100回告白するので99回断ってください
最近、僕はモテる。
尋常じゃないほどにモテる。
僕の元には毎日欠かさず一枚のラブレターが届き、そして必ずその日のうちに、送り主から告白されるのだ。
清楚な黒髪ロング、活発そうな茶髪ギャル、委員長気質な眼鏡っ子、金髪の美少女留学生―――等々。
告白してくる女の子のタイプは日々違うが、兎に角あらゆる女の子が僕に好意を寄せてくる。
何故僕なんかに?なんて疑問も始めはあったが、今ではこんな生活にももう慣れた。
そんなモテまくる僕には、不思議に思っていることが一つだけある。
それはどういう訳か、一日に二枚のラブレターが届いたことが、今までに一度も無いということ。
こんなに多くの女の子が僕に惚れているのであれば、たまにはブッキングしてもおかしくないのだけれど、告白してくるのは絶対に一日に一人だけ。
凄まじく謎である。
僕はその奇妙さに頭を抱えながら、今日も欠かさず学校に向かっていた。
僕へ告白するために待っている女の子がいる、と想像すると休む気にもならない。
学校に着いた僕は、まず下駄箱の扉を開く。
それは靴を内履きに履き替える為に――という理由と併せて、ラブレターの有無を確認するためだ。
ここでラブレターが見つかる確率は約20%。
王道的手段ということもあり、比較的高確率で用いられる方法の一つであった。
僕は靴を取り出すのと同時に、ラブレターを念入りに探す。
するとそこには―――
「お、あった。今日は下駄箱の日か」
―――可愛らしいハートのシールで留られた、まさにラブレターと呼べる便箋を、見つけることが出来た。
中を確認すると、「放課後、屋上で待ってます。一途君へ」という、女の子の筆跡で書かれた一文が。
勿論、一途とは僕のこと。
これは間違いなく、告白の為に僕を呼び出すラブレターであった。
「そっか、今日は屋上か……」
そのラブレターを見た僕は、暗い声で呟く。
ラブレターを受け取った男子の反応としては、大歓喜するのが正解だと分かっている。
ドキドキして興奮するなり、ただ顔を赤らめるなりと、人によってベクトルは違えど、何かしら喜びを示すのが絶対に正しい。
しかし僕にとってこのラブレターは、受け取って嬉しく思える類の物ではないのだ。
むしろ気分は落ち込み、申し訳なさではち切れそうになる。
何故なら僕は、どんな女の子に告白されようとも、絶対に断りその子を悲しませてしまうから。
「申し訳ないな……」
例えどんな美少女が現れようと――それこそ稀代のアイドルが僕に告白してきたとしても、僕は必ずその告白を断る。
今までに繰り返された98回の告白も、何一つの例外なくそうしてきたし、この先の告白も受け入れるつもりは全く無かった。
理由はただ一つ。
「僕は片奏さんが大好きだから」
この片奏さんへの想いが消えない限り、僕は誰の告白も受け取れないのだと思う。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
私――片奏は、これから一途君に告白をする。
これは私の、99回目の告白である。
今までに毎日繰り返した98回の告白は全て断られ、結局一度として、彼に振り向いてもらうことは出来なかった。
私は私に自信がない。
故に私は私を覆い隠す。
演劇部である私は、変装するのが得意だった。
化粧でどんな姿にもなれるし、どんなキャラクターでも演じきれる自信がある。
一途君はどんな人が好きなのだろう、なんて考えながら、私は毎日誰かを演じて、一途君に想いを告げるのだ。
一途君が、素の私を好きになってくれる筈はない。
だから私は、テレビの向こうの人物や、アニメの可愛いキャラを模してみる。
私よりも可愛い彼女たちを真似れば、もしかしたら一途君が私と付き合ってくれる未来も、あるのかもしれない、なんて考えで。
もしもそれで一途君が私を受け入れてくれたのなら、私は一生その人物を演じ切る覚悟があった。
「……そう思って始めたのに、もう99回目ですか」
何が悪いのだろう、と私は悩む。
98回も挑戦して、一途くんの好みに擦りもしないなんてことは、正直考えづらい。
きっとその中のどれかに、彼の好みの女性がいた筈だ。
でも、それでも断られるのだとしたら、その原因は一つしかない。
「……やはり演技をしていても、私の陰鬱さが滲み出てるのかもしれませんね」
結局のところ、何に変装しようが私は私である。
隠し切れない私の醜さが、一途君に本能的な嫌悪感を与えているのだろう。
曇り空の下、私は俯く。
ここは屋上。
一途君を呼び出した、約束の場所である。
雨が降りそうな程ではないが、やや薄暗い。
私はそんな空模様を恨めしく思いながら、屋上の扉が開くのを待っていた。
今日私の演じる人物は、黒の長髪を携えたクールな女の子。
決して泣かず、常に凛々しく。
そして常に人々の先導たれ、を地で行く、私とは真反対のキャラクターだ。
99回目の告白ともなるとネタも尽きてくるが、それでも私は試行錯誤を繰り返していた。
―――ふと、扉が開き始めた。
それを見た私は、己に命じる。
切り替えろ、と。
今この瞬間から、私は片奏ではない。
この一途君への想いをだけを残して、それ以外の全てを捨てる。
「――――。」
一途君が、ボクの正面に立った。
「こんばんは、一途君。来てくれて嬉しいよ」
「いえ、そんな」
ボクの声を聞いた一途君は、少し残念そうに微笑む。
毎回毎回、一体何を感じてそんな顔を浮かべるのか、ボクには分からない。
