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一目見た時から、

 デスクトップと睨めっこ中です、とクローズは答える。画面に映る先代が残した記事録の向こう側では、先輩のジャービルがブラックコーヒーにダバダバとミルクを注いでいた。



「まぁたお前、オルガンの記事を見てるのか? 好きだねぇ」

「ええ、堪らなく」

「州立病院から苦情が来たらしいぞ。お前少し控えろ」

「何故です?」

「何故ですってお前……」



 ジャービルは真っ白になったコーヒーをあおった。



「その記事はデマだからさ」

「先輩まで言うんですか? なら何故この記事は削除候補にすらならないのです?」

「知らんよ。編集長の意向だ。あの偏屈はそういうのがお好きだからな」

「編集長はこの記事に信憑性があると践んだからでは?」

「だから知らんさ。編集長に聞け」



 ジャービルは頭を掻き、本日7杯目のコーヒーのおかわりを注ぎに行った。


 クローズは立てた肘に顎を乗せ、オルガンが書いたその記事を食い入るように眺める。



 1887年3月から始まる記事をまとめたその束は、クローズが産まれる遥か前から倉庫で眠っていたものを、今はとうに退社している記者オルガンがまとめたものだった。この記事をまとめるのに20年を費やしたと記されている。

 そこに出てくる名は、歴史上でも有名な著名人の名も時折見つかっていた。そして最も多く出てくる名は───



「マリー・エンバンス……」



 マリー・エンバンスが歴史に登場したのは1887年。その当時の写真も残されていた。金髪で目の大きな、大変美しい少女だと記事にも書かれている。

 最初に登場したのは、その少女が事故に合い、州で最も大きな大学病院に搬送されたという、どこにでもある地方記事のほんの小さな枠だった。新聞を購読している者でも、一度読めばもう気にも留めないような、どこにでもある粗末で小さな記事だった。


 それから15年後、同じ名の少女が地方都市の病院へと入院したとの記事が現れた。それも極々小さな記事で、やはり気に留める者などいないような些細なものだった。

 更にそれから30年後、地方で起きた車両事故で、再びその名が挙がった。全てが数百キロ離れた地方都市で起きた出来事である為、誰も見向きもしなかった。ただ1人を除いては。



「……先輩、このオルガンという記者は───」

「死んでるよ。とっくの昔にな」

「生きていたら?」

「……んと、俺が入社する何年前だったか……80歳以上だな。もう20年も前に退社して、その後で亡くなったそうだ。詳しくは知らん。編集長と一部の古株じいさん達しか分からねえからなぁ」



