5 悩みを解消してました!
エルゼに専属になってもらった翌朝。
早速エルゼは、俺の部屋で給仕を務めていた。
今は食後の茶を淹れてくれたところだ。
「どうでしょうか……?」
エルゼは心配そうな顔で、紅茶を口にした俺を見つめる
「……これ、いつものお茶?」
思わず、そんなことを訊ねてしまった。
いつもと違うのだ。
香りも味も……格段にエルゼの淹れた茶のほうが美味しい。
「も、申し訳ございません。昨日までの方と同じ茶葉を使ったつもりでしたが……お口に合わなかったでしょうか?」
エルゼは不安そうな顔で言った。
俺があまりに驚いているせいか、まずいと思ったと誤解させてしまったようだ。
「ご、ごめん! 美味しいんだ! 本当にこんな美味しいお茶、飲んだことなくて! ……あっ!」
少しだけ、カップの茶をテーブルにこぼしてしまった。
だが、エルゼはほっとしたような顔で、その茶をさっと拭き取る。
「ありがとうございます、殿下。お茶をお出しするのは初めてだったので……」
初めてでこれだと。
昨日までの使用人の淹れ方が適当だったのかもしれないが、それにしても美味しい。
本当に七歳なのかな、この子……
「本当に美味しいよ。エルゼの淹れ方が上手いからだね。お母さんに教わったの?」
「はい……人間の貴族に仕えるため、ずっと教育を受けておりました」
「そうか。いや、これなら何杯でも飲めそうだ」
エルゼは顔をにぱっとさせた。
この笑顔は年相応だな……可愛らしい。
だがすぐに真面目な顔をつくり、答える。
「も、もったいなきお言葉です、殿下。これからもリヒト殿下のため、精一杯お仕えいたします! この後ですが、まずは部屋のお掃除でよろしいでしょうか」
「……それなんだけど、外に行きたいんだ。今日は一緒についてきてくれるかな?」
「殿下の仰せの通りに」
「よし、それじゃあ行こうか……本当に出れるかは不安だけど」
門で近衛兵に止められる可能性もある。
付き添いに関して年齢の規定はないが、付き添い人が子供というのを想定していたようにも思えない。
俺は早速、エルゼと一緒に部屋を出た。
すると、俺の部屋の警備……ボルヴィンがいつになく上機嫌な顔をしていた。
いつものように俺は挨拶する。
「お、おはようございます、ボルヴィンさん」
「これは殿下、おはようございます! 昨日は助言を賜り、ありがとうございました!」
「じょ、助言?」
「お菓子作りを勧めてくださったではないですか! 妻と娘と上手くいってないという愚痴をこぼしていた私のために!」
愚痴は聞こえていなかったが……
なるほど。いつも不機嫌そうだったのは、家庭の問題からだったか。
「ということは、あの後、家でお菓子を作って……」
「ええ! 簡単な焼き菓子を作ったのですが、とても喜んでくれて! 本当に、なんとお礼を申し上げればよいか!」
「よ、よかったです。でも、きっとボルヴィンさんのお菓子が美味しかったからですよ。これからも作ってあげたら、奥さんも娘さんも喜ぶと思います」
何せ、ユニークスキル【パティシエ】だ。
それは美味しいお菓子だったのだろう。
「ありがとうございます! ……いえ、愚痴に関しては本当に申しわけございませんでした。これからは真面目に警備いたします!」
「よ、よろしくお願いします。それでは、行ってきますね」
俺はそう言い残して、宮廷の外へ向かう。
エルゼが呟く。
「殿下は本当にお優しいですね……私の他にも、救いの手を」
「す、救いの手なんて大げさだよ」
でも俺の力は、誰かの悩みを解消する助けになるかも。
自分は何もできないという者に、ユニークスキルを活かすためのアドバイスすることもできる。
そうしている内に、俺の仲間になってくれる人もでてくるんじゃないかな。
まあまずは、第一の難関を乗り越えないと。
子供二人で、宮殿を出ることができるか。
「で、殿下? 失礼ですがどちらに? 御用があれば、使用人に」
やんわりとだが、門を守る若い近衛兵に止められてしまった。
「え、えっと、外に行きたいんです。貴族街を見てみたくて」
「貴族街ですか……い、一応、侍従長に確認させていただいても? 護衛もいらっしゃらないようですし」
やっぱり駄目か……そりゃ子供なんだから心配するよな。
しかし、隣で聞いていた年配の近衛兵が言う。
「新入り。護衛ならいるから大丈夫だ。”皇帝の眼”がいる」
「あ……そうでしたね!」
皇帝の眼とは、皇帝直属の諜報機関のことだ。
だが、諜報活動の他に宮殿外部での皇族の護衛も彼らの役目。
特に何の断りもなしに、外出する皇族を守る。
まあその実は、宮殿の外で皇族が反乱を企てないようにするためだと思うが。
結局は諜報活動の一環だ。
彼らは姿を消す魔法を使い、あくまでも皇族の少し離れた場所で見守るという……おっ、この人か。
いつの間にか、隅で俺に跪く者がいた。
全身を黒装束に包んだ者だ。
細身である他には、性別も年も全く見当がつかない。
どうやらこの人が俺の護衛をしてくれるらしい。
しかし、全く気配を感じなかったな……さすが”皇帝の眼”というだけある。
基本的に彼らは姿は現さないが、皇族相手には別なのだろう。ちゃんと挨拶するようだ。
俺は黒装束の者に頭を下げる。
「あなたが護衛を務めてくださるのですね。今日はよろしくお願いいたします」
黒装束の者は何も言わず、俺に深く頭を下げた。
近衛兵が俺に言う。
「ま、まあ、大丈夫でしょう。でも、あまり遅くならないようにしてくださいませ」
「はい! 夕方前には必ず帰ります!」
こうして俺は、念願の貴族街に繰り出すのだった。




