馬鹿はポイするに限る
学院の食堂に入ると、沢山の視線を感じた。
侯爵令嬢の私が経験したことのない視線。
辺りを見回してみると、サッと視線を逸らされた。
(なに? なんなの?)
困惑しながら食堂内を進むと、原因は直ぐに判明した。
「はい、あ~ん♡ジェイおいしい?」
「すっごくおいしい♡」
食堂でイッチャイッチャしてるバカップル。
片方が私の婚約者じゃなかったら無視できたのに!
浮気するなら隠れろ!!学生のお遊びで済まなくなったじゃないか!!
報告は受けていたけれど、たった一ヶ月でここまで馬鹿になるとは…頭が痛い…。
お父様、何故こんな馬鹿を私の婚約者にしたのっ!
禿げてしまえッッッ!
ハァ…少し突っ込んで聞いてみるしかないわね。
こんな堂々と浮気されたら、我が家が舐められるわ!
「アラーナ男爵令嬢、ちょっと質問に答えていただける?」
「ええーなんですかぁ?」
このイラッとくる話し方、どうして男性に人気があるのかしら。
最近の愛人狙いの下位貴族令嬢は、みんなこの話し方するのよ?流行りなの?
はっきり言って殴りたい…!
「最近、私の婚約者のジェイド侯爵令息にお近づきになっているようだけど、愛人狙いなのかしら?」
「ひどぉーい、わたしぃジェイ様とは愛し合ってるんですぅ」
くぅぅ、愛し合ってるとかどうでもいいのよ!
ジェイド・バラガン侯爵令息(三男)は、我が家に婿入り予定なの!
個人資産があれば、婚姻後に愛人を囲うくらい許すけど、彼はハッキリ言って貧乏。
侯爵家も借金持ちだし、本人の収入も皆無なのよ!
愛人なんて囲えない、ハズレなのよ!
ソイツは愛人狙いの下位貴族令嬢の間では、“三無し(爵位無し・金無し・能無し)”と呼ばれる事故物件。
顔はまあまあ良いかもしれないけれど、それだけよ!
誰か教えてくれるお友達はいなかったの!?まあ、いないわよね!関わりたくないもの!わかる!
と言うか、既に私との婚約が危ぶまれてるの。
婚約解消が決まって慰謝料払ったら、彼は放逐される予定なのよ?わかってないでしょう!
あなた、このままだと道連れよ!?
いや、まさか、もしかして、婿取りの可能性が、あるの…?
「えっと、婿取りを狙ってるのかしら?」
「わたしがジェイのお嫁さんなんて♡はずかしい〜」
ダメだわ。会話が成り立たない。
これじゃ婿取りか愛人狙いかわからないわ。
もう、アラーナ男爵令嬢のことは諦めましょう。
愛人狙いなら、まだ他の人に鞍替えできることを伝えたかったのだけど…もう無理ね!
こんな公の場でバカップル晒してるんだもの、納得済みよね!うんうん。
彼女を微笑ましく見つめてるジェイド侯爵令息にハッキリして貰えばいいわ!
ついでに、婚約解消を匂わせておけばいいわね!
お父様にはすぐに動いて貰いましょう!この後の授業は早退するわ!
「ジェイド様、父からはまだ話し合いの段階だと聞いておりましたが、既に次のお相手を見つけられたのですね?おめでとうございます!」
「え?うん?ありがとう」
頭の回転、遅過ぎじゃない?
放逐されて生きていけるのかしら…
まあ、もう関係ないけど。
5年前に、借金の申込みのついでに渡された人質みたいな婚約者だったけど、やっぱり要らなかったわね。
当主補佐の勉強も婚約当初からサボりがちだし、課題も半年以上提出してないらしいし、彼もこの婚約に不満があったのでしょう。
うんうん、貰い手が見つかって良かったわ!
元から婚約解消の話が出ていた事はさっきの会話で広まるでしょうし、数日中には事実にできるはずよ!
お父様もこれで強気に出られるでしょう。
醜聞になる前に、バラガン侯爵も流石にもう諦めるはず!
はあーーー、馬鹿はさっさとポイしないとダメね。
もうここに用はないわ!帰りましょう!
「それでは、お二人ともごきげんよう」
やだ、スキップしちゃいそう!
次の婚約者は、絶対に一緒に面談させてもらわなくちゃ。
優秀な王宮の文官辺りから即戦力が欲しいわね!
