「一夜城ってか、でけぇ樹だよコレ……」
どこかの、立派な城壁に囲われた城塞都市には、ある噂が立ち込めていた。
「街が一夜に一つなくなってる、って知ってっか?」
「ええっ、なんだよそれ……」
「南の方からじわじわ、街か村か、とにかく一晩で一つは滅ぼされてるっていうんだ」
「ははぁ、なるほど。最近人が増えたと思ってたが、そういうことか」
「ま、大丈夫だろ。この城壁が俺達を守ってくれるさ」
それから約1カ月後。
城塞都市があった場所は、歪な城に置き換わっていたという。
「と、いうわけなので、この一夜城に潜入してもらいたい」
「そんな即落ち2コマみたいな説明せんでも」
ここはレジスタンスキャンプ。その中核を担うテントで、レジスタンスのリーダーはとある青年傭兵に依頼をしているのだった。
「で、報酬は?」
「街が復興したあかつきに、総力をあげての饗応を」
「そりゃいいね。よしわかった、受けるぜ」
この傭兵は、依頼と報酬が釣り合ってなかろうが気前よく受ける人の好さで、良くも悪くもちょっと有名だった。
「で、近くに来たわけだけど……なんじゃこりゃ?」
依頼主からの情報では、侵略してきた勢力は“化物”だったと聞いていた。ならば出来上がった一夜城もさぞ醜悪だろうと想像していたのだが。
城をひと目見たときの印象は、空中庭園だった。
城壁はそのままだ。もっとも、夥しい量の蔓に覆われているが。
そして、街の中央から巨大な樹木が伸び、その枝葉の先で街だった物が乱れ咲く花に飾られている。
おそらく街の下から樹が生え成長したのだろう、街全体を割り砕きながら。
この一夜城の風貌は、さながら、城壁の部分を植木鉢として育った植物のようだ、と言うこともできそうだ。
……と、とりあえず観察して思ったことを脳内で羅列してみたが、この一夜城がまったく見慣れない、異様な様相を呈しているのは確かなので、次に口を衝いて出たのは溜息だった。
「どうしたもんかねぇ」
とはいえ、嘆いてばっかりもいられない。少なくとも仕事として請け負った以上は、やってみるべきだろう。
「あれ? 普通に門番さん居るじゃん」
ひとまず正門に向かってみた。どういうわけか、鎧った人影が門のそばに2つ。
(いや、相手は“化物”だったね)
傭兵は剣を抜いて、身を隠していた茂みから抜け出て門に近づいた。
――予測は当たったが、功を奏したとは言い難かった。
「うおわ!?」
視界に傭兵の存在を認めるなり、門番の、“化物”の腕が。
2本、勢いよく伸びて襲ってきた。
なんとか咄嗟に避けたものの、自分がさっきまでいた場所に深々と槍が突き刺さっていて、早くも冷や汗が背中を伝う。
化物の腕が引き戻された。伸縮自在な触手らしい。
再び攻撃がくる。傭兵の居た場所を正確に触手と槍が貫く。
さすがに一度見た攻撃だ。傭兵は大袈裟に飛び跳ねて避けてみせた。
伸びてきた触手は、鎧に覆われていなかった。緑色の肌が剥き出しになっている。
(じゃあ、そこを狙えば)
三度攻撃がくる。傭兵の居た場所で正確に2本の触手が交差する。
傭兵は一歩横に逸れて躱し、剣を振り下ろして触手を切断した。
「よし無力化した! これで――」
そう手応えを噛みしめたときには横から殴られて吹っ飛ばされていた。
忘れていた。相手は人型だ。ならば、腕だけでも4本あるではないか。門番の残った2本の触手が飛んできたのだ。
傭兵は、咳き込みながらも立ち上がった。
(大丈夫、まだ動ける)
ただ勢いに任せただけの殴打だ。ずっと喰らっていたら動けなくなるだろうが、弱点を狙った一撃必殺の致命打ではない。
呆れるほど同じ正確さで拳が飛んでくる。
傭兵は横に転がって避け、起き上がって落とした剣を拾いに走る。
門番の攻撃は、一度見切れば単調なものだった。
同じ要領で攻撃を躱し、触手を切断してしまえば、なにもできない門番に近寄るのは容易だった。
そうして門の前には、頭と触手を切り落とされた化物が転がった。
化物とわかっていても、人のかたちをしたモノの頸を切り落とすのはあまりいい気分ではなかったが。
「しっかしまぁ……なんなんだコイツら……」
戦闘中から気づいていたが、肌が緑色だ。
切り落とした部分からは、緑色の粘液が流れ出ている。
また、触手に骨はなかったが、頸を切り落とすときには骨があったりして、息の根を止めるのに手間取ったのだ。
極めつけは脚だ。脛のあたりから地中に埋まっていて、死体が倒れる時には脛が90度に折れ曲がったのだ。それだけ脚が地中に固定されている。試しに脚を引っこ抜いてみたのだが……
「うっわ!? え?」
足首がなく、植物の根がそこから出てきた。
「確かに化物だわな……」
人のかたちを取り、動いて襲い掛かってくる植物。
一夜城が巨大な樹なのも頷ける。
“化物”とはつまり、人も大地も吞み込まんとする植物の軍勢だ。
しかし、勝ち目はあるだろうと傭兵は踏んだ。
少なくとも門番との戦闘で、知性は感じられなかったのだ。規則正しく回る水車のような正確さはあるが、それだけだ。
「これまでの自分の戦いの経験値を以てすれば、勝てる、かな」
その勝算は、門を開いたとたんに崩れ去った。
城壁のなかに、蠢く緑が、化物が、あふれていたからだ。