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潜水館の殺人  作者: 菱川あいず
事件
3/18

協議

「例の遺言書だが,法的にはどうなるんだ?」


「どういう意味?」


 一郎の質問に,二郎が聞き返す。



「つまり,法的に有効なのかどうかっていうことだ。『潜水館の危険な仕掛けをくぐり抜け,逃げずに生き延びた者に私の全財産を相続させる』の部分だよ。そんなはちゃめちゃな遺言,法的にアリなのか?」


「正直,法的に有効なのかどうかは分からない。公序良俗に反している可能性はあると思う。だけど,仮にこの館に危険な仕掛けがあって,誰かが命を落とせば,実際にその人はお父さんの財産を何も相続できないことになるから,結果として,『生き延びた者』に全財産が相続されることになると思う」


 そう答えたのは五郎だった。

 五郎はさらに説明を続ける。



「お父さんは一度も結婚していないから,法的な配偶者は誰もいない。そうすると,相続をするのは子どもたちだけということになる。仮に子どもが誰か死んだら,そのさらに子ども,つまり孫が代襲相続することになるけど,僕ら兄弟姉妹は誰一人として結婚していなくて子どもがいない。だから代襲相続は発生せず,死んだ子どもは単純に相続から外れることになるんだ」


 五郎の指摘どおり,兄弟姉妹は,全員が30代もしくは40代だというのに,誰一人として結婚をしていない。それぞれのライフプラン選択の結果,たまたまそのようになっているだけではあるのだが,もしかすると父親から家族の愛を受けた経験がないことも関係しているのかもしれない。



「なるほどな。じゃあ,仮に今俺が五郎を殺せば,五郎の分,他の4人の相続分が増えるということか」


「その考え方は惜しいね。法律上,相続分を増やすために他の相続人を殺した場合には,刑務所に行くだけでなく,相続から排除されることになるんだ。本来もらえるはずの取り分ももらえなくなる。だからオススメはしないね」



 縁起でもない仮定の話について,五郎は淡々と答える。

 一郎は「なるほどな」と小さく声を漏らした。



「ちょっと,そういう,誰かが誰かを殺す,みたいな話はやめにしようよ!!」


 三枝がヒステリックに叫ぶ。



「私たち,たしかにお母さんは別々だけど,みんな兄弟姉妹なんだから,お金のために殺し合うなんて,絶対にありえない!!」


「じゃあ,三枝,なんのためにお前は今日潜水館に来たんだ?」


「それは,お父様の遺言の指示に従ったまでよ。お父様が,潜水館に集結するように,って言ったから。お父様の意思を尊重したの」


「その『お父様の意思』のためにわざわざ死ぬリスクを冒したってわけかい?」


「そうよ。潜水館で誰かが死ぬとは限らないでしょ? 何かオカシイ?」



 一郎がガハハと豪快に笑う。



「ああ。オカシイ。オカシ過ぎるな。遺言書には,『潜水館の危険な仕掛けをくぐり抜け,逃げずに生き延びた者に私の全財産を相続させる』って書いてあるだろ。誰かが生き延びるっていうことは,誰かが死ぬんだよ。俺らは全員そのことを分かってこの潜水館にやってきたはずだ。俺らは全員,命の危険を冒してでも遺産が欲しい,と思っているイカれた野郎なんだよ」


「私は違うもん!!」


 正直,この点については一郎の言っていることの方が正しいと思う。あの遺言書を読んで,ノーテンキでこの館に来ることができる人間などいないはずだ。遺言書にはハッキリと「危険な仕掛け」と書いてあり,間違いなくその仕掛けによって誰かが死ぬことが予言されている。


 二郎だって,死のリスクを十分に覚悟した上で,ここに来たのである。それくらいに正治郎の遺産は魅力的である。

 一生,いや,人生100回分くらい遊んで暮らせる額の遺産である。死のリスクを冒す価値がある。



「それにしても『危険な仕掛け』ってなんですかね?」


 今まで一言も発していなかった四郎が,初めて口を開いた。ほとんど会ったことがないものの,四郎が引っ込み思案な性格であることは,なんとなく察することができた。先ほどから誰とも目を合わすことなく,床をじっと見つめている。



「どっからか火の玉でも飛んでくるんじゃないか」


 にやける一郎に,三枝が冷水を浴びせる。



「そんなフェミコンのゲームみたいなことあるわけないじゃない」


「分からないぜ。親父の考えることは俺らには見当が付かないだろ?」


 「危険な仕掛け」とは一体何なのか。正治郎の遺言を読んでから2週間の間,二郎は幾度となくこのことについて考えてきた。

 一つ思い浮かんだことは,館から毒ガスが出る,ということなのだが,これだと兄弟姉妹全員がもれなく死んでしまうため,誰も相続人がいなくなってしまう。

 とすると,一体どのような仕掛けなのだろうか。

 二郎にはこれ以上具体的なアイデアが湧かなかった。



「もしかすると,この建物の中には殺し屋が忍び込んでいて,兄弟姉妹を一人ずつ殺していくのかもしれないね」


 五郎が真顔で言った。



「そんなミステリー小説みたいなこともないでしょ?」


「分からないよ。お父さんの発想が狂っているということについては,僕も一郎兄さんに全面的に賛成するからね」


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