おぞましい命
レジスタンスの一団の先頭を進む青年傭兵が、並んだ棺の奥に人影を認めた。
着ている服は、その役目をまったく果たさない程度にはボロボロだ。全身汚れていて、殊に四肢の先は真っ黒に黒ずんでいる。髪も髭も伸びっぱなしで整えられた形跡が無い。
――そんな人間が、壁に寄りかかって、うずくまって、座って居た。
ぎろり、と、小屋の主らしき人間がこちらを視界に入れた。
「お前が化物の親玉か」傭兵が呼びかける。
箱庭の王は、その言葉に反応するでもなく、ぼんやりとこちらを見ていたが、やおら手を合わせた。
それを合図に、地獄が始まった。
尖った根が突き上げてくる。
鋭利な葉が飛んでくる。
鋭い枝が降ってくる。
強靭な蔓が打ち下ろされる。
苛憐な花が喰らい付いてくる。
それらはすべて、炎で焼けば、動きが止まる――はずだった。
しかし、地下の植物は、焼かれても動きが鈍りこそすれ、止まらなかった。燃えたままで、なおも襲ってきた。
レジスタンスが反逆の鍵として見出した炎が、牙を剥いた瞬間だった。
さらに、ここは閉鎖的な地下空間。植物の密度が、一夜城よりも大きかった。
圧倒的な暴力が、絶対的な「排他」が、そこにあった。
抵抗する間もなく枝と根で串刺しにされる者。
炎を纏ったままの葉と草に包まれる者。
種子の雨に全身が穴だらけになる者。
燃える蔦に四肢を握り潰される者。
花に頭から喰われる者、それを助けようと火をかけるも、呑み込むために丸くなった花に叩き潰される者。
化物が蠢く音。植物の噎せ返る匂い。
レジスタンスの悲鳴と、人間が裂ける音。血の匂い。
そして、化物と人間が焼ける音。火葬の匂い。
それらが混ざり続ける阿鼻叫喚。
抵抗する術なく、レジスタンスたちは死んでいく。
ついに逃げ出す者が出始めた。ひとりが逃げ出せば、生き残っている者はそれに倣って逃げ始めた。
化物の目的は「排他」であるが故に、去る者を追う事は無かった。
その流れに逆らって、奥に向かう者が居た。青年傭兵だ。
炎が役に立たないと判った瞬間、松明を捨てて剣だけでなんとか捌いてきたのだ。
「化物が攻撃してくるときの狙いは正確だが、こちらの動きを予測することは無い」
とにかく動き回って一所に留まらないように立ち回ったのも、彼が生き残った大きな要因だった。
先瞬まで自分が居た場所を、無数の根と枝が突き刺していたり、種と葉の雨が降り注いだりしている度に、青年は身がすくむ思いだったが、脚を止めることは絶対にしなかった。
――この方法でしか生き残る勝算は無く、そしてレジスタンスの面々は守れそうもないことが悔しかった。
無論、それでもなお無傷では済まなかった。炎とその熱だけは如何ともし難かった。本当に肺が焼けそうだった。少なからず焼けた腕が引きつって剣を落としそうだった。ただでさえ動き続けて虫の息だった。
それでも彼は、燃える命の地獄を突き抜けて、箱庭の主の前に到達した。
「お前さ、植物好きなの?」
(はやくいなくなれ)
横から伸びてくる枝葉を切り払う。
「なあ、わかってんのかお前」
(じゃましないでよ)
絡んでくる草を刈り捨てる。
「お前のやってることは」
(サクラの言葉が恋しい)
急激に咲き始めた芝桜を踏み潰す。
「自然の摂理に」
(?)
俄かに芝桜が蠢いて巨大な口の形をとる。
「反してんだよォ!」
(! ……そんなわけない)
噛みついてきた化物をひらりと躱して切り伏せる。
「何があったか知らないけど本当に度し難いわ」
(だって植物はぼくの味方で、サクラもぼくに感情をくれて)
箱庭の王をイバラが包む。
「……なんとか言えよ!」
(ぼくの箱庭にサクラが居ないほうが自然だって言うの?)
イバラの籠を切り裂く。
「こんだけ人を殺しておいてお前……」
(人間社会はどこまでぼくを責め立てるんだろう)
青年傭兵が剣を振り上げる。
「許されると思うなよ!!」
「出てって」
傭兵の剣がイバラの籠に突き込まれるのと、ひとすじのイバラが青年を貫くのが、同時だった。
「生き残った人は、その後は平穏に暮らしたさ」
「でも、原因が判らないから、対策も何もできない」
「だから教訓もない」
「だからまた、同じようなことが起こるかもな」
「その覚悟だけはしとけ」
――教えを請われた生き残りの老人のセリフ