16 襲撃されました!
「殿下……関所に着く前より馬車が増えてませんか?」
エルゼが前方の車列を見て、呟いた。
「明らかに増えているな……」
十両は増えているだろうか。
あんなに馬車ばかり何に使うんだ……馬車に鎖や、重りの鉄球が積まれている。
きっと拘束具だろう。
加えてレリウスの家は奴隷商。
よからぬことを企んでいるに違いない。
フリッツが言う。
「任地での統治権はこちらにあります。しかし、彼は自分の好きなように動くでしょうね」
「となると、まずは条例をつくる必要がありそうだな。彼の行動を制限するための」
ううむ……
総督任命のとき、代官は自分で決めるように言えばよかったな。
まあ、あの状況では断れなかったが。
フリッツは頷く。
「はい。代官任命権も総督にあります。いざとなれば、解任いたしましょう」
「ああ、そうだな……」
ファルスはきっと荒れに荒れているだろう。
皆で一致団結して乗り越えないといけないときなのに、まずは仲間に目を光らせないといけないとは。
「前途多難だな……旅のほうは順調だが」
このペースで進めば、夕方にはファルスに到着する。
途中魔物や賊の襲撃もなかったし、運がよかった。
「……うん? なんだ?」
進行方向の空に、黒い点が見えた。
リベルも気が付いたのか、空を見上げ呟く。
「鳥、でしょうか?」
鳥……にしては大きい。近づいてきているのか、どんどん大きくなる。
「……っ!? あれは!?」
やがてその姿がはっきりしてくると、我が目を疑った。
象のような大きさの生き物が、体の倍もある翼を広げている。
赤い鱗に覆われたそれを見て、護衛のバルドが叫んだ。
「ドラゴンだ! 皆、広がれ!!」
その言葉に、護衛の兵と俺たちは散開する。
しかし、命令系統の違うレリウスの兵たちは、すぐには動かなかった。
ぼうっという音と共に、炎がレリウスの兵を襲った。
「うわぁああああ!」
「熱い! 熱いっ!」
炎に焼かれる兵たちの頭上を、ドラゴンは悠々と飛び回る。
「ど、どら、ドラゴン!? 逃げよ! 馬車はいい!」
それを見たレリウスは数騎を引き連れ、自分たちだけファルスのほうへ駆けた。
しかし、兵の一人が言う。
「皇子は!?」
「捨て置け!」
レリウスは俺を見捨てるらしい。
自分たちだけ助かるつもりか。
しかしドラゴンは俺たちではなく、レリウスに狙いを定めた。
急降下するドラゴン。
衝撃でレリウスの従者は馬ごと吹き飛ばされる。
そんな中、ドラゴンはレリウスを咥えていた。
「ひぃっ! ひいっ! 誰か助けてくれぇええええええ!!」
悲鳴を上げるレリウスだったが、ドラゴンがそれを黙らせた。
真っ二つになったレリウスを食らうドラゴンを見て、レリウスの兵士と馬車の御者は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
俺の護衛の兵たちも、それを見て逃げようとする。
しかし、バルドが一喝した。
「密集陣形だ! 一度炎を吐いた後は、しばらく炎は出せぬ! 散り散りになって背を見せれば最後! やつの思いのままだ!」
兵たちは不安そうな顔をしながらも言葉通りにした。
俺を中心に陣形を組み、盾を構える。
バルドに従ったのは、逃げ惑うレリウスの兵たちが食われ始めたからだ。
一人になれば、抵抗する術はない。だから、集まっていたほうが安全と考えたのだ。
だが、このままでは各個撃破されるだけ。
そう判断したであろうフリッツは、一人馬で陣形を飛び出していた。矢を構え、ドラゴンに放つ。
「ガァア!!」
矢は見事、ドラゴンの首に当たった。
しかし、矢は刺さらず落ちてしまう。
フリッツは悔しそうな顔をしつつも、二射三射と繰り出す。今度は目を狙ったようだが、それも厚い瞼で防がれてしまった。
バルドは呟く。
「逆鱗を狙ったか……」
首の下にある鱗のことだ。そこが竜の弱点なのだろう。
