く
「うーわ、ひっどい状況作るわね」
ピンヒールが燃える花弁を踏み抜いた。黒と金のリボンで飾られたサンダル。
そんな物を履いていながら、その女は悠々と苔の上を歩いてみせた。
「お前……誰だ……、いや、それより、ぐぁ……助け、て」
突如として現れたその女へ、青年傭兵が希求する。
「うーん、どうしよっかなー。アナタのこと、正直どうでもいいのよねー」
女はあっさりと、そんな非道なことを口にする。
「まぁでも、どうでもいいなら、助けることもできる、か」
頬に人差し指を添えながら、ひとりでそう呟いてうんうんと頷く女。
「じゃあ最後、こう書いてもらうことにしましょう! ――『復興した街で、青年傭兵は約束通り報酬として饗応を受けた後、また次なる地へと旅立った。どこかで困ってる人が居るかもしれないから。なんでそんなことするのかって? 理由は明白、彼は根っからのお人好しだから』ってね。だから大丈夫よ。そう“なる”んだから」
青年傭兵はわけがわからないまま、そのまま意識を絶った。
「さて」
イバラの籠――今は切れ目に剣が突き刺さっているが――の前に、女が立つ。
「【調律師】のお仕事、始めちゃうよー! ……って言わないと、誰だか判んないもんね」
剣を【調律師】が両手で引き抜く。引っこ抜いて、その重さでちょっとふらついた。
「おーととと。重いよねえコレ」
剣をその辺に突き立てて、【調律師】は次に、指を鳴らした。
すると、イバラがスルスルと退いて、中の人間が露わになる。
ひとつ、浅めの深呼吸をして、【調律師】は呼びかける。
「【世界に仇為した世界樹】さん、起きて頂戴」
呼ばれた、死んだはずの人間が、目を覚ます。
「……サクラ?」
うずくまって座ったまま、顔を上げる。
「ううん違う。サクラちゃんはもう居ないのよー」
「じゃあ帰れ…「呆れた。ホントに自己中なのねアナタ」…」
(……言葉が、スッと入ってくる)
「当たり前でしょ。それが“調律”なんだから」
「なっ……」
「悪いけどアタシはそういう奴なの。アナタと違って、ね」
「……?」
【世界樹】は、釈然としない様子で首を傾げる。
「アナタは」
【調律師】は、その先を言うのが少なからず辛くて、そこでひと呼吸おいた。
「植物と対話なんてしていない。なんなら、サクラちゃんとも対話してない」
「そんなわけない……ウソを言うな、違う!」
「じゃあアナタは、植物の声を聴いたことはあるの? 植物の気持ちを訊こうとしたのかしら?」
「は……っ?」
「アナタは自分の思いを植物に押し付けてばかりだった。対話なんて――意思疎通なんて、していない」
知らない図星を突かれて、【世界樹】の表情が凍る。
「それに、サクラちゃんがなんであんな行為をしたのか、アナタは考えようともしなかった」
「……わかるわけないじゃないか。ぼくはサクラを愛していて、サクラもぼくを愛していたんだぞ。それなのにあんなことをするわけがないだろう!」
「答えは簡単よ? サクラちゃんはアナタのことを愛してなんか居なかったから」
「は?」
【世界樹】の目が見開かれ、口が塞がらなくなる。
「まぁアナタが気付かないのも当然だわ。だって、アナタの世界にはアナタしか居ないんだもの」
「ぼくの世界に、サクラが居ない?」
「そ。しかも今、サクラちゃんしか挙げなかったわね? 植物も居ないじゃない」
自分でも気づけなかった自分の心の事実に、【世界樹】は愕然とする。
「アナタは自分しか、愛してない」
【世界樹】は頭を抱える。頭皮に爪が食い込んだ。
「……ぁ、うそだ、だってぼくはサクラのことをあんなにも……」
「愛していたんじゃない。アナタのそれは、我欲の為。自分がただ単にさみしいから、サクラちゃんを欲していたにすぎないのよ」
次々に暴き出される自分の世界の欠落に、【世界樹】は耐えられず泣き出した。
「ぼくは、サクラは……いったいなんのために」
「でもアナタがそうなってしまったのは、原因がある。今から【そいつ】の所に、アナタを連れて行く」
【世界樹】がハッと顔を上げる。【調律師】が手を差し出していた。
「全部終わったら、サクラちゃんにも会えるかもよ?」
慈愛の瞳と、不敵な口元による微笑みがあった。
「……なにか、できるのなら」ふたりの手が結ばれた。
「あ、さすがにその格好はマズいわね」
全身が泥だか血だかで汚れた全身を曝け出している【世界樹】を見て、【調律師】が指を慣らす。
すると【世界樹】は、肌の色がわかる程度には――つまり見違えるほど清潔になり、緑色の月桂樹の冠に、真っ白なトーガを纏っていた。
「……なにこれ?」
「【世界に仇為した世界樹】って名前にお誂え向きの格好ときたら、こんなもんかなーって。さ、いくわよ」
【調律師】に連れられて、【世界樹】は歩き出す。向かった先はひとつしかない。
地上への、扉だ。
「この扉へ滑り込み、この扉から始まった……まさしく、“扉”ね」
その先で広がる空間は、扉が無数に立ち並ぶ、白い空間だった。
「……んぁ」
青年は真っ暗闇の中で目を覚ました。
ぼんやりと思い出す。小屋の地下で……どてっぱらをブチ抜かれて……変な女が出てきて……
「傷が、塞がってる!?」
腹はもちろん、焼けたはずの喉もまったく痛みが無かった。ということは……
「俺、死んだ!?」
勢いよく上体を起こす、そのまま立ち上がる。暗闇の中で。
柔らかい物を踏みしめる感触があった。足はちゃんとあるらしい。幽霊になったわけではなさそうだ。それとも足のある幽霊になったのだろうか?
前に進もうとして、足がもつれて転んだ。暗闇の中で平衡感覚が仕事していないらしい。
頬に、やけにしっとりした地面が触れた。
「これ、苔か」
そうだ、地下空間は苔で床も壁も天井も埋め尽くされていたのだ。自分は、まだ地下空間に居るということだ。
「……よし、まずは壁を」
そうして彼は、壁伝いに出口を探り当て、地上に出ることに成功した。眩しく眼球を貫くこの光が、これほど嬉しかったことは、これまでもこれからもきっとないだろう……と、青年は目を押さえて転げまわりながら思った。
それから時は流れ、人々はたくましく生き抜き、城塞都市は復興を遂げた。一夜城の残骸が有効活用されたのは言うまでもない。使えるものはなんでも使う、という気概を持ち合わせている程度には、人々は強かだった。
彼らは口を揃えてこう言う。
「花は、また咲くのさ」
復興した街で、青年傭兵は約束通り報酬として饗応を受けた後、また次なる地へと旅立った。
どこかで困ってる人が居るかもしれないから。
なんでそんなことするのかって?
理由は明白、彼は根っからのお人好しだから。
Title:天然素材の人形遊び
Theme:社会からはぐれた人間
Type1:サイコホラー
Type2:人情活劇