食事は大事なものなのだよ。
この魔王、兎に角最強である。 死を与える能力を持つこの魔王、手加減するかもしれないが、どうにも凶悪である。 でも今は美味い物が食いたかった。 能力は最強であっても、とてもゆる~く生きる魔王であった。
ジェイドレッドという大陸には、絶対に倒せぬと言われる魔王が存在している。 どれ程の軍を以てしても、例え毒を使おうとしても、その彼を殺すことは出来はしない。
此処で一つの例を上げよう。 魔王の城から遠く果てしない距離にある暗い地下の研究室。 色々な機材が並び、その男は毒薬を作っていた。 その男の名前は伏せるとしよう、どうせ覚えても意味の無い名前だ。
「これを彼奴に飲ませてやれば、例え魔王であろうと死ぬはずだ。 クククッ、楽しみにッ・・・・・ぐぁぁ苦し・・・・・ぐが・・・・・」
今その彼の命が失われたのだ。 何故そうなったかというと、それはこの俺、魔王という存在である、アルザード・ジューダス・ジェイドレッドに敵対の意思を見せたからに他ならない。
例えどれ程の距離であろうが、それが異世界であろうが、俺に敵対するものには絶対の死が与えられる。
だからこそ魔王と呼ばれ、だからこそ部下さえ居ない。 この魔王城の中は、城門から城の屋根の上に至るまで、他に誰も存在していない。
ただ一人、俺が玉座に座っているのみだ。
さて、一応俺がどんな魔族なのかを教えておいてやろう。
俺自体年齢は覚えていないが、人で言うなら十六歳位の見た目だろう。 漆黒の髪に褐色の肌、赤い燃えるような瞳をしている。 背はそれ程高くないと思う。 比べる者がいないから分からないが。
額からは三本の角が生えていて、この角は自分でも気に入っている。
そんな最強の俺にも、色々と困った事がありまくる。 メイドさえ誰も居ないから、食事の用意さえ自分でやらなければならないのだ。 一人だから掃除も相当大変だし、最強過ぎるのも困りものなのだ。
「う・・・・・腹が減った。 ・・・・・卵焼きでも作るとしよう」
調理道具は各種取り揃えてあるし、材料も色々と用意出来ている。 誰も居ないのになんで材料があるのかって? そんなの自分で買いに行ってるからに決まっている。
敵対さえしなければ相手は死なないのだ、ひっそり町に行って買い物する位なら誰も死んだりしないのだ。
ずっと一人で暮らしているから料理はそこそこ出来るのだが、一人だから何時も手を抜いてしまう。 この卵焼きもそんな感じだ。
「はぁ、もっと上手い物が簡単に食いたい」
腕が良いのならもっと頑張れというものもいるだろう。 しかし毎日毎食全力で作っていたら、凄く疲れてしまうのだ。
父親の遺産というもので、かなり大量に金は持っているのだが、使うといっても使い道が全く見つからないのだ。 大体が食事に消えて行くぐらいだった。
因みに父親も死んでいる。 この力を持つ俺を恐れ、殺そうとしたからだ。 小さい頃なので、俺は全く覚えていないのだけどな。
一番苦痛なのが、この城の中は相当暇なのだ。 話し相手も居なければ娯楽も多いものではない。 保管してあった本は全部読み尽くしてある。
何というか、この力の所為で勇者さえ来やしない。 俺と戦おうと決意し、剣を持った瞬間に死んでしまうのだから。
俺の代になって この城の中に来た者は、まだ誰も居ないのだ。 誰か来てくれさえすれば、魔王っぽい事も出来るというのに、本当に暇でしょうがない。
「・・・・・静か過ぎる・・・・・う~ん、町にでも行ってみようか」
何時も通り変装をして、俺は町に買い物に出かけた。 因みに、町と言っても城下町の様な町は存在しない。 馬にを飛ばし、一時間ぐらいの距離にその町はある。
実はこの魔王城を落とす為に作られた砦だったのだが、この俺を永遠に倒す事が出来ないので、そのまま人が集まり町になった場所だ。 俺からは襲わないので、平和と言えば平和な町だろう。
まずは食事だと歩き始めた俺は、食事のできる場所を探して行った。 大きな通りにあるにもかかわらず、人の出入りも全くない店を見つけた。 正直期待は出来ないと思ったのだが、天性の勘と言うべきものが、この場所へ入れと言っている。 どうせ暇なのだ、その勘に従うのも悪くはないだろう。
「んむ、此処にしよう」
俺が見つけたのは、冬にある春のつくし亭、という名前の店だ。 よく分からない名前の店だが、その味さえ上手ければどうでも良いだろう。
扉を開けて店を見るが、入店の挨拶さえ聞こえて来ない。 まあそういう店も無くはない、気にせずに入り、その中を見渡す。
第一印象として、汚いと思うしかない程、床や壁が黒光りしている。 これは油がこびり付いた物だろう。 何年も掃除せずに置いたから、固まって取れなくなっている。