 コーヒーを啜るジャービルは、欠伸をしてキーボードを叩く。カフェインの効果はないらしい。それでも彼はコーヒーを呷った。



「カフェイン中毒で死にますよ、先輩」

「そうならない為に、ほら、ミルクをたっぷり入れてんだ。これでカフェインが相殺される」

「相殺されるわけないじゃないですか。それにコーヒーを飲む意味もなくなる」

「しょうがねえだろ。眠さには勝てん。それよりお前、来週の新球場のお披露目パレードの記事、できてんだろうな」

「それはやりません」



 ジャービルが真っ白のコーヒーを噴く。



「や、やらない!? やらないって何だ! お前クビになりたいのか!? どやされるだけじゃ済まねえぞ!」

「そんな()()()()()()()に構っているヒマはありませんよ。さて、僕は少し出てきます」

「お前正気か!? 俺は知らないからな! おいクローズ!」






 オルガンはカモニア州の街で亡くなっている事が裏付けられた。墓も目にした。ジャービルの言う通り、すでに他界している。

 編集長や古株の記者達に話を聞こうにも、全くと言っていいほど取り合ってくれなかった。だがクローズはその度に、自分の口角が上がっていくのを感じた。

 スクープというより、この不思議な記事の真相を知りたい。大きくなる探求心が、クローズの足を止めずにいる。



 しかし進展は何もなかった。オルガンの記事をたどってはみたものの、そこで八方塞がりとなった。オルガンが記事を追う事を辞めたのも、それを突きつけられたからだろう。

 ならばとクローズは、最初の地に足を向けた。マリー・エンバンスが歴史上初めて登場した、例の病院だ。



 だがそこで、またもクローズは袋小路に入り込む。その病院は今は更地と化し、跡形もなく消えていた。その街の若い住人などは、そこに病院があった事すら知らなかった。


 病院跡地からほど近いバーで、クローズはメモをまとめていた。昼間から酒を呷る老人達が、余所者のクローズを訝しげに眺めるが、クローズはそんな視線を全く気にしていない。彼の頭にはマリー・エンバンスの存在だけがひしめいていた。頭を掻き、注文した安物のスコッチを啜る。水で薄めているのか、知っている味ではなかった。



「すみません、ソーセージを1つ」



 隣を通ったウエイトレスに注文すると、金髪のポニーテールを振って振り返り、フリルのついたエプロンから台帳を取り出す。



「……あなた、ここの人じゃないでしょ」



 顔を上げずに注文したクローズは、ウエイトレスがその場に留まっていた事すら気づかなかった。言葉を投げかけられ、キョトンとした顔でウエイトレスの足を見る。

 膝下しか垣間見えない足は、白い細身の美しいものだったが、視線を上げるとそばかすが散りばめられた顔が乗っていた。彼はそばかすを好まない。薄すぎるスコッチを全て呷ると、ウエイトレスにグラスを差し出した。



「同じものを」

「薄いって顔してるわ」



 目を細めて小首を傾げる。何故ウエイトレスが自分に話しかけているのかが分からない。ウエイトレスに質問を投げかけられた事を気づかないからだ。



「訛りがここと違うもの。どこから来たの?」



 若い、であろうウエイトレスは、ペンをくるくる回しながらクローズの表情を伺う。整った顔立ちだと自分でも自負しているクローズは、時折女性に話しかけられる事があるが、考え事をしている時は、その存在すらどうでもいいと感じていた。だからウエイトレスが傍で自分に話しかけているのも、全くもってどうでもよかった。むしろ早くおかわりを持ってきてくれと、心の中では思っていた。



「詮索はほどほどに、ね」



 ウエイトレスは台帳に書き込むと、足早にカウンターへと消えた。顔をメモに戻していたクローズは、気に止めて頭を宙に向けた。



「今、何て───」



 ウエイトレスの姿はない。詮索はほどほどにとは何だ。何故自分がここに目的があってやってきた事を知っている?


 クローズは周囲を見渡すが、誰もクローズに興味を示していない。手に持つメモに視線を落とすと、ウエイトレスの髪が金髪だった事を思い出した。

 記者魂、とまではいかないが、感覚が何かを焚きつける。金髪のウエイトレスに話しかけられたのは、偶然性によるものなのか。本当に?


 クローズは席を立ち、カウンターに両手をついた。思うよりも大きな音に、カウンター内にいた店主が肩を跳ねさせ振り返った。



「な、何だ───」

「ウエイトレスは?」

「何? 注文なら───」

「今の金髪のウエイトレスはどこだと聞いている!」



 小太りの店主は目を瞬かせ、いきなり異様な剣幕で話す若者を、口を半開きで見つめる。若者はハンチングを取って息を吐いた。



「今、金髪のウエイトレスがカウンター内に入っていった。呼んでくれないか?」

「な、何だあんた。アンナの知り合いか?」



 ウエイトレスはアンナというのか。いや、名前などどうでもいい。



「早く呼べ。聞こえているだろ木偶の坊」



 若者の顔がみるみるうちに曇る。整った端正なその趣は、まるで冷たい蝋人形の如く変わっていった。冷えた視線に、店主は慌てて奥へと消えた。

 周囲に座る老人がひそひそと言葉を唱える。全てが自分への聞こえない批判だと理解しているが、クローズはそれもどうでもよかった。手の中でハンチングがくしゃくしゃになる。

 やがて奥から店主が戻ってきたが、少し引き目にクローズの前に立つと、パートの終了時間なので帰宅したのを告げた。クローズはスコッチの代金をカウンターに置くと、店から出て裏手に回る。

 裏口から数十メートル行った先に、金髪のポニーテールが見えた。クローズは口角を上げて、その背後へと走っていった。









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