半田宏樹(中学生 春) 回想
宏樹が回想で語っているように始まるが、途中で中学生の宏樹になってしまっている。
確か、三人称を書こうとしていろいろ挑戦した結果がこれである。
中学二年の春だった。当時の俺はクラスにも馴染めず孤立してしまっていた。その元凶となったのが、小学校からの腐れ縁の板橋奈緒子だった。
恐ろしく可愛らしい女だった。こいつのことが嫌いな俺でも視界に入れば目で追ってしまう。そんな魔性の力があるようだった。
こいつが小学校高学年くらいから難癖をつけてくるようになり、やたらと俺の容姿についてうるさく言ってきた。
タチが悪いことにこいつが動くとこいつに気がある男どもも動く。俺はこいつとこいつの周囲から完全に敵視されていた。
中学生のいじめだ。誰もが標的にされると言っていい。不思議なことに大学まで行くといじめという言葉すら聞かなくなる。
俺の悪夢も中学生で終わった。だとしてもいじめで受けた傷は消えることなくずっと残った。
俺はもうまともに日常生活を送ることはできないのだろう。
白羽有希は俺のひとつ上の先輩だった。
漫画研究部に所属していて、髪は肩までのストレート。目は眉毛を剃っているからなのかキツめに見える。
初めは怖い人なのかと思った。でも、小柄でよく笑い、頑張り屋な彼女に俺は惹かれた。
有希はひとりでいる俺を部活に誘ってくれた。あのとき有希に声をかけられなければ、俺はこの学校で居場所を無くしていただろう。
彼女は俺の恩人なのだ。
ある休日。ちょうど桜が満開の季節。俺たちは部活ということで集合した。
活動内容は部員との交流と漫画史の学術的な理解。
当然のことながら中学生がそんな小難しいこと考えながら漫画を読むはずはなく。
つまるところ漫画読んで遊ぼうということだ。
集合は分かりやすい場所ということで竜ヶ崎駅の前。
有希は「観光用マップがあるとこ!!」
と言っていたが、どこのことだろう。
どうやら他の部員もまだ来ていないらしい。
もっとも、他の部員など来ているのを見たこともないが。
人の少ない駅を他に中学生はいないかと見て回る。
一度外に出て、駐車場。ホーム側。
ホームには電車が停まっていて、乗客が乗り込むところだった。
「にしても誰も来る気配がない……」
といってもそんな待っていたわけではない。
20分ほど早く来たのだ。
「あっ。いたいた~」
電車を見ていると元気そうな声とともに女の子が駆け寄ってくる。
髪を後ろにまとめたポニーテール。
いや、長さが足りないのか若干箒のようにも見える。
いつもと雰囲気は違うが有希だった。
「おはようございます」
「おはよ~」
「まだみんな来てないみたいです」
「なに言ってんの。来ないの知ってるでしょ?」
「はい」
「お喋りしながら行こうよ」
「あ、はい」
会話が続かない。
「知ってた?」
「え?」
「会話が続かないときって相手に喋らすといいんだよ」
「相手に喋らすんですか?」
「今朝ニュース見てきた?」
「見ましたけど」
「その話題を振るんだよ」
「え、特に話題になりそうなことは……」
「あー、宏樹くんがなぜぼっちなのか分かったわ」
ぼっち言うな。
電車が発車してホームには人がいなくなる。
休日とは思えない静かさだ。
「さ、電車も行ったし中入ろ」
待合室まで歩いていくと、有希は一人用ベンチに腰を下ろす。
「よいしょっと」
俺もつられるようにして座った。
会話はない。
「でね!!」
「はいぃ!!」
いきなり話しかけられてびっくりする俺。
でもほっとした。
呆れられてしまったのかと思ったから。
「あたしがお喋りのコツを教えてあげるよ」
有希がない胸を自身満々に叩く。
先輩まだ中学生だしね。
きっと成長期が遅れてるんだ。
俺はそう心に言い聞かせながら答えた。
「お願いします」と。
「お喋りっていうのはね。相手に喋らすのがいいの!! なに話そうなに話そう。お喋りが好きな人はいちいちそんなこと考えてないから。あたしもお喋り苦手でさぁ~。でもお喋りって70%が無駄な話なんだよね。そう考えたら馬鹿らしくなってさぁ。よく考えてみ? 昨日あたしたちがなに話したか覚えてる? 覚えてないでしょ? そういうことなの。もちろん大事なことは覚えてるよ? 今日のお出かけとかね。でも、無駄話を全部覚えてるわけないでしょ。そういうレベルなんだよ。よく居ない? 会うたびおんなじ話する人。不快になる? そこまでならないと思うよ。だからお話が苦手なら毎回おんなじ話をしなさいっ。ニュースを覚えてきなさいっ。サルが捕まったとかさ~。そしたら相手が勝手に喋ってくれる。駄目なら次のネタいく!! それを3回やろう。そしたらさすがに相手も気まずくなって話題を振ってくる。それでも話題すら振ってこない、弁解すらしてこないならその人とは合わない。あるいは大人しい人なんだよ。でも、大人しい人って意外と構われるの好きな人いるのよ。あたしとかねっ。大人しくても自分と合う人もいるからねぇ。気まずくならないなら無理しなくていいし。てかさ~。忘れてたんだけどあたしって中学生って設定なのよ。中学生ってぶっちゃけこんな話しないよね(笑)」
