12.久しぶりに会いたいな
「わらわが視た記憶は以上だが……何か聞きたいことはあるか?」
「……いえ……」
ネイアの問いかけに、レジェルは俯いたまま深く頭を下げた。
「よく……考えてみます。ありがとうございました」
「……そうか」
ネイアが合図をすると、扉が開いて一人の神官が現れた。
「レジェル……すまないが、アズマとシズルに会ってやってくれぬか。二人とも、お前に詫びたいと強く申しておる」
「そんな、お詫びなんて……」
「構わぬか?」
「……はい」
レジェルは俺にも会釈をすると、神官に案内され、神殿を後にした。
その後ろ姿を見送る。
扉が閉まると、ネイアがふと俺の方に向き直った。
「先ほど何か言いたそうな顔をしていたが……」
「……あ」
しかし……どう聞いたらいいものかな。
「あの……その……なんつーか……」
「――何だ」
少し焦れたようにネイアが睨む。
「フェルティガエの女性は、心を拒否した相手の子供は妊娠しないって……ベレッドの神官に聞いたんだけど」
「そうだな。……というより、その者の気持ちの強さによるのだ」
「気持ち……?」
ネイアは自分の胸に手を当てた。
「相手を想う気持ち。授かりたいと願う気持ちだ。……個人差はあるがな。だから、授かったのだろう。崖下の娘も……ミズナも」
「――!」
……っていうことは……つまり……え?
水那は……俺を……え?
「……知らなかったのか……?」
どう言っていいかわからず、俺はただ頷くしかなかった。
「そうだな。こんなこと、男であるソータに説明する必要はなかったものな」
ネイアは少し困ったように微笑んだ。
「フェルティガエは身体が丈夫でない者が多い故……たくさんの子をもつことはできぬ。せいぜい二人……そして、二人目の確率はかなり下がる。ベラが衰弱したのはそのせいもあるだろう」
「……」
「フェルティガエはヤハトラに集められるゆえ、ここにいる年頃の娘には必ず教えている。だが……巫女の妹である母は、まだ教えてはいなかったのであろうな。そんなことになるとは思わなかったであろうし……。わらわも……ミズナには教えていなかった」
「……」
「崖下の娘も――ミズナも、そんなことは知らなかった。でもヒコヤに対する強い想いがあったから……なるべくしてなったのだろう」
ネイアの声が……俺の心に沁み込む。
――水那。目覚めたら、伝えたいことが、たくさんあるよ。
謝らないといけないこと……いや、違うな。たくさんのありがとう、かな。
俺は神殿を見上げた。
真っ黒な闇が蠢いていて……やはり、水那の姿を見ることはできなかった。
その日はヤハトラで休むことになり……レジェルもアズマとシズルの部屋で一緒に寝ることになった。
今後どうするかは明日返事をくれることになっている。
ヤハトラでは俺も一つ部屋をもらっている。
何だかいろいろなことがあってとても疲れたから……まだ夜になる前だったけど、ごろんとベッドに転がった。
ふと……旅の記録のことを思い出す。
リュウノスケは……自分の子孫がジャスラにいるなんて、全然知らないんだろうな。
俺は、トーマがミュービュリにいることを知ってるけど……。
――そう言えば、ミュービュリを視せてもらったのって、結構前になるな。半年前だったっけ?
