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私という存在

作者: 神無月 零

「でさぁ~マジ意味わかんないと思わない??私こんなにアピってんだから髪切ったの気付けよって感じなんだけど!!」

「あ、そうだね…せっかく彼氏さんの為にこんなに綺麗になった千紗がかわいそうだよ。」

そう私が答えると、口角が上がった。

まるで待ってましたと言わんばかりに。

「やっぱそうだよね~!!朱莉は私の気持ち分かってくれると思った。」

さっきとは打って変わって、眩い笑顔になり私はほっと安心する。

きっとこう言えば、相手は満足するんだろうというのが長年の友人関係を通して分かるようになってしまった。

良く言えば『周りをよく見てる』、悪く言えば『自分の意見がない』。

何でこんな性格になってしまったのか、自分でもよく分かっていない。

もうこれは生まれた時からなのだろう。

「~~だと朱莉も思わない?」

「うん。それはひどいよ、彼氏さん。」

自分の意見を言うことなんてない。

その場の雰囲気で私の意見なんて求められていないことが分かる。

そこに”私”という存在はいらないのだ。

ただ都合の良い、認めてくれる人間がいればいい。

そうすれば、その場の雰囲気を壊さず物事が滞りなく進む。

千紗は集合した時より数倍元気になって、「じゃーね!!」と私に大きく手を振って帰って行った。

私は小さく振って、背中を向け歩き出した。

千紗の話、何にも頭に残ってないや。

結局、彼氏がいるということを彼氏がいない私に自慢したいのだということしか伝わってこないし。

本当に無駄な時間。

でもこんな私と会ってくれる数少ない貴重な友人。

私は全く楽しくないけど。

こんなテンションで明日も仕事とかしんどすぎる、と私は帰路の途中にあるスーパーへ入った。

もうどうにでもなれと、冷えたチューハイの缶を4本取りおつまみも適当に購入した。

自宅に着き、プシュといい音を鳴らし直ぐに口へ流し込んだ。

思えば私の記憶がある幼少期は全て親の言いなりだった。

母の口癖は『私の言う通りにしていれば、絶対大丈夫。』

所謂私の母はモンスターペアレントだ。

末っ子の私は良く分からないままレールを敷かれ、そのまま進んできた。

私から何か熱望したことも何度かあったが、

『それ本気で言っているの?』

『私の言ってることが信用できないの?!?』

等々…受け入れられたことはない。

その際に手を上げられるのもうんざりしていた。

鼻血が出るまで顔を殴られたこともあれば、物を使って頭を殴られたこともある。

姉は強く、母から何を言われても何をされてもへこたれずに有言実行をして見せた。

姉の強靭なメンタルは行動力はそうやって培われているのだと、痛感する。

だってそれに私は耐えられなかったから。

今だったら、『それは虐待ですよ!』とか簡単に発信できる世の中だから何か変わっていたかもしれない。

今の子は恵まれているな、なんて思うと自分がいかに年を取ったか自認してしまう。

親との関係は小さい頃からそんな感じだったから、本当にきつかった。

何で私が生きているか分からなかったし、ただただ死を望むばかりだった。

でも親がいない学校や塾が楽しくて仕方なかった。

友人に救われたと言って過言でない。

大人になった今でも連絡を取っている子なんていないが、当時は本当に救われた。

私の親が特殊だと判明したのは、高校生になってから。

友人に普通に家族の話をしていたら引かれた。

「え、それマジ?だとしたらやばくない?」

と言われ私は何がやばいのか分からなかった。

生まれてからずっとそんな感じだったから、何が可笑しいかなんて分かるはずもなかったんだけど。

ここが私の人生のターニングポイントだと思っている。

それまで私が抱いていた違和感は、友人間では『普通』と認められたのだ。

