白羽有希(1日目 夜 23:54) 商店街
同伴者:半田宏樹
しばらく宏樹におんぶしてもらい、私たちは商店街に出た。
そこで私たちが見たのは信じられない光景だった。
まず最初に目に留まったのはまるで洪水にでもなったかというほどの水の量。
というかこれは洪水だ。どこから溢れてくるのか、排水口からは水が絶え間なく逆流している。
私たちは靴まで水に浸かりながら商店街を進む。
「人がいる気配が全くありませんね。深夜とはいえ、明かりが全くないのはおかしい」
「この街頭の明かりが無かったら怖いね」
「街頭だけってのも不気味ですけどね」
霧の中、街頭の明かりだけがぼんやりと街を照らしている。
「ヒロキ君。なんかお腹空かない?」
「確かに。ずっと歩いてますから」
「…………」
「…………」
沈黙が嫌で私は無理やりに会話を続ける。
「じゃ~食べよ。コンビニあったよねっ」
さっき言ってた怪しい奴の姿も見えず。私は余裕からか空腹を覚えていた。
コンビニは誰もいなかった。
「すみませんっ。誰かいますかぁ~」
宏樹が奥に呼びかけるが返事は返ってこない。
「どうする? パクる?」
「白羽さん……。犯罪ですよ。と言いたいとこですが、お腹空きました」
少しだけ笑ってくれた宏樹に私は安堵する。
食料をパクる。
二人してワルだった。
この水没した町。消えてしまった人。宏樹が出会ったというゾンビ。犯罪なんて言っている余裕はなかった。
私が期待したお弁当は残念ながら置いていなかった。
それに、もし置いてあったとしても、いまがいつなのかも分からないのだ。
賞味期限切れを食べることになるかもしれない。
スナック菓子を手に取り、それからコンビニにある日用品も頂いていくことにした。
私の分の懐中電灯、絆創膏、消毒液、ライターなどなど。たっぷりと。もし明日元に戻ったら返しに来ればいい。
「白羽さんっ。伏せて」
「え?」
「あれです。俺が見たの」
コンビニの外にフラフラとした人がうろついている。
「酔っ払いじゃない?」
そうじゃないのは分かっていた。私はそうやって恐怖を打ち消したかったのかもしれない。
「ずっとこっちを見てます。気づいてるのかも」
まるでこっちに私たちがいるのが分かってるかのようにその人は近づいてきた。接近されるとそれが生きた人ではないことがはっきり分かった。
血が通っていないのか、その顔は真っ白だった。
身体は左右に揺れてまるで操り人形を見ているようだ。
私たちは奥のおにぎりが置いてあるスペースまでかがんで移動した。もちろんおにぎりは置いていない。
奴がコンビニに入ってくる。
聞き取れないがブツブツとなにか呟いているのが分かる距離だ。
するといきなり奴が拳を振り上げた。振り上げた拳は入り口付近の商品棚を直撃。
雪崩のように商品が落ちる。
「ひっ……」
音に驚いて声が漏れてしまう私。私の声に気づいた奴は一直線に奥の棚に向かってきた。
「んおおぉお~~~」
宏樹が叫び声を上げ、奴に向かっていく。
そのまま助走をつけて敵を蹴飛ばす。
「宏樹くん!!」
「ハ……リリッヒヒ……」
奴は蹴りを受けてよろめいたが、倒れるには至らなかった。
すぐに体勢を立て直して向かってくる。
攻撃が効いていないのか奴は不気味に笑っている。
「くっ……。白羽さん。俺がこいつなんとかするんで逃げてください」
「なに言ってんの!? 宏樹くんもだよっ」
「こいつだけならなんとかなるんで逃げて待っててください。追いつくんで」
そう言うと宏樹は奴に飛びかかる。
「ヒヒッ。ゲェェ~~~」
それを待ち構えていたかのように奴は応戦した。
奴の爪が宏樹に襲い掛かる。
それを掴んで受ける宏樹。
だがもう一本の腕がある。
寸前のところでそれも受け止めた。
奴を抑え込もうとする宏樹とそれを振りほどこうとする敵。
均衡状態だった。
それは私を逃がすという意味では成功していた。
今なら逃げることができる。
でも、それは宏樹を見捨てるということだ。
あの日もそうだった。
私は宏樹になにもしてあげられなかった。
私がもっとちゃんとしていれば……。
私は完全に冷静さを失っていた。なにか長いもので殴る? でも、非力な私が余計なことをして逆に宏樹を危険にしてしまったら。
「む……無理……どうしたら」
私が考えている間にも宏樹は徐々に体勢が崩れ始めている。
「ヘェェァア~」
「くっそ。こいつ……余裕かよ」
宏樹はすでにこれ以上下がれないところまで後退させられていた。
奴が一気に力を入れると、均衡は崩れる。
宏樹はそのまま壁に叩きつけられるように倒れ込んだ。その背後。HOTの飲み物を見て私は閃く。これなら!!
近くにあった食料油を手に取る。
それを宏樹に見えるように頭の上に掲げる。
「宏樹くんっ。見て!!」
ブンブンと振った。
何度も。
これで伝わったかは分からない。
「アア…ヒヘアァアッ」
奴がこっちを向いた。ひたひたと距離を詰めてくる。
「っのっのお!!」
私はパニックになりながらも空になるまで油の容器を奴に振り続けた。
空になった容器もそのまま投げつける。
奴は全く動じた様子はない。
ガシッ。と肩を掴まれた。
そのまま握りつぶされてしまうかのような力。
もう駄目だと諦めかけたとき、私の背後から炎が上がった。
「ナイスです」
ヒロキがライターで奴に火をつけたのだ。
「オオアァァ~~~。ニぇがァァああ。ツオるえぇ」
またたく間に火が広がっていく。
私はコンビニから拝借した荷物を抱き抱えて奴から離れる。
私たちは奴が追いかけてくるのを確認する暇もなく、コンビニを後にした。