椅子だけは何とか座れるレベルに掃除してある。 もし座れないレベルだったら帰る所だった。 まあそれだけが救いだろう。
この店には人間が一人、カウンター席の中心に立って居る。 四十を越えたぐらいの男だ。 頑固な男といった印象だろう。 店に入って来た俺の事を睨んでいる。
・・・・・おっと、食事を作り終えるまでに殺してしまったら食えなくなる。 曲がり間違って力が発動しない様にしなければ。 一応安全の為に、腹をくだすぐらいのレベルにキープしておこう。
店の親父の事は気にせず椅子にストっと座った。 そして俺はカウンターの男に話しかけた。
「この店のお勧めを貰おうか」
「お前まさか借金取りじゃないだろうな? もしそうなら、お前に食わせる飯なんてねぇ! 帰ってクソして眠ってやがれ!」
この俺が借金取りだと? 変装で確かに怪しそうな恰好はしているが、そんな面倒な職業になるつもりはない。
「ふん、この俺がそんな職業に見えるのか? 俺はただ飯を食いに来ただけだ。 それともこの場所は飯屋に見せかけた別の何かなのか? そうじゃないと言うのなら、さっさと料理を作るんだ」
「なんか偉そうな奴だ、まあ借金取りじゃないならそれでいい。 それとお勧めと言われても全てがお勧めなんだ、作れと言われれば作るが、全品全部食うんだろうな?」
「流石にそんなには食えそうもないな。 だったらお前が今作りたい物で良い、急いで作ってくれ」
「勿論金は持ってるんだろうな? もし食い逃げしようってんならタダじゃおかねぇぞ?」
「心配するな、金ならある。 なんなら先払いにしてやっても良いぞ?」
「いや、後でいいぜ。 じゃあ俺の腕前、とくと味わって行きやがれ!」
この料理人が料理を作り始めている。 一品目は・・・これは肉料理か? 分厚く切り分けられた牛の肉を豪快に塩コショウしてそのまま焼いている。 肉自体のレベルは中の上と言った所だろう。 その焼き加減は赤色から色が白くなる瞬間。 レアの弾力を残しつ、噛みきりやすい肉に仕上がっている。
味の方は・・・・・一口噛むと肉汁が溢れ、上質の油もくどくなくてとても良い。 充分に上手いレベルだ。
俺が食ってる間に、二品目に取り掛かろうとする料理人だが、それを邪魔するが如く、店の扉から三人の借金取りらしき男が入って来た。
「おう、邪魔するぜ! 今日こそ金を払ってもらえるんだろうな? もし出来ねぇってんなら、鍋でも椅子でも貰って行くからな! まあその前に、その料理を俺に寄越すんだな、食ってる間ぐらいは待ってやってもいい」
鍋や料理道具を持って行かれては、この俺の料理を作れなくなるじゃないか。 それに今作っている料理はこの俺の物だ。
「いきなりやって来て俺の料理を取るんじゃない。 料理が欲しいと言うのなら、まずは順番を護って貰おうか」
俺の言葉を聞き、その男はカウンターの机を叩いた。
「はぁん?! お前は一体誰に口をきいているのか分かって・・・・・。 は、腹が! あれ、なんか、変なもんでも、食った・・・・・か? おおぅ。 や、ヤバイ、ほんとにヤバイ!と、トイレを!」
「ああん? 残念ながら家にはねぇよ。 おめぇらがぶっ壊したんだろうが。 漏らす前に公衆トイレまで行け、公衆トイレまで」
「ぐおおおおおおおおおお、そうだったああああああああ、もう動けん! お前等、トイレまで俺を連れて行くんだ! さ、さっさとしろ!」
「「へ、へい!」」
その三人が帰って行く。 本当なら死という結果が待っていたのだが、運が良い事に腹痛だけで助かったなと思ったら大間違いだ。 この腹痛の呪いだが、受けた者が死ぬまで続く事になる。 もう一生トイレからは出て来れないだろう。 俺の食事を邪魔した罰だ、甘んじて受け入れろ。
「悪いなお客さん、此方の都合で食事の邪魔をしちまった。 この一品はサービスだ、金は要らねぇぜ」
「そうか、ならば直ぐに作るが良い。 これ以上俺を待たせるな」
「あいよ!」
そして二品目の料理が俺の前に出された。 それも充分美味しく、三品目に出された料理も満足行く物だった。
「では勘定はこの場に置いて行くぞ、今後もまた来させてもらおう。 余った分はチップだ、取って置けよ」
「お、お客さん、こりゃ多すぎる! これじゃあ借金まで返せちまいそうだぜ!」
俺は料金より多すぎる金の入った袋をドサリと置き、この店を出て行った。
アルザード・ジューダス・ジェイドレッド(魔王)
俺つえー系の最強を作ろうとしたらこうなった。 最強だから誰も挑まないし、挑めないし、挑む前に死ぬし、敵になる奴は誰も居ない。 近くに居ると下手したら死ぬから仲間も誰も居ない。