最初は戸惑ったが、と同時に安堵し涙が流れた。

私が苦しいと思っているのは、普通の感情なのだと言われ私自身を認めてくれた。

その事実が堪らなく嬉しかった。

そこから私は親と距離を取るようになった。

出来るだけ会わないようにする為に、朝は母より早く起き自分で朝ご飯とお弁当を作り母が起きる前に学校へ向かった。

部活等に無所属だった私は、家に帰ると自分の部屋に閉じ籠った。

母が仕事から帰ってくると、そのまま習い事に行く為一人で晩御飯を食べ風呂に入り直ぐ自分の部屋に閉じ籠った。

そして行事毎についてのプリントは全て学校で捨て、学校のことを何も伝えないようになった。

そんな対応をしていたからか、母から「温泉に行こう。」と突然誘われた。

私は嫌がったが、無理矢理車に乗せられた。

しかし、行く先々は大量の人。

待ち時間が数時間を超えていた。

私は元々乗り気でなかったのに、更に待ち時間でイライラが増してつい口が滑った。

「まじ何で連れてきたの、意味分かんない。」

その次の瞬間、私の右頬に衝撃が走った。そして私の眼鏡が車内で飛んで行った。

視力が弱い私はぼやけすぎて何も見えていなかったが、母が怒っているということは分かる。

そしてビンタをされたということも、血の味で分かった。

ヒステリックになっている為、何を言っているのか全く分からなかったが怒鳴り声が止まらない。

私は眼鏡を探して、身に着けようとしたが母がハンドルを回しどこかへ落ちて行った。

恐らくもう帰るとでも言ったのだろう。

私はしゃがみながら眼鏡を探して、帰路に着いた。

家に到着し、私が車から出ようとすると母が私の前髪を掴んできた。

そして眼を飛ばしてきて、ゆっくりと口が開いた。

「何か言うことないんか。」

きっとさっきの態度が気に食わないから、私に謝れというのだろう。

面倒な人間だと心底思い、そっぽを向くと左頬に衝撃が走った。

母に反抗する私が気に食わないのだろう。

身体に痛みが走る度に、脳内は冴えていった。

そしていつの間にか私からは鼻血が出ていた。

全てが面倒になり、私は言葉だけの謝罪をした。

それでも気に食わなかった母は、私の頭を無理矢理下へ下げた。

そんなに怒ることか、と全く納得できなかったがそれで部屋に籠れるならいいと思うことにした。

急いで風呂に入り、歯を磨いて髪も乾かさずに部屋に駆け上がった。

その時の私は漫画にドはまりしており、二次創作も嗜んでいた。

月々支給されるお小遣いを全てつぎ込む生活を送っていた為、部屋は漫画本だらけ。

私はそんな自分の空間がとても愛おしかった。

しかし、行動予測不能の母が私の部屋に勝手に入り二次創作を目にした。

そして私の二次創作の本を目の前で床に投げ捨て、

「こんなの読んでるの?気持ち悪い。いい加減にして。」

と吐き捨てた。

母とは一生分かり合えないと思った瞬間でもあり、大学は県外に行くと決心した瞬間でもある。

出来れば顔を合わせたくない。ただその一心で勉強に打ち込んだ。

私の話を聞いてくれた友人たちは、私のことをまるで自分のことかのように親身になってくれ応援してくれた。

見事合格を勝ち取り、優雅な独り暮らしが始まった。

独り暮らしを始めた当初は一週間に一回母が突撃し、いつ帰ったか起きたか連絡をしろ等とても面倒だったが、最終的には無視するようになったのでとても充実した生活だった。

何をしてもするにも、自分次第。

これまでの私は全て母任せだった為、とても新鮮だった。

そして私が如何に世間離れしているかも知れた貴重な体験だった。

まず親なしでご飯に行ったのは大学から。

友人たちで話し声や時間を気にしないで、好きなだけ語ったのも。

洋服の相場を知らず、通常よりグレードが高い洋服を買ってしまう。

今となっては面白恥ずかしい話だが、大学に出ていなかったら何も知らなかったのだろうと考えると恐怖が襲ってくる。

