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水貴と田園都市線に乗るのは本当にひさしぶりだ。高校時代は毎日のように乗っていたのに、代々木に越してからはめっきり乗らなくなった気がする。
「浩樹ちょっと遅れるってさ」
「そっか。まぁ浩樹くん忙しいし仕方ないよね。むしろ忙しい中、頼み事しちゃって申し訳ないな……」
三軒茶屋を過ぎると見慣れた景色が車窓に広がった。その景色を水貴は懐かしそうに眺めている。
最後に水貴とこの景色を見たのはいつだっただろう? そう考えると私たちはずいぶんと歳をとった気がする。大学時代はよく三軒茶屋や渋谷に一緒に行ったのでそのあたりが最後だったかもしれない。
「懐かしいね」
「そうだね。僕も仕事始めてからは電車移動減ったし、田園都市線はひさしぶりな気がするよ」
田園都市線は私たちの青春そのものだった。10代を二子玉川で過ごした私たちにとって最大の移動手段だったし、デートにはいつもこの電車を利用していた。今はすっかり街の様子も駅舎も変わってしまったけれど、その景色には私たちの思い出が詰まっている。
電車が二子玉川駅に着くと私たちは昔のように手を繋いで歩いた。もう40過ぎで繋ぐのは気恥ずかしい気もするけれど悪い気はしない。
浩樹との待ち合わせ場所は私の実家だ。元々は祖母が経営していた喫茶店だったけれど、今は母が切り盛りしている。まぁ、祖母はまだまだ健在なので、かなり口出しはするらしいけれど。
「ただいまー」
私は実家兼待ち合わせ場所のドアを開けるとカウンターで作業している母に声を掛けた。
「おかえりー。水貴くんもひさしぶりねー」
「はぁ……。ご無沙汰してます」
水貴はうなじを掻きながら苦笑いを浮かべた。別に水貴と母の仲が悪いわけではない。詳しくは知らないけれど、水貴がまだ編集者として駆け出しの頃、母に助けられたらしい。母はそういうことを気にする人ではないけれど、水貴としては負い目を感じているようだ。
「お婆ちゃんは?」
「今日は俳句の会で出かけてるよ。なんか先生させられてるっぽいね」
祖母も相変わらずのようだ。もうすぐ90になるというのに、まだまだ文芸人として活動している。
「浩樹くん来るまで待たせてもらうね」
「浩樹くんに会うのもひさしぶりねー。あ、コーヒー・紅茶・ジュースどれがいい?」
「じゃあ私は紅茶で……。あなたは?」
「すいません……。じゃあコーヒーで」
家族だというのにまるで喫茶店のようだ。まぁ、実際、喫茶店だしこんなものだとは思う。
店の奥の棚に兜と鯉のぼりが飾られていた。おそらく祖母の趣味だと思う。祖母はそういう人なのだ。昔から毎月、季節感のある雑貨で店内を彩っていた気がする。
「鴨川さんの件、どうなんだろうね? 最近はテレビでもあんまりやらなくなったけど……」
「そうね……。マスコミなんてそんなものだとは思うけど……。文春の記事読んだけど、酷いことが書かれてたね。月子ちゃん可愛そう……」
事件からもうすぐ1ヶ月が経つというのに、週刊文春には月子の記事が毎週書き込まれていた。おそらく嘘ではないのだろうけど、その内容には悪意が込められていた。マスメディアは切り取り、編集が仕事なので仕方ないけれど、さすがに知人が書き立てられるといい気はしない。
「キミとしては浩樹に鴨川さんの弁護お願いしたいんだよね?」
「んー……。まぁ、浩樹くん次第だけどね。でもどうせならそうして欲しいかな。ほら、浩樹くんやり手だしさ」
浩樹は今から5年前に検察官から弁護士として独立していた。検察時代から彼は有能だったらしく、業界内ではかなりの有名人らしい。
「受けてくれるといいね。栞の大切な友達だもんね」
「そうだね……」
水貴はその言葉とは裏腹に月子とあまり関わらないで欲しがっていた。まぁ、殺人未遂事件の容疑者で、そのほかにも黒い噂が絶えない人間なので当然だと思う。でも私は今回ばかりは自分の意見を押し通すつもりだ。水貴には悪いけれど……。
浩樹がやってきたのはそれから10分後のことだ。