2日後………
「リーナちゃーん!婚約解消してきたよー!」
「早いですわね!流石ですわ、お父様!」
婚約解消の手続きが終わるまでは、と自宅待機してプレッシャーをかけ続けた甲斐がありましたわ!
「慰謝料はちょっとだけにしたけど、借金の返済予定はカツカツにしといたよ!さっさと縁切りしたいもんね?たぶん、ジェイド君を学院卒業させる余裕はもうないかな〜」
「まあ!なんて素敵!私が当主になる時には完済して下さってると嬉しいですわね!…そういえば、お相手の男爵家はどうされますの?」
アラーナ男爵令嬢にも、慰謝料請求しとかないとね。
あんな堂々とイチャイチャされてましたし。
「ああ、男爵は一応、馬鹿を引き取ってくれるからサービスしといた!これから馬鹿二人を抱え込む可哀想なお兄さんが、領地で彼らを囲ってくれるって」
あら、婿取りじゃなかったのねえ。
お父様がサービスするくらいだから、お兄さんはまともってことね。不憫だわ…
「後ね、お城で新しい婚約者候補みつけたよ!伯爵家の四男で、財務の文官なんだけど、パワハラで死にそうな顔してたから、我が家に貰っちゃおう!」
「まあ!財務の文官!即戦力ですね!素敵!」
「聞いた話だと、家族と疎遠で、婚約者や恋人もいないみたい。今から詳しく調査するよ〜!」
「問題なければ、すぐにでもお迎えしましょう!」
まあまあまあまあ!
次の婚約者候補がこんなあっさり見つかるなんて!
きっと、元婚約者と縁が切れたから悪運も去ったのね!
10日後………
「遅れて申し訳ございません。上司からの急な呼び出しがありまして…ケビン・スヴェアと申します」
目が…死んでますわ。
目元の隈も濃いし、顔色も悪いですわ。
パワハラの話は聞いてましたけど、これは一刻も早く救出しないと病んでしまわれますわ!
「エカテリーナ・ベスタですわ。ケビン様とお呼びしてもよろしくて?私のことは、エカテリーナとお呼び下さい」
「はい、エカテリーナ嬢と呼ばせていただきますね」
たぶん、微笑んでるつもりなのでしょうが、真顔ですわ…
ピクリとも表情が変わらないのに、声だけ柔らかくなられてますわ…
これは、もう、病んでらっしゃるーーー!!!
「ケビン様!私とすぐに結婚しましょう!お仕事は辞めて、我が家で補佐をしてください!私が幸せにいたします!」
大丈夫!彼とならすぐにでも結婚できるわ!
伯爵家では予定外にできた子として放置されていた彼は、自力で勉強して王宮の文官になった努力家。
友人も問題なし、素行も問題なし、女性関係も問題なし、性格は穏やかな好青年!
見た目も素朴な感じで好感が持てるわ!
彼が伯爵家との繋がりを嫌がるなら、我が侯爵家が黙らせます!なんならパワハラ上司もポイしましょう!
持ってて良かった、権力!
全ての憂いを晴らしましょう!
「え、え…?」
ぽかーんとした彼の瞳に、少しだけ光が戻った。
きっと、この顔合わせに貴方は、伯爵家から言われて仕方なく来たのでしょう?
今日パワハラ上司に呼び出されたのは、この顔合わせがバレたからなのでしょう?
実家での環境とパワハラのせいで自己評価が著しく低くなっている貴方は、自分は婚約解消したばかりの令嬢の婿候補の一人くらいに思っていて、自分が選ばれるなんて欠片も思っていなかったのでしょう?
でも、残念!
こちらは、貴方の受け入れ準備バッチリよ!
逃がす気はないわ!
「ケビン様は努力家だと伺ってます。これからは、私と一緒に侯爵家を守ってくださらない?」
「…………僕で良ければ」
よっし!言質いただきました!
「では、お父様の執務室に行って話を詰めましょう!ケビン様のお部屋は既に準備してありますから、後で案内しますね。いつでも引越していらっしゃって?」
「へ…?」
「さあさあ、参りましょう!」
学院の卒業資格は既に取ってあるから、もう行かなくていいわね!元婚約者に合わせて通ってただけだもの。
これから必要なのは、ケビン様との交流の時間だわ!
ケビン様には今月末で退職してもらって、たっぷり休養してもらいましょう!
結婚式までに笑えるようになってもらわないと!真顔の新郎なんて嫌ですわ!
1年後………
笑顔の新郎新婦が、教会で結婚式を挙げた。
「リーナ、幸せになろうね」
「もちろんですわ、ケビン様!」