大学で色んなことを経験し、やっと最近物怖じせず自分の意見を言えるようになってきた。

通常の場合であれば。

友人関係だとどうしても、聞く側へ回ってしまい何も言えなくなる。

私のことをどう思われているか、相手はどういって欲しいかにどうしても重点が行ってしまう。

友人と会うと、本当に自分はダメな人間だと痛感するばかりだ。

昔のことを考えながら飲んでいたら、いつの間にか全て空になっていた。

缶を潰し、その日は早々に寝た。

明日の仕事に響かないでくれと祈りながら。

次の日、少しの倦怠感を抱えながら職場へ向かった。

早く仕事が片付けと思いながら、手を動かしていると携帯が振動した。

確認すると、母からだった。

既読をつけないように内容を確認すると、『結婚できる人の定理』『お勧めマッチングアプリ!』…等結婚を焦らせる記事をいくつか送信してきていた。

以前実家に帰った時に「彼氏いない」と言ったからこの調子だ。

直接電話で言われることもあるが、声しか伝わらないし適当に聞き流している。

私の両親を見ていて結婚=幸せという方程式は私の中では成立していない。

寧ろ、一人の方が気楽でいいと考えてしまう。

だからたかがぽっと出の男に、そんなに夢中になれる友人の気持ちは全く分からなかった。

自分のこともよく分からないのに、それを他人と共有するなんて…

友人の話を聞けば聞く程、男に依存している考えの人が多すぎて吐き気を覚える。

そこに自分という価値は見出しておらず、全て相手に委ね傍にいたいんだそうだ。

共感も何もない私は、全て聞き流すことにしている。

男が絡んだ友人の話を聞くのは楽しくないし、幻滅することばかりだ。

知らない方がいい。

そう思って私は、笑顔で話を聞き流すのだ。

「石川さん、どうしたの。携帯持ったまま固まって。」

背後から声が聞こえ、思わず携帯を落としてしまった。

「ごめんごめん」と謝りながら、私の携帯を拾ってくれたのは先輩の片谷さんだ。

「はい、驚かせてごめんね。」

「すいません…すぐ業務に戻ります。」

「いやいや、無理しなくていいんだよ。ただ俺がどうしたのかなって思っただけだから。」

片谷さんは、「次からは驚かせないように声を掛けるね。」と言い残し外回りへ行った。

すかさず、後輩の女の子が寄ってきた。

「え、あの石川さんって片谷さんと仲良いんですか??」

とても面倒だと思いながら、笑顔を作る。

「いえ、ただの先輩です。

入社の時から面倒見て頂いてるだけで。」

聞いてきた人は明らかに安堵し、私の場から離れた。

実際、片谷さんとは何もない。

2人でご飯に言ったこともないし、本当に会社でたまに話すぐらい。

その偶然を見られてこんなことよくあってしまうのだけど。

私は仕事を早く終わらすことだけに集中して、午後の業務に向き合った。

何でそんなに男女と言うだけで、色恋があると思われるのか。

昨日の千紗のこともあり、凄くイライラしながら自宅に着いた。

これまでの人生、何度か彼氏が出来たことはあった。

好きな人止まりだが、恋する乙女にもなった。

でも楽しい感情なんて殆どなかったように思える。

好きになった人は、浮気性か私を浮気相手にしようとする人間性を疑う人ばかり。

私の見る目が無さ過ぎて、自分に嫌気が差す。

学生時代幾度も私は同性が好きなんじゃないかと噂されたこともあった。

しかもそれは何故か決まって彼氏がいる時期。

私がそう思わせる行動をとっているのか、と思い返すが良く分からない。

早く寝ようと、晩御飯を食べずに風呂に入った。

身体を洗いながらふと考えてしまった。

そういえば私、いつから寝てないんだ?

社会人になってからはゼロだから…大学時代か…

うわっ…だいぶやばくないか?

これはセカンドバージンと言っても過言ではないのでは?

