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ジャスミンティーの華やかな香りが広がる。その香りはスコーンの甘く香ばしい香りと混じり合って、私の嗅覚を刺激した。硝子製のティーポットの中で茶葉が広がり、褐色の花が咲いていた。
「進路なんだけどさ……」
文子はミルクティーを一口飲むとそう切り出した。
「うん。大学進学でしょ?」
「そう……。なんだけどさ……。ちょっと進路変えようかなって。ただね。お金掛かるからさ」
「いいよ。言ってごらん? 別に反対したり怒ったりしないから」
私がそう言っても彼女はとても言いにくそうにしていた。余程、お金が掛かるのだろうか?
「あのね! 大学進学前に留学したいんだ……。将来は翻訳の仕事就きたくてさ」
「いいんじゃない? まぁ、今の時代、語学は堪能なほうがいいしね」
「で、でもさ。お金掛かるじゃん? お小遣いだけじゃ留学厳しいよ……」
私は内心、この子は何を心配しているのだろう? と思った。まさか、自分の稼ぎだけで海外留学するつもりだったのだろうか?
「ねぇ文子。お父さんだって学費出さないって言ってるわけじゃないのよ? むしろそのためにお金稼いでるんだから。仮に何千万掛かったって、あなたが好きなことできる方がいいと私は思う。嫌な言い方だけど、私だってそれなりに稼いでいるからね……。だからあなたは心配するこなく、好きな進路に進みなさい。文子1人留学させられないほどウチは貧乏じゃないから大丈夫」
私の言葉に拍子抜けしたのか、文子は脱力してしまった。どうやらこの子は本気で自分の稼ぎだけで留学するつもりだったらしい。
「ありがとう……。絶対、絶対お金返すから!」
「ハハハ、いいって別に。でも……。そうね。あなたの気が済まないなら、将来旅行でも連れてってね。そのときはフミのお金に頼るから」
私がそう言うと、文子は「わかった!」と嬉しそうに笑った――。
「ふーん……。フミがそんなことをねぇ」
「うん。どうかな? 海外留学もいい経験になると思うし、許してあげてほしいんだけど」
「そりゃあ、僕だってフミの留学させてやりたいけどさ……。でもあっちで1人暮らしとか心配だよ」
旦那はため息を吐く。水貴としては文子が心配なのだろう。それは私も同じだけれど、それ以上に娘の意思を尊重してあげたい。
「まぁね……。でもいつまでも私たちが守ってあげるわけにもいかないよ? あの子だってあと3年で20歳になるし、何事も経験じゃない?」
「うん……。分かった。とにかく文子と1回話してみるよ」
渋々だけれど旦那は納得したようだった。これで一安心だ。
「それはそうと……。浩樹のやつと明日会うんだ。キミも一緒に会いたいってさ」
「ああ、そう……。うん。いいよ。どっかで夕食食べる感じ?」
「そうだね……。じゃあお義母さんの店で待ち合わせしよう。あそこなら近いし、浩樹も馴染みだから気安いだろう」
いよいよか。私はそう思った。これで月子に会えるかもしれない。
「なぁ栞? 鴨川さんに本当に会うつもり? 一応、彼女は犯罪者だからあんまり……」
旦那はそこまで言いかけて、口を閉じた。
「心配してくれてありがとう……。でも、大丈夫。月子ちゃんは私の親友だから」
私は旦那を安心させるように笑顔を作る。旦那の心配ももっともだろう。でも私は……。
翌日。私と水貴は母の経営する喫茶店へ出かけた――。