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潜水館の殺人  作者: 菱川あいず
事件
2/18

 正治郎の5人の子どもは,遺言書の指示通り,潜水館を訪れた。


 潜水館の住所は,遺言書に書かれていた。都心から新幹線で1時間ほど行き,そこからバスでさらに1時間ほど揺られた先の,海沿いにその館はあった。


 平藤二郎が潜水館に訪れたとき,すでに他の4人の兄弟姉妹は潜水館の前で立っていた。



「二郎,待ってたぜ」


 真夏の強い日差しに目を細めながら,兄の一郎が右手を軽く上げる。


 平藤正治郎の5人の子どもは,それぞれ,一郎,二郎,三枝,四郎,五郎という。

 ネーミングセンスを疑うどころの騒ぎではない。このご時世,あまりにも子どもたちを馬鹿にした名付けである。この単純な名付けは,まさに正治郎が子どもたちを愛していないことの裏付けでもあった。

 正治郎の人生にとって子どもは不要であり,むしろ邪魔であった。

 それでも正治郎に5人もの子どもがいるのは,正治郎が快楽を求めた結果でしかない。正治郎は女性を性行為の相手としかみなしておらず,5人の子どもがいるにもかかわらず,一度も結婚をしていない。それどころか5人全員が腹違いである。

 子どもたちは正治郎に対し,認知をし,養育費を支払ってくれたことにこそ感謝はすれど,それ以上に特別な感情を抱くことはない存在であった。子どもたち全員が父親はいないものとして育ったのである。

 

 そのような環境下で育った兄弟姉妹であるから,当然,兄弟姉妹同士の親交もほとんどない。


 二郎からすると,先々週の正治郎の葬式で顔を合わせていなかったら,今日会ったところで誰が誰だか分からなかったことだろう。



「外は暑いな。早速館の中に入ろうぜ」


 一郎が背後にある建物を指差す。


 「潜水館」という言葉のイメージから二郎が考えていた建物とはだいぶ異なっていた。

 別に潜水艦に似ているわけではない。海沿いにはあるが,海に沈んでいるわけではない。

 もっとも,潜水館が普通の建物であるかというと,それは決して違う。

 形はただの平屋であったが,全体が石造りだった。木造建築が主流の日本では珍しい。中世ヨーロッパのお城のような外壁であった。

 



 兄弟姉妹の先頭に立ち,潜水館の扉を開いたのは,兄弟姉妹で唯一の女性である三枝だった。

 扉に鍵はかかっておらず,三枝が体重をかけて押すと,扉はギーという音を立てながらゆっくりと開いた。

 

 扉の先にはまっすぐな廊下があり,その先に広間が拓けていた。



「なんだここ? 人の住む場所じゃないな」


 そう感想を漏らしたのは,兄弟姉妹でもっとも年下の五郎だった。

 二郎も共感する。そもそもこの館には内装というものがなかったのである。館の内側も,外壁と同じく黒灰色の石で構成されていた。壁も床も黒灰色の石なのである。

 

 そして,目に入るものは,出入り口以外の5つの扉,中心に置かれた石でできた机と椅子,そして,高い天井で回っている大きな換気扇のみである。



「お父様は,一体私たちにこの館で何をして欲しいのかしら?」


 三枝の疑問はもっともである。この館には何もない。



「コロシアムにしては机と椅子が邪魔だな」


 そう茶化したのは一郎だった。

 三枝が眉間にシワを寄せる。



「一郎兄さん,そういう冗談はやめてよ。兄弟間で殺し合うなんて滅相もない」


「別に俺だって殺し合いたいわけじゃないさ。ただ,親父が考えそうなことを言っただけだ」


 正治郎は過去に東京にコロシアムを作ろうとした男である。

 とはいえ,自らの子ども同士に殺し合いをさせるというのはさすがにそれとは質が違うのではないか,と二郎は思う。



「殺し合いをして欲しいじゃないとすると,話し合いだろうな」


「五郎,なんでだ?」


「だって,一郎兄さん,机と椅子があるじゃないか。しかも,椅子の数はご丁寧にちょうど5つなんだ。お父さんはきっと僕ら5人にまずテーブルについて欲しいんだと思うよ」


「で,遺産分割について話し合えってか?」


「それは分からないけど,立ち話も難だから座ろうよ」


 一郎と五郎は15歳も歳の差があるが,五郎は一郎に対して遠慮せずに自分の意見を言っている。

 二郎から見て,五郎は兄弟姉妹の中でもっとも頭が切れる。



 兄弟姉妹は五郎の意見にしたがい,とりあえず,椅子に座ることにした。


「この椅子,冷えな」


 少し前まで「暑い」と言っていた一郎が,今度は椅子が冷えていることについて文句を言う。椅子もこの館の壁同様,全て石でできている。

 二郎も,座ったときには,トイレの便座に座ったときのような冷感を感じ,身震いをした。



「しかもこの椅子動かねえんだな」


 椅子は金属によって床にしっかりと固定してあった。椅子が固定されていることによって不便を感じることもないが,固定されている意味が二郎には分からない。



「それじゃあ,少しだけ,遺産分割について話でもしようか」


 どっしりと足を組むと,一郎が口火を切った。

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