9 圧勝でした!
アーグは大声で叫ぶ。
「このアーグとそこの亜人で弓の腕を競い、負けたほうが壺を賠償するのです!」
「それはつまり、エルゼが負けたら俺が賠償しろと?」
「殿下にお金は求めたりはしません……ですが、グロン様と私に謝っていただきたい!」
その声にグロンも頷く。
「僕もそれで構いませんよ。謝ってもらえれば、それで」
結局は、ただ力関係を周囲に見せつけたいだけか。
今確認したところ、アーグのユニークスキルは【弓聖】のようだ。
弓の扱いに大きなバフがかかる。
【弓神】が上位で【弓使い】が下位なら、この【弓聖】は中位。
アーグも自分の腕に絶対の自信があって、こんなことを挑んできたのだろう。
【アポロン】の弓へのバフは、【弓神】と同等。
だから、フリッツなら負けないと思うが……エルゼはどうだろうか。
エルゼの持つ【夜刀神】はあらゆる攻撃手段、防御手段にバフがある。
スキルの優劣だけなら、アーグに勝てるはず。
だが、まだエルゼは子供だし何とも言えない。
まあ、謝罪だけなら別に何の問題もない。
気が晴れるなら、いくらでもグロンに頭を下げてもいい。
「それなら、試合の必要はない。ここで謝るよ」
俺が申し出るも、アーグは首を横に振る。
「いや、それではいけません! 正々堂々戦ったうえで、謝っていただきたい!」
「俺が謝ること前提なんだ……」
というよりは、力を見せびらかし、周りから持てはやされたいのだろう。
まだ子供だし、気持ちは分からなくもないが。
しかし、試合か。
この国の弓競技は少し変わっている。
弓道やアーチェリーのように的を当てて競うのではなく、互いに一定の距離を取り合い、相手に矢を当てたほうの勝利となる。
だから、回避したり何発撃っても問題ない。
西部劇の決闘というよりは、ドッジボールに近いかな。
ただの競技なら矢じりがなく布が付いたものを使うが、決闘なら本物を使用する。
今回は、競技用の矢を使うわけだが……
正直、グロンが何を考えているのか分からない。
競技用の矢に、実は矢じりが仕込まれている可能性も……
だが、フリッツがにこやかな顔で言う。
「殿下、せっかくです。受けたらいかがですか?」
随分気楽に言ってくれるな……
だが、フリッツは今の今まで何も喋らなかった。
陰謀はないと判断したか、あるいは自分で止められるから、わざわざ勧めているのだろう。
「エルゼ次第だ……」
「私は、構いません。殿下のため、この試合受けさせていただきます。私が勝ったら、殿下に謝罪していただきます」
エルゼは迷いのない顔で言った。
声の調子に、少し苛立ちのようなものも感じた。
アーグはにんまりと笑う。
「ほう、受けるか! 亜人にしては、なかなか潔い。せいぜい、殿下に恥をかかせぬよう、鼠のように逃げ回ることだな!! そこの者、矢を持て!」
アーグの声に、訓練場の管理人が矢を運ぶ。
矢にちゃんと布が付いているが……
だが、気は抜けない。
俺はフリッツの袖をつまむ。
しかしフリッツは心配ないと、自信満々の顔で頷く。
そればかりか、
「エルゼ。相手を立てることも忘れないように」
「はい!」
エルゼが答えると、ちっというアーグの舌打ちが聞こえた。
フリッツもエルゼもなんだか余裕の表情だな……
「よおし、ここらでいいだろう!」
アーグはエルゼと三十メートルぐらい離れ、叫んだ。
管理人が二人の足元にそれぞれ横線を引く。
そこから先は足を踏み入れていけない。
つまり、この線に沿って横方向にしか動けないというわけだ。もちろん、後退しても反則負けとなる。
「よし、審判の掛け声で始めるぞ!」
管理人は頷くと、「始め!」と叫んだ。
アーグはすかさず弓を構える。
「帝国一の弓取であるこのアーグの矢! 受けてみよ!!」
口先だけではなかった。
アーグはすぐに狙いを定め、矢を放った。
矢は目で追えないほどに早い。
さすがは、【弓聖】といったところか。
しかも、アーグは続けさまに矢を放っていく。
エルゼが避けても当たるよう、放射状に。
対してエルゼはまっすぐ弓を構えたまま、立っている。