ふと思い立って、俺は起き上がって部屋を出た。
神殿に行くと、ネイアがセイラを抱き上げてあやしているところだった。
「あ……取り込み中?」
「いや……問題ないが。何かあったか?」
「親父とトーマ……どうしてるかと思ってさ。……視れるか?」
「……聞いてみよう」
ネイアが合図をすると、神官がすっと神殿を出て行った。
この世界――パラリュスからミュービュリを視るには夢鏡と呼ばれるものを出す必要がある。
その能力があるフェルティガエはそう多くはないし、その神官の体調によっては不可能な場合もある。
しばらくすると「大丈夫です」という返事が返って来たので、俺はネイアと共に神殿を出た。
「……今度旅に出たら、かなり遠くまで行くことになるからな。ここに帰ってくるのもだいぶん遅くなりそうだから……」
「……そうだな。ただ……ベレッドには夢鏡が使える者もいる。ベレッドに着いたら視ることもできるだろう」
「……そっか」
部屋に入ると、三人の神官が控えていた。
俺達が座ると、中央の神官が手を翳した。その場に楕円形のスクリーンのようなものが現れる。
森と林に囲まれたのどかな風景が映る。
ミュービュリに戻ったあと、親父は早期退職をしてトーマと二人、T県の山奥に移り住んだ。
俺と親父が吸い込まれた神社のある場所だ。
パラリュスとミュービュリをつなぐ穴は、神器に関わる場所に現れる。
再び穴が現れるかもしれない……と、親父は考えたのだろう。
俺はいつか水那を連れて帰るとは言ったけど……実際のところ、その可能性はかなり低かった。
親父もわかっているのか……トーマには両親は死んだと説明したようだ。
視点はやがて一つの家に絞られた。
庭で、親父が竹刀を振るっているのが見える。
「……親父殿は元気なようだな」
ネイアがふっと微笑んだ。
「そうだな。本当にトーマのことビシバシ鍛えてくれてるみたいだ」
トーマはどうやら家にはいないようだ。まだ昼間だから……学校かな。
そう思っていると、景色が変わった。今トーマは8歳のはずだから……小学3年生か。
学校の玄関が映り……トーマが誰かもう一人の少年と話をしていた。
〈なぁ、ユズル。お前、あのおっさんが盗むところ見たのか?〉
〈えっ……〉
ユズルと呼ばれた少年がトーマを見上げて驚いたような顔をしていた。
ちょっとドキッとする。日本人には珍しく……左目が紫色だったからだ。
「……ん?」
ネイアも気づいたようだ。
「ソータ……ミュービュリの人間の大多数は茶色ではないのか」
「普通はそうだけど……ハーフか何かかもな」
「……紫……」
そう呟くと、ネイアは黙り込んだ。
ハーフだとしても……紫色はかなり珍しい気がする。それに、オッドアイなんて滅多にいないんじゃないかな。
少し気にはなったが、俺はとりあえず夢鏡の映像に集中した。
〈左目、気にしてるのか? じゃあ、俺の陰に隠れればいいよ。そしたら話せるだろ〉
〈……気味悪くないの?〉
〈え、だって、お前の母さんの目もちょっと紫がかってるじゃん。遺伝だろ〉
こいつ、細かいこと全然気にしないよな。まぁ、いいと思うけど……いったい誰に似たんだろう? ……親父かな。
「……母親……」
ネイアが再び独り言を言った。
「何かあるのか?」
「……」
俺の問いには答えず、ネイアはそのまま夢鏡を凝視していた。
トーマと紫色の目の少年はしばらく押し問答をしていたが、やがてトーマが何かに気づいたらしく、少年の手を離して外に飛び出して行った。
〈……トーマ、ジャンパーのポケット!〉
少年がそう叫ぶのが聞こえて……トーマが外にいた中年の男に飛びついてジャンパーを引っ張った。
その後トーマと男が揉み合っていたが、男の破けたジャンパーから何かの袋が出てきた。
何の騒ぎかよくわからないが……どうやら、男が何かを盗んで、それに気づいたトーマと紫色の目の少年が追っかけてきたってところかな。
そのあと、トーマが男に飛び蹴りを食らわして、学校の先生に男が取り押さえられたところで、映像はぶつんと途切れた。
「おお、いい蹴りだったなー。さすが俺の息子」
思わず呟くと、傍に控えていた神官がくすりと笑った。
しかし、ネイアはずっと何かを考え込んでいる。
「ネイア、どうした?」
「……少年の母親を探すことはできるか?」
俺の質問を無視して、ネイアが中央の神官に問いかける。
「それは、多分……。さきほどの紫色の瞳の少年ですよね」
「続けて夢鏡を出すのは大変かもしれぬが……やってほしい。大事なことなのだ」
ネイアの真剣な様子に、神官は黙って頷いた。
再び目を閉じ、意識を集中させる。そして手を翳したが……今度は何も出ないままぶつんと途切れた。
「きゃっ……」
「……どうした? やはり無理をさせてしまったか……?」
ネイアが心配そうに神官を見る。神官の額には汗が滲んでいた。
「いえ、そうではなくて……何かに弾かれました。視えません」
「……!」
ネイアは一瞬息を呑むと、すっと立ち上がった。
「負担をかけてしまい……すまなかった。休んでくれ」
「……はい」
「ソータ、行くぞ」
「あ……ああ」
俺は慌てて立ち上がった。
「あの……ありがとう。二人の姿が視れて、嬉しかった」
俺は三人の神官に礼を言うと、ネイアの後を追って部屋を出た。