「しかし、あれは首を上げさせなければ……皆、殿下をお守りせよ! ワシはあの若いのに加勢する!」
バルドも剣を構え、馬を進める。
「アーグ!」
「ああ! 俺たちも撃つぞ!」
リベルとアーグも弓でドラゴンを攻撃し始めた。エルゼも同様に矢を放つ。
だが、ドラゴンには刺さらない。
俺も加わるが、もっと悲惨で全く当たらない。届かないのだ。
フリッツ、バルド……頑張ってくれ。あっ。
バルドはドラゴンの攻撃を回避しながら、肉薄していた。
「ドラゴンよ! 我が剣、受けてみよ!」
剣を振り上げるバルド。
しかし、ドラゴンは前脚でそれを薙ぎ払った。
とっさに盾で防ぐバルドだが、馬から落とされてしまった。
ドラゴンはバルドに前脚を振り下ろそうとする。
フリッツも矢を放つが、逆鱗には届かない。
「バルドさん! なっ!?」
いつの間にか、ドラゴンに疾走する者がいた。
最初は、皇帝の眼がそうしているのかと思った。
だが、違う。小さくか弱い女の子が短剣を手に、ドラゴンに迫っていたのだ。
「エルゼ!? 危険だ!」
ドラゴンに立ち向かっていたのは、エルゼだった。
いくらなんでも無謀……
ドラゴンは小さなエルゼを睨むと、バルドではなくエルゼに腕を振るった。
エルゼはそれを避け……左腕の攻撃も避ける。
ドラゴンはすかさず、エルゼに嚙みつこうとした。
しかしエルゼはそれを避け、その頭を蹴り、高く飛ぶ。
ドラゴンはすぐに空を見上げた。見上げてしまった。
すぐに、フリッツの矢がドラゴンの喉元、光る鱗に突き刺さった。
「ガァアアアアアアア!」
ドラゴンは断末魔を上げ、倒れるのだった。
その目は、閉じるまでずっと、綺麗に着地するエルゼに向けられていた。
兵たちは信じられないのか、唖然としていた。
「ど、ドラゴンが倒れた……あの子が」
「す、すげえ……矢を撃ったのは、あの貴族様だけど……とにかく倒したんだ!」
兵たちは、すぐに喚声を上げた。
「エルゼ!!」
俺は、バルドを起き上がらせるエルゼに駆け寄る。
バルドが言った。
「お主……剣を交えたときから、ただならない者と思っておったが……ともかく、感謝する」
「いえ、私は何も……ただ、囮になろうと……」
エルゼはドラゴンの攻撃を避けたのが自分でも信じられないのか、少し困惑していた様子だった。
俺はそんなエルゼに声を掛ける。
「エルゼ……本当にありがとう。おかげで助かった。だけど……」
「出過ぎた真似をして申し訳ありません……殿下のお傍を離れたことは、軽率でした」
「いや、それはいいんだ。そんなことじゃなくて」
……危険だからこれからは飛び出すなとは言えない。
エルゼが行かなかったら、バルドは死んでいた。
それにエルゼは……分かっているようだった。ドラゴンの動きも。
全て完璧に、あの状況を作り出した。
【夜刀神】の力なのだろう。
彼女はやはり別格なのだ。
もちろん、過信は禁物だが。
バルドが俺の気持ちを代弁するように言う。
「殿下はお主の身を案じておるのだ。というより、ワシのような爺のために危険を冒す必要はない……わしが死んだところで、誰も悲しまん。ワシは名誉の戦死になるし、満足だしな!」
バルドは豪快に笑った。
そんな寂しいことを言わないでくれと言いたくなったが、フリッツがやってくるのを見てバルドが声をあげる。
「おお、フリッツ殿! お主も見事であった」
「私はただ矢を撃っていただけですよ。エルゼ、見事だ」
フリッツの言葉に、エルゼはただ頭を下げる。
さらにリベルやアーグからも褒められ、なんだか照れているようだった。
それを微笑ましく見ていたバルドは、護衛の兵に言う。
「よし、皆このドラゴンを運ぶぞ! ドラゴンの肉は美味。鱗や皮も、牙も有用。殿下、これを手土産にファルスに入城しましょう!」
「ああ。レリウスが残した馬車もある。皆、運ぶのを手伝ってくれ!」
俺たちはドラゴンを解体、回収すると、ファルスへ再び進むのだった。




