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7.あの旅の裏に、悲しい母娘がいた

 気を失ってしまった少女を、とりあえず宿屋に連れて行った。

 次の日の昼になって……ようやく、少女は目を覚ました。

 そのときホムラは少し遠い位置にいて(初対面だと怖がるかも知れないから)、俺とエンカは少女のベッドの傍にいたのだが、少女は俺の姿を見るとビクッとして固まってしまった。

 いきなり俺が腕を掴んだから、怯えてるのかもしれない。


「……起きたか。驚かせて、ごめんな」


 俺がそう言うと、少女は起き上がってしばらくじっと俺を見たあと、少しだけ首を横に振った。

 碧色がかった瞳が印象的な子だ。


「俺は、ヤハトラから来たソータだ。双子のフェルティガエ……アズマとシズルに頼まれて、ルフトに捕らわれているベラとレジェルを助けに来た」

「……あなたが……!」


 少女が目を見開いた。急に俺の腕をガッと掴む。


「お願いします! 母さまと妹を助けてください」

「妹?」

「私に珠を託したから、母さまはもうもたないかもしれません。闇が……闇が取り巻いていて……負けてしまうかも……」

「……まあまあ、ちょっと待って。少し落ち着こうよ」


 エンカは少女の傍に腰かけると、少女と目線を合わせてニコッと笑った。


「君が、レジェル?」

「……はい」

「俺は、エンカって言って、ソータの友達」

「……」

「俺達さ、どういう状況か全くわかってないんだ。助けるためには、君たちが中でどういう風に過ごしていたのか知りたい。ちょっとずつでいいから……話してくれる?」

「……」


 少女は透明な珠を両手で包み、抱きしめた。そして小さく

「……はい」

と言ってエンカと俺を見上げた。


「アズマとシズルは逃がしてもらったあと、いろいろあって……記憶を失ってしまっていたんだ。だから助けに来るのが遅くなって……本当にすまない」


 俺は頭を下げた。レジェルは黙って首を横に振った。


「双子を逃がしたあと、ベラとレジェルはどうなったんだ?」

「……そのとき、私は6歳でした」


 レジェルがポツリと言った。

 ……ということは、今は14歳ということになる。

 とてもじゃないが、そうは見えなかった。エンカが最初に言っていたように……10歳ぐらいにしか見えない。小さいし、細いし……。


「母さまは咄嗟に私に隠蔽(カバー)をかけました。ルフトから隠すためです。そして……ずっと私にかけ続けて、ルフトから私の存在を隠し続けてくれました」

「え……じゃあ、ルフトはベラ一人を監禁したと思ってるってことか?」

「……そうです」


 毎日娘にフェルティガを……そんなこと、可能なのだろうか。かなり消耗すると思うのだが……。

 ――そうか。ジャスラの涙があるからか。


「この珠は……」


 レジェルはギュッと珠を握りしめた。


「私のおばあさまの、さらに昔から……代々伝わる特別なもので、私達を闇から守ってくれる大切な宝だと母さまは言っていました。私達が隠れ住んでいた崖の下は、ジャスラの四か所にある祠と同じ条件を満たしていて、この珠が闇を吸収してくれるのだそうです」

「えっ!」


 俺は思わず大声を上げた。レジェルが不思議そうな顔で俺を見る。


「それはジャスラの涙と言って……特別な力を込めないと闇は吸収しない。ネイア……ヤハトラの巫女さえその存在を知らなかったのに、誰が力を込めたんだ?」

「そうなんですか? それは……わからないです。私は、母さまから話を聞いただけですし……珠はずっと母さまが持っていたから……」

「……」


 昔から伝わっているということだから、その時代の誰かがしたことなのだろう。

 ネイアに視てもらわないとわからないだろうな。


「……わかった。じゃ、それはいい。それで?」

「ルフトに捕まったことで崖下から出たから……珠の闇を封じ込める力が緩み、ルフトにとり憑いてしまいました。当時、私はまだ幼く、フェルティガも発現していなかったのでよくわからなかったのですが……。母さまはそう言っていました」


 だいぶん慣れてきたらしく、レジェルは真っ直ぐに俺たちを見て話す。

 ずっと閉じ込められていたのと、おそらく食事もまともにとれなかったせいで成長が遅れてしまったのだろう。

 だけど、見た目が幼いだけで中身はかなりしっかりした子なんだな、と思った。


「ルフトの目的は……何だったんだ?」


 俺が聞くと、レジェルが俯いて唇を噛んだ。苦しそうな表情をしている。

 そして消え入りそうな声で

「……フェルティガエの子供、です」

と言った。


「……子供?」

「双子のお姉さんの経緯を聞いていた母さまは……私がだいぶん大きくなってから、そう言っていました。だから母は……念のため私の存在を隠したそうです」


 レジェルは俯いたまま小さい声で答えた。


「最初は奥さんを失った淋しさとか、自分の本当の子供が欲しかったとかだったんだろうけど、闇にとり憑かれて……その気持ちが暴走したんじゃないかって」

「……」


 娘が成長してルフトの毒牙にかからないように……隠蔽(カバー)をかけたということか。

 つまり、ベラが身を挺して娘を守っていた、ということだな。

 じゃあ、妹というのは……。


「母さまは闇から身を守り、私に隠蔽(カバー)をかけることで精一杯で、とてもじゃないけど逃げることなんてできませんでした。ルフトに従うしかなかったんです。でも……ヒコヤさまが……ソータさんがジャスラに留まっているということはわかっていたので、いつか時が来るまでこの場所で待つしかないと言っていました」