そう思うと急に私の中で焦りが出てきた。

取り敢えず友人に「男を紹介してくれ」と連絡をしてその日は寝た。

ぎりぎりに起きてしまい、適当に荷物を詰め全力でバス停まで走った。

何とかいつも乗っているバスに間に合い、携帯を確認すると大量の通知が来ていた。

原因は私の数少ない友人。

「任せろ、タイプはどんなだ?」

「こいつは?」

写真と簡単なプロフィールを送ってきてくれている。

適当に流し見したが、ピンとくる人はいない。

どうしよう私もしかして、心死んだか…?

正直に「ごめんどうしよう、ピンとくる人いない。」と友人にメッセージを送信した。

すると直ぐ返信が来た。

「だろうと思った。じゃあ今週の金曜日クラブ行くか。取り敢えず男探しに。」

私は人が多い所が苦手な性格の為、夜全く出歩かない。

お酒も強くないので、私にとって飲み会は地獄と同義だ。

驚きが隠せなかったが、荒療治の方が効果あるかもしれないと友人の提案に乗った。

そして会社に到着し、いつも通り机に向かう前にトイレに向かった。

今日ちゃんとメイク出来てないからせめてもの抗いを…

下地と眉毛だけしかしていなかった為、血色はゼロ。

始業前に着くように習慣づけてて本当に良かったと、こういう時実感する。

パウダールームでメイクをしていると、トイレの方から先日の後輩の声が聞こえてきた。

「石川さんってやっぱり片谷さんのこと狙ってるよね~。

その癖聞いても余裕アピールか分かんないけど、澄ましちゃってさ。」

やはりこの間のは勝手に敵視していたのか…

というか会社のトイレでそんなプライベートのことを言わない方がいいのではないかと思いながら、私はメイクを進めた。

「久美片谷さんガチだもんね~。ご飯行ったんでしょ?どうだったのよ。」

「片谷さんず~~~~~っと石川さんのことべた褒めなの!!マジ意味分かんない!!私とご飯食べてるのに有り得なくない?」

片谷さん頼むから変なことをしないでくれ…

私会社で反感買いたくないんだ…だから仕事黙々としているのに。

その後、私への悪口がヒートアップしていった為パウダールームを後にした。

手前にパウダールームがあって本当に良かった。

後輩に仕事振りずらくなってないといいなと淡い期待を持ちながら、仕事に取り組んだ。

金曜日に自分がときめく人を探しに行くと決まっただけで、定時に上がる様にと少しやる気が出ていた。

そんなに期待はしていないが、新しい所に行くという事実が私に好奇心を与えた。

その調子で金曜日を迎え、私は定時に上がれた。

一度家に帰って、メイク直しをして洋服を変えて友人と会うことに。

久し振りに女を意識した装備したなと思いながら、待ち合わせ場所へ向かった。

地味な私とは反対に、とても目につく格好をしていた友人が手を振っていた。

友人は慣れた様子で、「タダ酒~!」とテンションが高いままクラブへ行った。

真っ黒の外観から海外の曲の爆音が流れる。

ライトが色とりどりに素早く動き、早くも自宅へ帰りたいと思った。

友人は直ぐにナンパされ、私を離れて男の人と何処かへ行ってしまった。

一人きりになった私は、帰ろうとドアへ向かうが人が多すぎて全く進めない。

「ねぇお姉さん、一人?」

後ろから声を掛けられた。

私のことかと自覚したのは、声を掛けた少年が私の手を掴んでいたから。

驚きすぎて、動けずにいると少年は私をカウンターへ引っ張って行った。

「はいここ座って、何がいい?奢るよ。」

「じゃあ烏龍茶で…」

クラブに来たら、女性は奢られるものだと友人が言っていたことは本当なのだと少し感動していた。

ていうか私より年下に奢られるのは少しというか気が引ける。

烏龍茶を頼むと、少年は何故か笑っていた。

「お姉さんクラブ初めてでしょ?あのね、クラブにはお酒しかないよ。烏龍茶奢ってっていう人俺初めて!」

酒しかない店なんて恐ろしすぎる場所だ…

飲めるものがないなと思っていた私を少年は外へといとも簡単に連れ出してくれた。

そしてコンビニに入り、烏龍茶を買ってくれた。

「はい、ご所望の烏龍です。」

にやにやとしながら、私に渡してきた。

お礼を言い、少し散歩しながら他愛ない会話をした。

「え、クラブ人生初だったの?どうでした?」

「もう二度と行かないかな…すっごい疲れた。」

「あはは!」

終電近くまでこんな調子で沢山話して、少年は私を駅まで送ってくれた。

別れようとすると、「連絡先教えて」と言われた。

話していて楽しかったので、私は快くその提案を受け入れた。

そして私の携帯にいつ振りか分からない男の人の連絡先が入った。

『kai@やぴ』と表示されていた。

殆どが家族を占める私の連絡先にとても若いこの連絡先が場違い感が凄くて、画面を見て思わず笑ってしまった。

友人には帰ると連絡を入れ、直ぐに家に帰った。

久し振りにこんな夜遅くまで外にいたのが、身体に来たのかすぐ眠れた。

いつもの休日より少し遅く起き、携帯を見ると少年からメッセージが来ていた。

「昨日は楽しかったね!また会ってくれる?」

取り敢えず私は「時間が合えばまた」とだけ返し、のんびりと朝ご飯を食べた。

今日は何をしようか…掃除を徹底的にしようと一日中掃除をして画面越しの推しを追いかけて終わった。

寝ようとした所、私の携帯が振動した。

「今何してる?昨日の所、来ない?」

少年からメッセージだった。

もう寝るだけの準備は整っている。

私は知らないふりをして、布団に入った。

私のリズムを崩されるのは御免だ。

日曜日は友人から「緊急集会!!」と集合が呼びかかったので、喫茶店に向かった。

「実は…この間一緒に行ったクラブでナンパされた人と…」

お酒の勢いがあり、そのまま二夜を共にしたらしい。

何故お酒が抜けてからも一緒にいたのか良く分からないなと思いながら、適当に話を聞き流していた。

私どうなりたいんだろう。あの少年としたいのか?

