板橋奈緒子(1日目 夜26:11) 蛇沼公園
「すっかり遅くなったなぁ。にしてもなにこのうざい霧」
池のある公園の通りを私は歩いていた。
それにしても今日の合コンは全くいい男がいなかった。
自分で言うのもなんだが私は自分の容姿には絶対の自信がある。
それを証明しているのが私の素行だ。
中学の頃。私は女子グループのリーダーだった。
別にやりたくてリーダーをやっていたわけではない。
気付いたら私が女子の中心にいたというだけのことだ。
誰もが私の言うことを聞いた。
特に男子の行動は手に取るように分かった。
あ、これは私のことが好きなんだなと。
私はなぜかチャラい系の男子から人気があって、私はそれを最大限に利用した。
不良グループのリーダー。
教師に次ぐ権力者。いや、子供の世界では教師よりも恐れるべき存在かもしれない。
その男子と私は付き合った。
タバコ、援助交際、カツアゲ。
当時思いつく限りの悪いことをやりつくした。
狡猾なことに、私は学校の成績だけは維持した。
数字というのは説得力があるもので、これを見せれば大抵の馬鹿はこう思う。
「こんな頭のいい子が援助交際するわけがない」
私は内心ほくそ笑んだ。
もちろん教師に目を付けられたこともある。
そんなときも私の容姿は役に立った。
好きではなかったけど、私の童顔、低身長、泣き顔は教師から疑いの二文字を消し去った。
誰も私の本当の顔は知らない。
いつものように深夜の住宅街を歩く。
しかし、いつもとは勝手が違っていた。肌にまとわりつくような湿気。それに視界が遮られるほどの濃霧。沼のある公園を通りかかったときである。魚が跳ねたというには大きすぎる音を私は聞いた。
「なんの音?」
私はその音が妙に気になった。なぜこんな時間にあんな大きな音がする。私を突き動かすのは純粋な好奇心だった。私は幽霊など信じてはいない。だからこそ、むしろそれを見てみたいとさえ思っていた。
私の足はまるで沼に吸い込まれるかのように、この濃霧の中では不自然に見えるほどの自然な歩調で前に進んでいく。
「ふふっ。なぁんだ」
まるでかくれんぼをしているかのような楽しさを私は感じた。
沼は霧が立ち込めているだけで、不気味なほど静まり返っていた。だが私はそこに不釣り合いな岩があることに気づいた。岸から手を伸ばしたらちょうど届くか、届かないかの距離にそれは突き立っていた。
「こんな大きい岩あったっけ?」
いつも通る道だった。気にしていなかっただけかもしれない。それにしたって大きい。私はもっとよく岩を見てみようと近づいていく。
バクンッ。
それが起こったのは一瞬だった。
その大きな岩は真ん中から真っ二つに割れたかと思うと、私を覆い尽くす。
私の記憶はそこで途絶えた。