化粧落とし
あー、今日も良く働いた。
化粧品のアドバイザーとして働いて早10年。
来る日も来る日も誰かの顔におしろいを塗り。
来る日も来る日も自分の顔におしろいを塗り。
塗りたくられた私の顔は、しみだらけのしわだらけ。
わたしの素顔を知る人は誰もいない。
わたしの素顔を知りたいと思う人は誰もいない。
一人ぼっちで家に帰って、まずすることは、化粧落とし。
クレンジングを手に取って、指で掬ってほっぺにべたり。
指先で顔全体に、ぐるぐる塗りこむ。
ぐるぐるぐる。
塗りこむ塗りこむ。
白いクレンジングが肌色に染まる。
ぐるぐるぐる。
塗りこむ塗りこむ。
目の周りも、眉の辺りも、しっかりぐるぐるぐる。
この塗り固められた顔面を、きっちりしっかり落としきらねば。
ぐるぐるぐる。
塗りこむ塗りこむ。
私の顔面装備がはがれてきた。
ぐるぐるぐる。
塗りこむ塗りこむ。
敏腕化粧品アドバイザーの顔がはがれる。
ぐるぐるぐる。
塗りこむ塗りこむ。
疲れた私の顔がはがれる。
ぐるぐるぐる。
塗りこむ塗りこむ。
すっきりした私の顔がはがれる。
手を止めて。
ぬるま湯でクレンジングを流したら。
のっぺらぼうの私がそこに。
しまった。
化粧を落としすぎた。
また一から書き直さないと。
人のふりして働きすぎると加減、忘れちゃうのよね。
洗顔フォームでクレンジングを洗い流してすっきりしたあと、私は再び、化粧を施した。