 ジャスラの涙に込められた勾玉の力……崖下から持ち出されたことで徐々に失われていったけれど、それは感じられたということか。

 でも……普通のフェルティガエは勾玉の力のことなんて知らない。実際、アズマとシズルはそこまで分かっていなかったよな。それに……そこから俺の気配を察することなんてできないと思う。

 そんなことができるのは、ネイアぐらいだと思っていたが……。

 レジェルの浄化の力といい……この母娘は、どうやら普通のフェルティガエとは違うようだ。


「それで……この8年間、どうしてたんだ?」

「……闇にどんどん浸食されたルフトは、子供を生まない母に苛立って暴力を振るうようになりました。命の危険を感じた母は、珠と私を守り続けるにはルフトの要求に答えるしかないと……2年前、妹のミジェルを生みました」


 フェルティガエは……心が拒否した人間の子供は懐妊しない。8年前、ベレッドのリュウサが教えてくれたことだ。


 これ以上レジェルにこのことを聞くのは酷な気がして

「じゃあ……どうしてレジェルだけ屋敷を出てきたんだ?」

と質問を変えた。


「俺が近くに来たことがわかったからか?」

「そうです。そして……私のフェルティガが発現して、今この時しかないと母さまが言いました」

「レジェルのフェルティガって……」

「闇の浄化です。発現した途端、ルフトを中心に広がっているのが見えて……とても怖かった。振り払ったら消えたから……母が、これなら私に珠を託して外に出しても大丈夫だろう、と……」


 レジェルの珠を持つ手がぶるぶると震えている。


「じゃあ、あの……俺にはレジェルが違う人間に見えたんだが……」

「私のもう一つの力……幻覚です。相手に望む姿を見せることができる力で、これならソータさんに見つけてもらえるだろうって……」


 確かに……レジェルを見つけたとき、闇を浄化したのを見て水那のことを考えた。

 そしたら俺の目には、もう水那の姿にしか見えなかった。

 俺の想いに反応したということか……。

 勾玉が、俺とわずかに残っていたレジェルのジャスラの涙を繋いだ、と……。


「ただ……本当にソータさんがヒコヤさまかわからなくて……最初、逃げてしまったんです。すみませんでした」

「いや、それは……俺もかなり焦ってたから。驚かせて……ごめん」


 水那の姿を見て、かなり動揺していたからな。


「ミズナさんはさ、ソータの恋人なんだよ」


 エンカが横から口を挟んだ。


「恋人……?」

「そう。ジャスラの闇を浄化するために、ヤハトラの神殿の奥に消えたままなんだ。この8年間。だから……お母さんを助けたらさ、レジェルもミズナさんを助けてやってね」


 エンカが無邪気に言う。何だか交換条件みたいな感じがちょっと嫌だったので、俺は

「それは、今はいいから」

とエンカを制した。エンカは「えー」とちょっと不満そうだった。


「それにしても、どうやって屋敷から抜け出したんだ?」


 気を取り直して聞くと、レジェルは

「母さまがルフトに入口の隠蔽(カバー)をかけ直すからと言って……私を一緒に連れ出して、こっそり外に出してくれました」

と説明してくれた。


 つまり……エンカが見つけたのは、そうして外に出され、ベラの隠蔽(カバー)が解けた直後のレジェルの姿だったということか。


「だから……母さまは自分の気力だけで闇に耐えている状態なんです。幸い妹はまだ発現していませんし、母さまの傍にいるので……影響しないと思います。でも……このままでは、いつか……」


 そこまで言うと、レジェルはポロポロと涙をこぼした。

 ここまでかなりきちんと俺たちに説明してくれたけど、心の中では不安でいっぱいだったに違いない。


「――だいたい、話はわかった」


 疑問はいろいろあるが、とにかくあまり時間はなさそうだ。

 早くベラとミジェルを救う手立てを考えた方がいい。


「レジェルを見つけた場所……あそこから、屋敷に侵入できるんだよな」

「……はい」

「モンスと相談して手筈を整えよう。レジェルはここで待って……」

「いえ!」


 レジェルが激しく首を横に振った。


「母さまが心配です。私の浄化の力が必要かも……。どうか、私も連れて行って下さい!」

「でも……」

「お願いです!」

「だけど、そんな身体じゃ……」


 レジェルは小さいだけでなくガリガリで、歩くのもやっとという感じだ。屋敷内に侵入したあとは、どう考えても闘いになるはず。

 闇も溢れてるし危ないと思うんだが……。


「ソータ。俺が連れていくよ」


 しばらく黙っていたエンカが口を挟んだ。


「お前……」

「だって中に入ったあと、ソータは闇を追ってルフトを見つけられると思うけど……お母さんのいる場所はわからないんじゃない?」

「……んー……」

「レジェルならわかるよね?」


 エンカが振り返ってにっこり微笑みかけた。


「――はい!」


 レジェルは嬉しそうに笑った。初めて見た笑顔だった。


「俺が背中に背負っていくからさ」

「……仕方ないな」


 多節棍は中距離の武器だ。エンカの実力があれば、レジェルを傷つけることなく守りきれるだろう。


「じゃあ……作戦を考えるか」


 俺がエンカとレジェル、そして少し離れた場所で聞いていたホムラの顔を見回すと、三人とも力強く頷いた。

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