8 絡まれました!
「ああ……全然、当たらん」
俺は的の中心から外れた矢を見て、肩を落とした。
「ふむ……やはり殿下は全然ですね。もう半年も経つというのに」
フリッツは追い打ちのような言葉を俺に浴びせた。
フリッツに騎士になってもらったあの日以降、俺は弓の鍛錬に勤しんでいた。フリッツには、宮廷における俺の教育係となってもらったのだ。
【アポロン】のスキルを持つフリッツに教われば、ちょっとは俺も上手くなると期待して毎日頑張っている。
だから、人材集めはお休み中だ。
あれ以来、貴族街に未成年が出るのが厳しくなってしまったのもある。
成人の護衛が二人必要になってしまった。
それに犯人は死んでしまったので、指示をした者は結局分からずじまい。
だから、皇帝から近衛兵に、しばらく俺は出すなと指令がかかったらしい。
まあ、グロンの指示なのは明白なんだけど……
大人の事情が働いたんだろうな。
俺自身、別にグロンと敵対したいわけじゃない。刺激しなければ、いつかは俺のことなんて忘れるかもしれない。
この訓練場も比較的人が少ない時間を狙って使っている。
結果は……自分的にはそこそこ成長していると思う。
子供の腕では弦を引く力が弱いので、なかなか飛距離は伸びないが。
単にフリッツが厳しいだけだ。
フリッツは自分で弓を構え、俺に言う。
「いいですか? ここをグッと構えて……こうです!」
「……ここはどこで、こうはどうなんだ?」
教え方も抽象的だしな……本当に俺はうまいことやってると思うよ。
フリッツは面倒くさそうに呟いた。
「ま、エルゼを見てれば、そのうち上手くなるでしょう」
人任せかよ……
宮中ゆえに言葉遣いは普通の貴族っぽくなったが、フリッツはやっぱり変わっている。
親はガレア辺境伯といって、結構大きな領地を持っている諸侯だそうだ。
本人曰く、ここ数年家族とは全く会わず、自分の生きたいように生きていたという。もう少しで勘当を言い渡されるところだったとか。基本的に、面倒くさがり屋なのだろう。
「……まあ、エルゼは確かに手本になる」
今、エルゼが矢を放った。
矢は見事、的の中心に突き刺さる。
十発撃って、すべて中心に当たっているぞ……
エルゼの弓の扱いは大人顔負けだった。
俺同様腕力が足りないだけで、飛距離以外は完璧である。
この宮殿の訓練場には他の貴族の子やお付きの者もいるのだが、おおと声が上がるほど。
しかも、教わって一週間で百発百中になっていた。
フリッツも、エルゼにはもう何も指導することがないようだ。
もともと、エルゼに武器の扱いを覚えさせるつもりはなかった。
だが、もしものときに俺を守りたいと、フリッツに武術の指導を頼んだ。
ちょっとしか見てないが、剣や槍なんかもそこそこ使えるようになっているようだ。
この訓練場は皇族と貴族、またはその護衛である騎士しか使えない。
だから、エルゼも名目上は俺の騎士としてある。
エルゼは矢を射終えると、俺のもとにやってくる。
「エルゼ、本当すごいな」
「そんな……フリッツ様の教え方がいいからです」
エルゼの言葉に、フリッツは得意げな顔をする。
絶対違うと思う……
フリッツがすごいのは認めるが、誰に教わってもエルゼはここまで成長しただろう。
フリッツもそれは分かっているようで、こう褒める。
「いや、エルゼ。君は他者を圧倒する力を持っている。聖魔法もすでに低位術式を使えるのだからな」
俺とエルゼは弓だけでなく、聖魔法もフリッツから教わっていた。
俺はなんとか魔力の集め方を習得したところ。
一方のエルゼはもう傷を癒す聖魔法を使える。
魔法の術式には、どれだけ魔力が必要されるかで高位、中位、低位と分類されている。
低位術式は初級にあたり、普通の人間なら幼少時から訓練して、十五歳までに使えるようになるのが一般的だ。
それを考えると、エルゼの成長は規格外と言える。
「ああ、エルゼは本当にすごいよ……皆、君を褒めている」
そう言って俺は、周囲を見渡した。
