14 出発しました!
俺たちは、リーベルンへの旅支度を整えた。
といっても、もともと大したものは持っていない。
衣服や道具などの生活必需品を箱に詰め、御者と馬車を手配したぐらいだ。
旅の資金はある程度、皇帝が与えてくれた。が、フリッツによればかなり切り詰めないと、リーベルンまでは行けないという。
リーベルンまでは船を使ったほうが早いのだが、そのせいで陸から行くことにした。
また、リーベルン近海は魔物があふれ、まだ陸路のほうが安全だそうだ。
代官レリウスも陸路を取るというので、監視したいという目的もあった。
──まあ、彼らは歓迎してないようだが。
彼らの車列の前方にあるが、何とも嫌な感じだ。
こちらを面倒くさそうに見てくる。
レリウスに至っては俺と話そうともせず、彼の部下が旅程を伝えに来ただけだ。
リベルが不服そうに言う。
「失礼な男だ……殿下に一言の挨拶もないなんて!」
「まあまあ。これから一緒に旅するんだ。それより、護衛の兵はまだかな……」
辺境へ行かされるといっても、俺は皇子だ。
だから、任地まで護衛の兵が付く。
傭兵か近衛兵かは帝国の情勢次第だが、少なくとも三十名は付くと思う。
以前、貴族街まで同行してくれた皇帝の眼の者は、今回も同行してくれるようだ。
しかし、同行する兵士は……来た。
皆、やる気のなさそうに行進してきた。
三十名ほど。皇帝の兵だとは思うが、新兵ばかりのようだ。
その中から、一人杖をついた白髪の老人がやってくる。
鎧を身に着け、体格はしっかりしているが……
右足が義足だ。
義足の老人は俺の前で跪く。
「バルド・プロイスと申します。この度は畏くも陛下より、リーベルンへ赴く殿下の護衛を仰せつかりました。どうか、お見知りおきを」
「バルドさんですね。よろしくお願いいたします」
俺は頭を下げた。
だが、アーグが不安そうな顔で言う。
「し、失礼ですが、その足で旅に同行できるのですか?」
「心配ご無用! 馬に乗れば、そのようなこと関係ござらん!」
バルドは自信満々に答えるが、アーグは心配そうに続ける。
「た、確かにそうかもしれませんが……ご高齢ですし」
「人は見かけによりませぬよ。お坊ちゃま」
「お、お坊ちゃま!? 私はもう、リヒト殿下の立派な騎士です!」
「そうすぐ熱くなっては、騎士は務まりますまい」
「む、むむむ……」
バルドは言い返せないアーグを、微笑ましそうに見た。
なんだか、俺にも優しい視線を向けてくれる……会ったことあったかな?
しかし、確かにアーグの気持ちも分かる。
足のない老兵を不安に思っているのだろう。
だが、バルドは頼りになるはずだ。
彼の鎧は俺もよく知る宮廷の近衛兵と同じなのだ。年季の入った。
「バルドさんは、近衛兵で?」
「はっ……八年前までは、近衛師団に所属しておりました」
「八年前……とすると、僕が生まれた年です!」
「ええ。実は、殿下のご誕生を陛下にお報せしたのは、ワシでしてな。あれが、陛下への報告の最後でした……今回の任、まこと光栄です」
やけに俺を見る目が温かったのは、そのせいか。大きくなったなあという感じなのかも。
「僕のほうこそ、光栄です! そんな方に護衛していただけるとは」
俺は嬉しそうに返した。
近衛兵だ。
老いたとはいえ、訓練を積んだ戦士に間違いない。
それは、バルドのユニークスキルも証明している。
【大戦士】。
あらゆる武技が上達するスキルだ。
また、武術の指導に優れ、周囲を鼓舞する力がある。
一方でフリッツは、「バルド、バルド……」と何かを思い出すように呟いていたが、やがておおと声を上げる。
「バルド近衛師団長……数多の戦で皇帝をお守りしてきた御仁ですね! ですが、最後は陛下に逆らい……」
「ご存じでしたか。これはお恥ずかしい」
皇帝に逆らった……すごい人だな。
誰だって、皇帝本人に反対意見を述べたりしない。
近衛師団をやめたのはそれが理由か。
エルゼは俺の隣で呟く。
「頼りになりそうな方ですね!」
「ああ。スキルも……いや、経験に勝るものはないはずだ」
新兵のほうは不安だが、バルドがいるのは心強い。
もっとも皇帝は、彼を義足の退役軍人としか思ってなかっただろうが。
そんな時、一人の男の子が俺のほうにやってくる。
「……グロン」
俺とエルゼに度々嫌がらせしてきた男。
今回俺にリーベルン行を言い渡したベーロン公爵の息子だ。
グロンはにやにやと俺を見ていた。
「いやあ、殿下。お久しぶりです! そのお年で総督とは恐れ入りましたよ。しかも、ご自身で向かわれるなんて!」
「祝いに来たのか?」
「ええ、おめでとうございます。辺境の総督だなんて、要職も要職です。うらやましい!」
皮肉っぽく言うグロンに、俺は提案する。
「じゃあ、父に言って変わってもらったらどうだ?」
「僕が? いやー、僕は行きたくないですよー。そんな辺境」
「自分な嫌な場所に、他人を押し付けてか……」
グロンは首を横に振る。
「いやだな、殿下。それじゃあ、僕が殿下を宮廷から追放したみたいな言い方じゃないですか。僕が無能……これは失礼、あなたなんかに執心してると? 質の悪い冗談だ、そんな暇じゃないんで」
「……じゃあ、何しにここに来たんだ? 笑いに来たんだろ?」
「ただのご挨拶ですよ。あと警告。周囲には気を付けてくださいね。ご就寝中も」
言われなくたって分かっている。
レリウスが俺に何かを仕掛ける可能性はあるんだ。
「……脅しのつもりか? 随分と堂々としてるな」
「まさか。本当に、殿下の身を案じているだけです……まだ死なれては面白くないのでね。それでは」
背中を向けるグロンに、因縁のあるリベルとアーグは舌をべえっと突き出した。
向こうで生き延びても、グロンは俺に嫌がらせをしてきそうだな……ここ半年、懲りてくれたと思っただけに残念だ。
エルゼは俺の手を握った。
「殿下、私がお守りします。必ず……」
「ありがとう、エルゼ……皆も、一緒に来てくれたこと、本当に感謝する。それじゃあ、出発しよう!」
「おう!」と、皆声を返してくれた。
俺たちは帝都を発ち、リーベルンへと向かうのだった。