軽く考えたが、気持ち悪さが来てしまった。

やっぱり恋愛は向いてないなと思い、友人は積極的で凄いなと改めて実感しながら頷いていた。


「石川さん、今度皆で飲み会するんだけど来られる?」

月曜日、私が席に座った瞬間片谷さんが話しかけてきた。

私がお酒飲めなくて飲み会も嫌いだというのを分かった上でなんてこと言ってくるんだ、と表情に出さないように

「いえ、結構です。」

とだけ言ってパソコンを立ち上げた。

「いやー無理だったや、ごめんね。」と後輩たちと話しながら片谷さんは何処かへ行った。

人と仲良くなるのに、お酒の力を借りないと無理だなんてその考え方がすでに無理。

早く仕事を終わらせて家に帰ろうとパソコンに向き合った。

定時を少し過ぎて私の仕事は終わり、帰宅しようとすると後輩が私の行く手を阻んだ。

「どうしたの?私帰りたいんだけど…」

「石川さん、本当に来ませんよね?飲み会。」

今朝のことか、とすぐ分かった。

どれだけ私のこと目の敵にしてるのよ…と思わず溜息が漏れる。

「行かない。お酒好きじゃないしね。」

「ならよかったです。お疲れ様でした。」

片谷さんのこととなると周り見えなくなるけど、ちゃんといい子なんだよな…

私はエレベーターのボタンを押し悠長にそんなことを考えていた。

「なんで石川さん来ないの?」

嫌な予感を感じながら声の方へ振り返ると、片谷さんだった。

「私は飲み会好きじゃないので。」

私が入社して教育係として、指導をしてくれた片谷さん。

後輩の私にも敬語を話してくれ、仕事とプライベートをきっちり分けるタイプの人だ。

その性格にとても救われているのも事実。

だが、会社の飲み会の時は少し話が変わる。

多少強引に私を連れて行こうとするのだ。私がどんな言い訳をしても。

いつも無表情の私がお酒が入ると饒舌になりとても愉快になると、初めて参加した飲み会で軽く噂になる程度にはやばかった。

そしてそれを片谷さんはとても弄ってくる。

それ以降、仕事関係の人とはお酒を飲んでいない。

「えーー今日他部署の人も来るんですよ。交流の場としてどうですか?」

「大丈夫です。仕事を通して、私なりに交流していきます。」

早くエレベーター来てくれという一心で、▼ボタンを見ていた。

その思いが通じたのか、到着音が響く。

「では失礼します。」と軽く会釈し、扉を閉めて下へ降りた。

何でそんなに私に絡んでくるんだ…不安なのは百歩譲ってわかるけど。

やっぱり私人と関わるの向いてないなと再認識して、帰路に着いた。


「え、石川さんそれまじで言ってます?」

次の日、昨日の飲み会に行った同期の人に驚かれた。

「いやどう考えても…片谷さんは石川さんのこと好意的に思ってると。

見てて思います。」

と言われたが、納得できず「そんな根も葉もないこと言ったら片谷さんに失礼ですよ。」と返した。

同期の人は昨日がいかに楽しかったか、をわざわざ話に来てくれたが惹かれる所は無かった。

あまり動かない私の携帯が震えた。

確認すると、例の少年からだった。

