報告
ナイアドの森から帰ると父も帰っていたので先生と一緒に父の元へ向かった。
先に帰っていた父は客間でにこやかにほほ笑みながら俺たちをむかえ入れてくれる。さすが社交界一の美形、笑顔が眩しいぜ。息子が魔物がいる森へ行って小さな冒険をしてきたことを報告してくるのが楽しみだという感じだろうか。
「まずはカーティス公爵家の御子息を危険にさらしてしまったことをお詫びいたします。私がアルバート様を安全地帯に残し離れていた時に魔物が現れ、この石を投げつけてきたとの事です。私には詳しくはわかりませんがこれは魔石だと思われます」
先生は父に俺を危険にさらしてしまった事を謝罪してから今日ナイアドの森で起きたことを説明して魔石を父に見せた。
「今回の魔物はナイアドの森に新たに現れた魔物の可能性があります。特徴を聞いた限りでも今まで生息が確認されてきた魔物には当てはまるものがいません」
息子の可愛らしい冒険譚どころか、思いもよらない報告を受けた父は真剣に話を聞いていた。
「では次はアルバート、君からも安全地帯での出来事を聞かせて欲しい」
父に促され俺も魔物が現れて先生が戻るまでに起こった事を話した。やはり父は俺が話し終わるまで何も言わずに静かに聞いていた。
「そうか、二人が無事に戻れてよかった。エリック殿、適切な判断と対処感謝します。しばらくはナイアドの森への立ち入りを禁止して調査をする必要がありますね」
父が言うエリック殿とは先生の事だ。先生は俺の話が終わるといくつか不可解な点があると言った。
あの場所が安全地帯と言われているのは魔物があの花の匂いが嫌いで近づかないことと、さらに花畑周辺に結界が張ることによって魔物の侵入を防いでいたからだ。
そんなふだん魔物が近寄らないはずの安全地帯に現れたこと、魔物が現れたときに森の中から生物の気配が消えたこと、俺への行動。
森の中から生き物の気配が消えたことは魔物の現れたタイミングで起きたことと、魔石の浄化が済むと気配が戻ったことから、あの魔物と魔石に関係していると考えてほぼ間違いないらしい。
次に魔物が俺と対峙した時の行動だが、結界の中に入れるのなら俺の所までだって来れただろうに花畑には入らず自分の方へ俺を呼ぶような行動をとったこと。そして動かなかった俺に石を飛ばし、意識を失った俺の命は奪わずにそのまま放置して去ったこと。
もしかして魔物の目的は石を俺に渡すことだったというのか?
だが一番の点は魔物のランクだ。広範囲の生物の感知能力が高い先生は安全地帯周辺に近づく気配を探りながら植物採取をしていたので森の様子の変化はすぐに察知したが、易々と結界の中に侵入出来る程の魔物の気配を感知することはできなかった。
気配を消すことが出来るのならやはりあれは並みの魔物ではない。あの時先生が魔物が何もせずに立ち去ったのは運が良かった、と言ったのはそういうことからだろう。
まだ話のあるという父と先生に退室のあいさつをして自分の部屋に戻った俺は、今日の出来事と先生から聞いた話をノートに書き記した。薄れていく前世の記憶や今後に影響のありそうなことは書き残しておくのだ。
今日の出来事は俺の知らないエピソードなのであの魔物と魔石が今後にどう影響してくるのかどうかはわからない。
一息ついたところで風呂をすすめられたのでのろのろと移動する。浴室に入るとふわりと心地の良い香りがした。使用人が気を利かせてリラックス効果のある香りを焚いてくれたようだ。今日は精神的な疲れも大きいのでありがたい。
服を脱ぐと石が当たったところに痣ができていた。あと、尻もちついたので尻も少し痛い。
体の汚れを落とし、お湯をたっぷりはったお風呂に浸かっていると疲れも取れてきたので今日の出来事を思い返してみる。