いつもボクの姿を見た瞬間に形作られる、その悲しそうな表情には、どんな意味が込めれているのだろうか。
いや、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
少しでも一途君にとって、魅力的な女性として映るよう、出来る限り私を捨てなくてはいけない。
「えと……ボクが君を、こんな場所にまで呼んだ理由は、他でもない」
それは少し、恥ずかしそうに。
「わ、分かるだろう?ボクが何を言いたいのか」
頬を赤く染めながら。
「ボクは、き……君のことが、好きなんだ」
耐えきれぬように、一途君から目を逸らして。
「ボ、ボクと、……付き合って、くれないか?」
前のめりに。不安そうに。
――そんな、演技の積み重ね。
それがこのキャラの告白だと、ボクは知っていた。
ボクは一途君の顔を見つめて、その返事を待つ。
今のボクの姿は、間違いなく美少女に分類される。
そんな人物が、顔を染めて羞恥に耐えて想いを告げたのだ。
いくら一途君でも全く心が揺らがない、なんてことはあり得ない。
演じるのだ。
今この瞬間も、一途君の理想に沿わせるために。
私に振り向いてくれなくても良い。
ボクに振り向いてくれれば、それで満足だからと。
そう願うボクに対して、一途君が告げた言葉は。
「……ごめんね。僕は君とは付き合えない」
99回目の拒絶だった。
―――また、ダメでしたね。
一瞬、ボクでは無い私が漏れ出してしまうが、ボクはすぐに覆い直す。
99回聞いた言葉でも、やはり一度目となんら変わらぬ切なさを感じさせられる。
ボクはあと何回、この切なさを味わうのだろう。
何度断られて傷付けば、ボクの夢は叶うのだろう。
そもそも前提として、何百回と傷付いた果てにボクは一途君と付き合えるのか。
途方もなく不安になる。
それは唯一私が自信を持っていた、演技の鎧すら否定されていくような気分だった。
「……ボクの、何処がダメだったのだろうか」
つい声に出して、しまったと思った。
今までの98回でも、怖くて決して聞けなかった「何故私の告白を断ったのか」という質問。
もしも、他に好きな人がいる、なんて答えが返ってきたら、私の心は折れてしまうと断言できた。
だから徹底的に避けていた問いだった、のに。
今回のキャラの演技に集中するあまり、半ば無意識に言葉が溢れてしまったのだ。
このキャラならば絶対にこの質問をする、と感じてしまった。
一途君が、ボクに目を向ける。
「君がダメなわけじゃないよ」
そして返事が聞こえてきた。
止めてくれ。
知りたくない。
まだ諦めたくないのだ。
ボクを否定してくれて構わないから、「好きな人がいる」という言葉だけは―――
「僕、他に好きな人がいるんだ」
―――あぁ。
「……片奏さんって言う人なんだけど」
あえ?
聞き間違いだろうか。
今、私の名前を呼ばれた気がする。
「い、今……誰のことが、好きだと言いましたか?」
「え?……へ、片奏さんって人です。演劇部の」
片奏。演劇部。
私以外に、演劇部の片奏さんなんて居ただろうか。
いや居ない。
居る訳がない。
「……?」
少しずつ、私の中で理解が進んでいく。
つまり一途君は、素の私が好きだったと。
そして私と付き合うことを諦め切れず、今まで99人の告白を断ってきたと。
「………っ、、」
不味い、顔が赤くなってきた。
嬉しくて嬉しくて、叫び出しそうになる。
私は演技を止めてしまっている自分に気付くが、今はそれどころではなかった。
一途君は、私のことが好き。
その一文だけが、永遠と私の頭の中をループし、その度に幸せが私を包み込むのだ。
「僕は君のことも、魅力的だと思う……っ!」
ふと、一途君が言葉を続けた。
それは尋常じゃなく申し訳なさそうな口調。
私は真っ赤に染まる顔を隠しながら、一途君の方へと目を向ける。
「でも……っ!僕の中では、片奏さんが一番可愛いんだ……ッ!!!」
「!?!?!?」
「片奏さんの、あのミステリアスな雰囲気が……、僕のドストライクなんです……っ!!!」
「!?!?!?!?」
「それに偶に僕を見て微笑んでるのが、もう……愛しくて……っ!」
「(ババババレてたんですか!?)」
不意にオーバーキルを食らった私は、きっと頭から煙を噴いていた。
あぁもうダメだ、私は一途君の顔を見ていられない。
既に演技も何もなく、ただワタワタするだけの私である。
そんな私の姿を見て何を思ったのか、何故か一途君は泣きそうな顔を浮かべていた。
「ごめん……っ。僕に顔を見せられないくらいに泣いているんだね……ッ!!本当にごめん!!」
いえ、嬉しくて泣いているだけです。
顔を隠しているのは、照れが上限突破しているからです。
どうしてだろう、幸せなのに涙が止まらない。
私は「決して泣かない女の子」を演じていた筈なのに、喉が震えて仕方がない。
「うっ、うぁ……ぐすっ……」
泣き出す私を見た一途君は、下を俯いて、辛そうな表情を浮かべている。
「ごめん、ごめんね……」
違う、違うのだ。
貴方が謝る必要なんてないんです。
むしろ謝らなければならないのは、一途君に告白を断わる苦しみを、何度も与えてしまった私の方。
ごめんなさい、ごめんなさい。
次で最後にします。
それが私からの、最初の告白です。
「うっ、…ぅ……ぁ、」
私は泣きながら、心に決めた。
明日、私は私として、100回目の告白をすると。
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