ナイアドの森 -1-
「基礎はしっかり身についたようですね。アルバート様は今後はどのような稽古をお望みですかな」
地道に鍛錬を重ねてきてついに、師匠から基礎の合格点をもらった。この先目指すのは魔法剣士だ。
今は他国との争いは無いが、国土拡大や資源を狙い侵略を進める国もある。
ソピアー王国には王宮騎士団と王宮魔法師団がある。魔法使いの国なだけあって魔法師団は精鋭ぞろいだ。騎士団は第1部隊から第8部隊まであり、その中の第8部隊は特殊で魔法をまとった剣術を使う魔法剣士部隊なのだ。
ドラゴンの王都襲来の時、エリオットはこの部隊に所属していた。なのでもちろん俺は魔法剣士部隊を目指す。けれど魔法剣士部隊は剣術と高度な魔法を使えることを必要とするので憧れだけでは入れない。
剣術はこれからも鍛錬を積んでいくとして、そうなると問題は魔法だ。魔法は精神も影響するのでだいたい10歳くらいから学べるのだけれど、そこは個人差が出るのだ。
俺は魔力量は多いが今は5歳なのでまだ魔法は学べないし、どの程度使えるのかもわからない。でも時間はまだあるのだからこれからは精神も鍛えて行こうと思う。
せっかく魔法のある世界に転生したんだから早く実際に見てみたい……。
あれ? そういえばマンガの中でアルバートはエリオットと魔法と剣術を一緒に学んでたよな。いつからなんだろう……。
「先生、僕は将来は王宮の騎士団に入って魔法剣士を目指したいです。それで、あの、王宮に見学に行くことはできないでしょうか?」
「ふむ、剣術の基礎はしっかりできていますし、これからも鍛錬を重ねていくとして、アルバート様は魔力量も多いですから精神を鍛えて行けば入れるかもしれませんな」
先生は王宮騎士団の第1部隊に所属していたのだが、今は現役を退いて剣術の先生をしてくれている。なんとか騎士団の見学をさせてもらえなかと期待を込めて聞いてみた。
「では、今後は精神の鍛錬も組み込んでいきましょう」
魔法はまだ学べないけれど準備はできますからね、とつぶやきニコリと穏やかな笑みを浮かべる先生。
うんうん、それでそれで? 騎士団の見学はさせてもらえますかー?
期待を込めてじーっと先生を見つめてみる。
「……」
「おっと、騎士団の見学でしたかね。ふむ、今はあのお方もいらっしゃることですし見学の許可も出るかもしれませんな」
まじか、言ってみるもんだぜ。あのお方が誰だか知らないがいてくれてありがとう。
「ありがとうございます。今後の稽古もよろしくお願いします」
ぺこり。
浮かれた俺はそのあと寝るまで家族との会話もまるで耳に入らなかった。
そしてその夜は騎士団の見学ができる(かもしれない)ことに興奮してなかなか眠れない、なんてことはなくぐっすり眠れて翌朝の覚めはすっきり爽快だった。
睡眠って大事だよね。ここのところ嫌な感じの夢を見ていて最後に誰かに呼ばれて目が覚めるんだけれど夢の内容は覚えていない、ということが続いていたから寝覚めの良い朝は久々だった。
今日は精神の鍛練の為に領地にある森に来ている。カーティス公爵領は街や農地の他に森もあって緑豊かだ。だが領地の外には魔物がいる。そして森にもいる。
魔物の被害があれば王宮の騎士団だったり魔法師団が討伐してくれる時もあるけれど、よほどの被害でなければ大きな街にあるギルドからギルド団員が討伐に来る。
今いるナイアドの森にも魔物はいる。種類も少ないし、そんなに強い魔物はいないと言われているけれど、子供だけで入ってよい森ではない。
今日は先生と授業として来たが森には来るのも入るのも初めてだ。剣術を習っているとはいえまだ子供だし、魔物なんて見たこともないので緊張する。
少し入ったところに開けたところがあった。そこには木は生えていなくて一面青い花が咲いている。
「この花の匂いを魔物は嫌うのでここにいれば安全です」
なるほど。
「では、私は少し奥に行って植物を採取して来ますのでアルバート様はここでお待ちください。」
えっ?
そういうと先生は森の中に入って行ってしまった。
とたんに不安が襲ってくる。先生がいた先ほどまでは森から聞こえる鳥の鳴き声とそよ風に揺れる花畑の中でのどかだな、なんて感じていた自分の危機感のなさに悔しさを覚える。
先生が言うんだからここは安全なんだろう。でも、ひとりになると聞こえてくる音を魔物が近づいてくる音なんじゃないか、なんて疑ってしまう。
なるほど、これが精神を鍛える環境なんだな。安全と言われていてもここは森の中で、森の中には魔物が潜んでいる。不安に思い始めたらどんどん怖くなっていく。恐怖心との戦いか……。
大丈夫、ここにいる分には安全だ。実践はまだだが剣術の鍛錬は続けてきた。そこまで強い魔物はいないし魔物は少ないと聞いている。
聞こえてくる音は風で揺れる木々の音だ。
剣を握りしめながら心を落ち着かせていく。
強い風が吹いて茂みがガサガサと揺れ、思わず目を向けた。
――そこには黒い大きな魔物がいた。