あの花畑は安全地帯と呼ばれる場所なので先生は俺を置いて森の奥に行った。何も知らない俺は魔物が現れるかもしれないと気を張りながら耐え続けるはずだった。
今回は不測の事態が起こってしまっただけで、本来は安全で精神の鍛錬をするにはちょうどいい場所だったのだろう。
不測の事態、か。あの時現れたのが他の魔物でこちらに向かってきていたとしたら、俺は立ち向かうことができたのだろうか。
何度も読み返した良く知るマンガの世界に転生して、憧れの登場人物に会えるかもと浮かれて、安全な場所で剣を握って強くなったつもりでいた。
実際に魔物が現れたら恐怖で震えながら石のふりをする事しかできなかった。まあ、それ以外の方法は今の俺にできることはなかったのだが、飛んできた石には反応ができず身を守ることが出来なかった。
ほんの五年前まで魔物なんていなくて、剣も魔法もないここより安全な世界で二十五年間生きていた。転生したこの世界は町の外に出たら盗賊もいるし、森の中や草原には魔物がいる。
もしこの先マンガの通りに盗賊に襲われたとしたら……。命からがらなんとか逃げられたと描かれていたけど本当に逃げ切れるのか、人間に対して剣を振れるのか、俺は確かにアルバート・カーティスだけれどマンガの中のアルバート・カーティスではない。
自分の意志で動いている。マンガの中のアルバートと同じ動きができるとは限らないのではないだろうか。
ストーリーを知っているからとフワフワ生きていたらあっさり死んでしまうかもしれない。
二年前にこの世界の事に気が付いてから家族を守りたくて頑張ってきたが、先日先生に剣術の基礎の合格点がもらえたことで気持ちが緩んでしまったようだ。
将来の目標は魔法剣士になることだけれど、家族を守るという一番の目標は変わらない。魔法が習えるようになるのは早くてもあと5年は先だ。
剣術と精神の鍛錬にのみ集中する時間はたっぷりあるし、防御についても習い始めておきたい。
今回の事で今生きている世界の現実を実感出来たのは良かった。明日からは気持ちを切り替えて今まで以上に鍛錬に励むとしよう。
夕食後はお茶を飲みながらいつものように家族との時間を過ごした。アデルは今日のダンスのレッスンで一度もミスをしなくて褒められたらしい。
求められたので一度だけダンスを踊った。足を何回か踏まれたが確かに上達していたし、楽しそうだったので褒めてあげるとうれしそうにしていて、あまりにも可愛かったので抱き上げてくるくる回したら泣かれてしまった。
前世で甥っ子によく強請られていたから、子供って振り回されるのを喜ぶものだと思っていたけれど違ったらしい。次からはやめておこう。
今日はいろいろあったせいか眠くなってきた。温かい布団に入ってしっかり眠って疲れをとらないとね。
「父様、母様、アデル、僕は今日はここまでにして寝ようと思います。おやすみなさい」
「おやすみアルバート」
「そうね、おやすみなさいアルバート」
「お兄様おやすみなさい」
部屋に戻ってベットに入り母におやすみのキスをしてもらって目をつぶる。疲れたので体が重い。すぐに眠れそうだ。……モゾ。
うん?
「えへへ、一緒に眠るの久しぶりだね」
えっと、なんでアデルが俺のベットに?
「お兄様は今日とても怖い思いをしてきたから怖い夢を見ちゃうかもしれないでしょ。だから今日は一緒に眠っていいんだって。怖い夢を見たら私がすぐに助けてあげるからね!」
なんということだろう、我が家の天使が俺のベットに舞い降りたようだ。
「うん、アデルがいてくれるから怖い思いは吹っ飛んだよ。優しい妹がいてくれて僕は幸せだよ、ありがとう」
そう言ってアデルの頭を撫でると嬉しそうに笑う。俺は幸せをかみしめながら眠りについた。