貴族の子が目を輝かせて、こちらを見ている。
皆、エルゼとその師範であるフリッツの腕前に感心しているのだ。
そんな中、一人の男の子が意を決したように俺のもとにやってくる。
「り、リヒト殿下! もしよろしければ、この方に私も弓を教わりたいのですが!」
その声を皮切りに、僕も私もと子供たちが寄ってくる。
「も、もちろん! だけど、正直この男は……」
フリッツの教え方は別に上手くない、と言いかけた時だった。
がしゃんと割れる音が響く。
その方向に目を向けると、何故か壺のような物が割れていた。
壺から視線を上げると、そこにはあのグロンとお付きの子供がいた。
お付きの子供が叫ぶ。
「ああ! グロン様の壺が!! 皇帝より賜った品だというのに!」
「あーあ……お前、よくやってくれたな?」
グロンは男の子の一人を睨んだ。
「ぼ、私は何も! ほ、本当です、グロン様!」
「お前が後ろにずれたから割れたんだ。どう責任取ってくれるんだ? お前は……確か、コルド伯爵の子供リベルだったな?」
グロンの声に、リベルと呼ばれた男の子は顔を青ざめさせる。
すぐに申しわけございませんでしたと、その場で跪いた。
後ろにずれたから割れた。
こんな場所で何に使うかも分からない壺が……
無茶苦茶な話だが、周囲の者は誰も声を上げない。
そればかりか、俺から逃げるように離れていく。
子供ながらに分かっているのだ。
グロンに逆らうことは、ベーロン公爵家に逆らうことだと。
帝国一の大諸侯の子の気を害せば、どうなるか分かったものじゃない。
グロンが馬を鹿と言えば鹿と呼ぶよう、皆、親から教え込まれているのだ。
事実、俺はグロンの怒りを買って、暗殺されそうになった。
本気ではなかったにせよ、皇子である俺を害そうとしたのだ。
グロンはリベルに不快そうな顔を向ける。
「リベル。このことは、父に報告させてもらうよ」
「も、申し訳ございません、グロン様! どうかそれだけは!」
「はあ、情けない。そもそも亜人を褒めるなんて、帝国人として恥ずべきことだ。宮中に顔を出すのも、おこがましい……分かっているのか、この馬鹿」
グロンはそう言って、伏せるリベルの頭に足を乗せようとする。
この場で止められる者は俺しかいない……
俺は間に割って入る。
「グロン。このリベルと話していたのは、僕だ。何か気を害したのなら、僕が謝ろう」
「殿下が……ああ、その竜人は殿下の専属でしたねえ……この壺、どうしてくれるんです?」
「どうするも何も、目が前にあって落とした者が責任を取るべきだろう。何も言わず、後ろから近づく卑怯者に」
皮肉と理解したのか、グロンはふっと笑う。
「なるほど、そういう考え方もできますね……って言ってるけど、アーグ?」
グロンは壺を落とした子供に顔を向ける。
アーグという名のようだ。
年は俺とそう変わらないだろうが、少し背が高い。
するとアーグは待ってましたと言わんばかりに、俺に大声で叫んだ。
「殿下は私のせいだというのですか!? なんという屈辱! 皆は私のせいだと思うか!?」
周囲の子供たちは、頷いたり背を向けたりとなんだか一致しない。
だが、アーグは平然とした顔で声を上げる。
「ほら! 皆もこう言っています!」
「随分と、都合よくできた耳だな。俺には、何も聞こえなかったが」
「また侮辱しましたね!? 殿下でなければ……」
「なければ、俺を殴るか?」
「……皇子には何もいたしませんよ。もとはといえば、その亜人が弓など握るからこうなったのですから! 汚らわしい亜人のせいだ!」
アーグは怒り狂ったような顔で、エルゼを指さした。
グロンはにっと笑う。
俺の部下であるエルゼとフリッツが持てはやされるのが、気に入らなかったのだろう。
だから、皆の前で恥をかかせようとこんなことを仕組んできた。
「……白黒つけるため、このアーグ! そこの亜人との試合を所望いたします!」
アーグの声が訓練場に響くのだった。




