鈍く光る宝石のようだと直感した。
町外れの小さな喫茶店は、バーと同じように老人の溜まり場となっていた。余所からの客は皆無だろう。バーと同じようにクローズをちらりと見て、すぐに興味がなさそうにコーヒーを啜っていた。
病院での老人が呻いた言葉の中に、ここに来るようにと伝言があった。聞き逃さないように近くにいたのが幸いした。あのまま話をしないで帰っていたら、新たにできた手がかりを失うところだった。
マリー・エンバンスという少女の名が時折歴史に顔を出すのは何故なのか。同姓同名であるのは明白。しかし何故同じ名なのか。そして何故誰もそれに関与しないのか。何故オルガンだけが気づいたのか。そして───
「……何故オルガンだけが気づけたのか」
メモ帳に黒い点がいくつも生まれる。クローズのペンがメモ帳に何度も叩きつけられているからだ。そしてハタと止まり時間を置いて、再びペンが点を増やしていく。
「そもそも何者なんだ、この少女は。何故必ず病院が関係している? 彼女は、いや彼女達は皆一様に体が悪いのか? 何の偶然だそれは。そうだな、そんなバカな話はない。同姓同名の別人であるのが普通だ」
独り言が空を漂う。コーヒーの香りがくすむ。
「問題は、そう問題はそれなんだ。マリー・エンバンスがそもそも何者なのか、だ」
喫茶店の脇を救急車が走る。老人達が少し腰を浮かせてそれを見送った。
「列車までまだ時間がある……あの年寄りは何をしているんだ」
黒い点が増えていく。点と点を結んで星を描いた。
近所の人間らしき男が戸口から荒々しく入ってきた。
「おい大変だぜ。キンゼルのじいさんが死んだ」
それを背で聞いたクローズは、一瞬で鳥肌に覆われた。老人達が慌ただしく外に出る。気がつくと店には誰も残っていなかった。口角を上げるクローズ以外。
「なるほど、なるほど……そうきたか」
待ち人は来ない。クローズは確信した。だから腰を上げ、コーヒーの代金をテーブルに置くと、荷物をまとめて店を出た。
手がかりは失われた。クローズはそう確信した。しかし顔は笑っていた。
「僕をあくまで遠ざけるわけか……いいよ、いいよ、最高だ。ゾクゾクするよ」
列車の時間まで、ホームにはクローズしかいなかった。笑っているクローズしか。
『これを聞いたら連絡しろよ。ったく、お前どこまで行ったんだ。おーい、知らねえからな俺は』
家に着くと、ジャービルから伝言が入っていた。ほとんど鳴らない家の電話を解約しようとしていた矢先、やめておいてよかった。すぐにジャービルにかけ直すと、第一声がため息だった。
『お前どこほっつき歩いてんだ。編集長がブチ切れてるぐらい、何となく分かるだろ。お前ど突かれるぞ、ホントに』
「先輩、オルガンの記事は倉庫にまだ眠っていますか?」
『ハァ? お前まだそんな事言って───』
「大切な事ですよ。どうなんです?」
『え、怒ってる? 俺にキレんなよもう~』
「どうなんですか」
『知らねえよぉ。そもそもお前が持ち出すまで、俺だってオルガンじいさんの記事なんざ、存在すら知らなかったんだからよ』
「なんて使えない先輩なんだろう」
『お前果てしなく失礼なヤツだな。だったら自分で調べろよ』
「会社に行ったら編集長にど突かれるじゃないですか」
『自業自得だろうが。とにかく、ちゃんと会社に顔出せよ。俺は庇いきれんからな』
「あ、最後にもう1つ。キンゼルという名をご存知ですか?」
『キンゼル? オルガンだろ』
「え?」
『いや、だから、オルガンだろってんだよ』
「キンゼル、ですよ?」
『そうだよ。お前オルガンの記事調べてんのに、何でオルガンの名前も理解してねえんだよ。キンゼル・R・オルガンだろ』
クローズは震えた。口角が裂ける勢いでせり上がる。
ではあの墓は誰のものなのか。フェイクか?
明日、会社に行く事を告げると、クローズは電話を切った。