「ねーいつ会えるの?俺、朱莉さんと話したい。」

最近の子はこんなに積極的なのか…と羨ましさがあるが、面倒臭さ半分。

私はもう話すことないんだよなぁ。

連絡先教えたの、駄目だったかも。

「働いてて忙しいんでしょ?なら電話は!!電話!」

返信に困っていると、カイくんから連投された。

とりあえず私は「電話なら帰り道に出来る」と返信して、鞄にしまった。

同性の友人以外で電話するのいつぶりだろうと、違和感を抱きながら仕事をした。

集中出来なかったからか、終業時間がいつもより遅くなってしまった。

私は急ぎ足でバス停へ向かった。

バスに揺られてる中、カイくんに「もうすぐ電話出来る」と連絡した。

カイくんは待ってましたと言わんばかりに即レスが来た。

「本当??やったー!!」

可愛らしいスタンプが次々に送られてくる。

画面越しにテンションが上がってるのがよく分かる。

最寄りのバス停に着き、カイくんに「今なら大丈夫だよ」と連絡した。

コール音が鳴り響く。

「も、もしもし。」

「もしもぉーし!!!もう!朱莉さんあれからクラブ来てくんねぇし、まじ忙し過ぎない??社会人まじ怖いんだけど!!」

この間初めて聞いた声なのに、こんなにも安心する自分に驚きが隠せない。

「ごめんごめん。あの行った時が本当にイレギュラーだったんだよ。」

短い帰り道をいつもよりゆっくり歩いて、カイくんと話をした。

仕事がきついとか、勉強だるいとか中身が全くない話。

ゆっくり歩いた筈なのに、帰り道がとても短く感じた。

「…じゃあ、家着いたから。

電話ありがとう。」

「えーー!もう??…じゃあまた電話してね!

お休み!!」

お休みと第三者に言われたのはいつぶりか分からず、胸が踊った。

これは恋なのか…恋の序章なのか?と考えながら布団に入った。

いつもならすぐに眠れるのに心音が五月蠅く感じて、なんだか体温も高くなっているのではないか?と色々考えてしまってあまり寝れなかった。


いつもの自分でなくなったみたいで、仕事終わりに友人に話を聞いてもらうことにした。

よって今日も定時上がりを目標に、仕事に取り掛かった。

「石川さん、今日張り切ってるね。」

私はわざとパソコンから目を離さず、答えた、

「今日は用事があるので。」

私がこんなに話しかけないで欲しいという雰囲気を出しているのに、何故わざわざ来るのか片谷さん。

私は女の争いが面倒なんだよ…

「そっか…じゃあ頑張ってね。」

いつもより関わってこなくてほっとし、目の前の仕事を片付けていった。

無事定時上がり出来、急いで会社を後にして待ち合わせ場所へ向かった。

「それは恋ですね。おめでとうございます。」

友人は私の話を一度全て聞いた後、そう言った。

朱莉にも春か~なんてしみじみされた。

「で、相手職業は?顔どんなんよ。年は?」

カイ君の見た目に対して何も言っていなかった為、怒涛のように質問が来た。

それに対して私は一つずつ分かる範囲を答えていった。

すると段々と友人の顔が曇って行った。

「朱莉、あんた結婚する気あるの?