「はっ! 狙いも定められぬか! ……なっ!?」
アーグはすぐに言葉を失った。
エルゼは矢を放ち、アーグの最初の矢を射落としたのだ。
「や、矢に当てた!? ひっ!?」
アーグの眼前には、すでにエルゼの二射が迫っていた。獲物に襲い掛かる隼のような矢が。
矢はアーグの頬を掠め、後方の壁にぶつかる。
「え……え?」
思わず、アーグは後ろに振り向く。
そこには衝撃で折れてしまった矢が。
この場にいる誰もが、驚愕していた。
あのグロンも、大きく口を開けている。
アーグはエルゼのほうにゆっくり視線を戻す。
そこには、弓を構えたエルゼがいる。
「あ、ああ……い、いやだ! 撃たないで!」
声を震わせ、アーグは弓を落とす。
その足元には液体が広がっていた。
恐れのあまり、失禁してしまったようだ。
フリッツは言う。
「審判。勝負はついたようだが」
「え? は、はい! 勝者はエルゼ殿です!」
その瞬間、周囲から拍手が沸き起こった。
「す、すご……」
俺も思わず、そんな言葉を漏らしていた。
フリッツは分かっていたんだな。
絶対に、エルゼが負けないと。
そりゃ、戦闘だけなら最強のスキルだが……まだこんな子供で力を発揮するなんて。
歓声が上がる中、エルゼは俺に頭を下げる。
そんなときだった。
フリッツが、エルゼの後方に落ちている矢を持ってくる。
アーグが放ったものだ。
皆がフリッツに注目する中、グロンだけ様子がおかしかった。
落ち着きがないというか……
フリッツは俺の前に来ると、矢を見せる。
「殿下。こちらを」
「うん? この矢がどうしたんだ?」
フリッツは何も言わず、矢の先端にある布を取り除く。
矢じりこそついていなかったが、先端が尖っていた。
「これは……」
俺は管理人に目を向けた。
管理人は慌てた様子で言う。
「わ、私はこの矢を自分に出すようにと、アーグ様に!」
その言葉に、アーグは顔を上げる。
「……え? え?」
アーグも何が起きたか分からないといったような顔だった。
「と、飛びやすいから、それを頼んだだけで……確かに卑怯だとは思ったけど、先が尖っているなんて!」
慌てるアーグに、グロンが蔑むような顔で言う。
「うわあ……アーグ何やってるの? 宮中でこんな危ないもの、人に撃つなんて……」
「そ、そんな! そもそも、グロン様が私にこの矢を…ぐっ!?」
グロンはアーグの頭をぐりぐりと踏みつけた。
「子供の悪戯で済む問題じゃないんだよ。啖呵切って小便漏らした上に、卑怯な手使ってたなんて、もう生きる価値ないよ、お前」
憎しみのこもった声に、アーグは涙声で訴える。
「わ、私は……ぐっ!」
「早く謝罪しろ! 殿下に、皆に! さっさと詫びて自分で死ね! じゃないと、お前の家族も皆終わりだ!」
とても見てられなかった。
アーグは憎たらしかったが、まだ子供だ。それに、グロンが仕組んだのは明白だ。
俺はグロンに言う。
「グロン、よせ……アーグは矢を準備する段階で、間違えてしまったのだろう」
グロンは少し驚くような顔で俺を見た。
「なるほど……その可能性も、確かにありそうですね」
お前が仕組んだんだろう……
俺の大事な部下を傷つけようと、こんなふざけた真似を。
腹が立つ。
だが、ここでグロンをさらに怒らせれば、また何をしでかすか分からない。
俺は怒りを抑え、管理人に言った。
「……ともかく、調査が必要だ。本当に手違いか、誰が用意したのかにしろ、この場でアーグに責任を負わせるのは尚早だ。近衛兵に調査を命じてくれ」
「は、はい! ただちに!」
管理人はすぐに訓練場を後にする。
それを見たグロンは、アーグから足をどけた。
「殿下。私は失礼しますよ」
「構わない。だが、壺は良いのか? 陛下からいただいたんだろう?」
「ああ、壺……もともと、矢の的にしようと思っていたのでお気になさらず」
「皇帝からの壺を、か。大した話だ……偽物なんだろう?」
「本物ですよ……さぞかし、いい音が鳴ると思いましたので」
グロンはそう言い残して、ここから去っていくのだった。