「設定って言うなよ!!!!」
長えよ!!とか考えたが衝撃過ぎてそれしか思いつかなかった。
有希から1時間に渡る講義(説教)を受けて。
俺は抜け殻のようになっていた。
お喋り苦手ねぇ……。
ちなみに観光用マップというのはタクシー乗り場のような場所にあった。
「誰も来ないね……」
マップの前で当たり前のことを呟いて、有希は一瞬寂しそうな顔をしたように見えた。
が、すぐにそれは影を潜めて。
いつものやんちゃそうな顔に戻った。
「ねえ、帰りはコロッケ食べてこっか」
「あ、ありがとうございます」
「おごらないかんね~」
有希と一緒に商店街を抜けて、公共のまんが図書館で時間を潰した。
※まんが図書館『まいん』。
市の市街地活力センター『まいん』は公共の漫画図書館でまんがの『ま』といんたーねっとの『いん』を頭文字にするという極めて安直なと、それぞれの頭文字から名付けられ、英語の『マイン(Mine)=私のもの』とも掛け合わせている。市民のコミュニティー活動の推進、市街地の活性化を図ろうという施設。蔵書数2万! パソコン2台設置! インターネット無料!
隣で漫画を読むフリをして、俺は有希のことを盗み見ていた。今日はジーンズを履いている。あまりスカートとかは履かないタイプなのかもしれない。あんまり男とか興味なさそうだしなぁ。
そうだったらいいなと自分の願望も込めてそう思った。部活がひと段落すると有希と並んで歩く。
「なんでみんな日曜に来ないかなぁ~。 ね?」
「みんなインドアなんですよ。家で漫画読みたいんじゃないですか?」
「えー、みんなで集まったほうが楽しくない?」
「ですね~。感動したシーンとかその場で共有できますもんね」
そう言っておいて俺は内心有希と二人きりになれて嬉しかった。
「お、お、俺は先輩と二人も楽しいというか……」
「うん?」
有希と目が合ってしまいドキリとする。
この頃から俺は有希の顔がまともに見れなくなっていた。有希だからこそもっと目を見て、顔を焼き付けておきたいのに。まるで磁石が反発するように反らしてしまうのだ。
有希は話など聞いていなかったかのようにコロッケ売り場に並びに行く。
売り場には俺たちと同じくらいの学生と、家族連れが並んでいた。
「最近なんか知らないけどコロッケ推しなんだよね~」
「なんでコロッケなんでしょうね」
本当に。なんで今さら力を入れたのか謎。
「てかさ~。あたしコロッケフェスティバルっていうの何回か行っててさ」
「まじすか!」
「全国のコロッケ集まっててすっごい盛り上がってたの!」
「コロッケがお好きで?」
「いや(笑)」
「好きなわけではないんですね」
「好きだよ? でも別にコロッケじゃなくてもいい」
「でね、去年も行ったのよフェスに」
フェスて。音楽じゃないんだから。
「そしたらさ。なんか規模縮小してて~。県内のしか無くなってんの」
「…………」
「しゅんとした(笑)」
爆弾投下。
(笑)じゃねーよ!!
他にも客来てんだぞ!!
白羽有希。
空気が読めない女だった。
そのどんよりとしてしまった空間からさっさと抜け出すように。俺たちはコロッケを受け取ると、そのまま近くのベンチに腰を下ろした。
「桜満開だね。来てよかった」
「ですね」
一瞬沈黙がある。
でも嫌な沈黙ではなかった。
あぁ、これかと思う。
大人しくても自分と合う人。
こんななんでもない時間が楽しいと感じた。
「ヒロキはどれにした?」
ヒロキ? いきなり馴れ馴れしい。
なんかリアクションしたほうがいい?
「プレーンにしました。白羽さんは?」
「お米。んぐっ(もう食べてる)」
呼び捨ての件はそのまま流すことにした。
許可した覚えはないけれど。
俺はそう呼ばれるのが心地よかった。
でも、俺が呼び捨てで呼ばれたのは。
それが最初で最後だった。