年下はまだいいとしても、クラブでバイトするような美容専門学生でしょ?

稼ぎもたかが知れてる。そのカイ君と朱莉で将来のビジョンは見えるの?

私達はもう結婚適齢期で、焦りとかないであろうカイ君とは本気度が全然違うの。

単刀直入に言うけど、恋愛している場合はないよ。」

この間知り合った人に対して、結婚まで考えていなかった。

というかカイ君に対しての気持ちを聞いてもらう筈だったのに、大分変わってしまった。

酒が入って、気が大きくなってる友人に「結婚相手選びは慎重に!!」と散々釘を刺され、その日は解散した。

カイ君に私は何を期待していたんだろう。


話し相手?


添い寝?


身体の関係?


考えれば考える程分からなくなり、私はカイ君の連絡先を消した。

恋愛してる暇はない…か

そう思うと未来へ莫大な不安が押しかかってきて、取り敢えず週末婚活パーティーへ出向くことにした。

出会いがないのは明らかだし、そういう場の方が結婚に対しての本気度が伝わると聞いたことがある。

いつもより丁寧にスキンケアを始め、マスカラをしちょっといい口紅と香水を身に着けて会場へ向かった。

意外と人が多く会場の華やかさに、驚いた。

女性は座ったまま動かないで、男性が気になった女性に話しかけに来るというスタイルで私の所にも来た。

結果から言うと、気疲れして終わった。

自分の中で最上級のお洒落をして、話しているのは自分が恋焦がれている人でも何でもないただの知らない人。

そして大体自分の話をしたり、私の話を聞くフリをして私の身体を舐め回すように見てトークタイムが終わった。

ただただ疲れ、何もかもが嫌になった。

この感じは就職活動と類似している。

自己アピールを第三者にして、他の人より自分の方が優れていると認めさせる。

どれだけきつくて忌避していたかを回顧している。

こういう時は自分の趣味に走るに限る。

そして私はアニメを流して、ただひたすらに画面を眺めていた。

いつの間にか休日が終わっていた。

久し振りに自分の時間を作ったからか、とても心が穏やかだ。

結婚向いてないと、思うことばかりで疲弊していたから暫くのんびりしよう。

いつものようにバス停に立っていると、背後から衝撃が走った。


ガスッ


そのまま前に倒れ、何が起こったか分からなかった。

ただ周りが赤く…一面を赤が占めていた。

「なんで連絡…取らなくなったんだよ…

俺のこと放っておいて男の所ホイホイ行きやがって!!!!!」

真っ赤に染まった包丁と手を私に何度も振り下ろしてくるカイ君は、泣いているようだった。





「ニュースです。

本日都内のバス停にて、少年が女性を包丁で刺し殺す事件が起きました。

少年は容疑を認めており、『俺だけを見てくれなかった。』と供述しているようです。」

「ー速報ー少年はネグレクトを受けていた?!」

「狂った親による教育で、少年は歪んでしまった ー未来ある少年の今後はー」


連日、あの少年のニュースが止まらない。

俺はあんなに近くで石川を見てきたのに、守ることもできなかった。

ただ思いを寄せるばかりで。

石川の教育係に選出されたことを未だ鮮明に覚えている。

とてもかっちりした真面目な子だった。

分からないことがあれば直ぐに聞いてきてくれて、教えた以上に成果を上げる優秀な人で。

彼女のことを思えば思う程、自分の無力さに苛まれる。

「あの少年は、年齢を詐称していたらしくてね数年後には釈放されるようだよ。

恐ろしい世の中だと思わないか、石川。」

墓掃除をしながら、いつもなら嫌がられて出来なかった口調で話をする。

もっと話を君としたかった。


「私の中では、君は消えない。」

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