表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

9.俺に何ができる?

 目を覚ますと……そこは、ドーの町の宿屋の一室だった。

 レジェルが落ち着くまで待って……ホムラが縛り上げたルフトを抱え上げて地下の部屋を出ようとしたところまでは憶えているが……その後どうしたっけ?

 そうか、浄維矢(せいや)を使ったから……俺はまた、倒れたんだな。

 8年ぶりだったしな……。


「お、起きたか」


 部屋の扉が開いて、ホムラが顔を出した。


「おはよう……」

「おう」


 ホムラがカップに入った飲み物を差し出す。……例の、チャイの睾丸と肝を混ぜて煮出した汁だった。


「……飲まないと駄目か?」

「前もそのおかげですぐ元気になっただろうが」

「……」


 俺は覚悟を決めて一気に飲み干した。

 うおー……相変わらず不味い……。


「で……あれからどうなったんだ?」


 ホムラにカップを返しながら聞く。


「俺達が玄関から出たときには、領主側の兵士はみなへばっている状態だったな。気絶したルフトを見てみな項垂れていた」

「ふうん……」


 満身創痍だったからな。闇の力がなくなれば……戦う力は残っていないか。


「モンスが新しい領主になることを宣言した後……モンスの兵が領主側の兵士をみな拘束して、エークに連れて行った。これからはエークの町がラティブの中心になるみたいだな」

「そっか……」


 俺はふと、辺りを見回した。


「……レジェル、どうしてる?」

「……ああ」


 ホムラは腕組みをして俯いた。


「母親を川から見送っている間は……ずっと静かに泣いていたな」


 パラリュスでは、亡くなった人を海に流して弔うという風習がある。

 ラティブは海に面していないので、川から送ったのだろう。

 俺はそれにも立ち会えなかったんだな……。申し訳ないことをした。


「そのあと一足先にドーを出たぞ。モンスがエークに向かう車に一緒に乗って行った。エンカは姉妹の付添いで一緒に行ったんだ」

「……そうか……」


 少しは落ち着いただろうか。俺を……恨んでいるだろうか。


「エークに向かう頃には泣きやんでいたが……ちっちゃい嬢ちゃんを抱えたまま、黙りこくってたな」


 ホムラが溜息をつく。


「エンカには少し気を許してるみたいだから……道中、ヤツがどうにかするだろう。女と子供の相手は得意だからな」


 だと、いいけど……。

 これから……二人はどこにいけばいいんだろう?

 レジェルはフェルティガエだからヤハトラでもいいが、ミジェルはまだ幼いし、フェルティガエでもない。

 エンカが大丈夫なら……レッカに頼んだ方がいいだろうか?


「――ちょっと思ったんだけどよ」


 ホムラが急に真面目な顔で切り出した。


「ん?」

「あの母親は……何で嬢ちゃん一人を外に出したんだ? どうせなら三人で出ていくか、あるいは反乱軍が領主に勝つまで屋敷で待ってた方がよかったんじゃねぇか?」

「……」


 闇に対する耐性が強いホムラには、あまりピンと来ていないようだった。

 フェルティガエ……特にミュービュリの血を引くフェルティガエにとって、闇がどれほど脅威になるか、俺は知っている。


「多分、どっちも無理だったと思う」

「何でだ?」

「地下から出るのに、ルフトを言いくるめたと言っていただろ? ルフトしか彼女たちを地下から出す人間はいなかったってことだ。そしたら、仮に娘二人に隠蔽(カバー)をかけたとしても、自分がルフトを振り切って逃げるだけの体力は恐らく残っていなかったと思う。そして、ミジェルの姿が消えればルフトはすぐ異変に気づくだろう。待ち望んでいた、自分の娘だからな」

「……」

「だから出すとしたら、レジェルだけだろうな」

「そうか……」

「そして……ベラはレッカと違って障壁(シールド)が使える訳じゃない。仮にレジェルを外に出さず、屋敷に籠っていたとしても……フェルティガを発現してしまったレジェルを闇から守りきることはできなかったと思う」

「ふうん……」


 ホムラは頭をボリボリ掻いた。


「じゃあ……仕方ないことだったんだな。ソータが落ち込んでもしょうがないだろ」

「いや……」


 俺は首を横に振った。


「ルフトがベラに会いに行く前に捕まえられればよかったんだ。そうすれば、もう少し母娘の時間を取れたのに……」


 ルフトが近付いたために、ベラが自分の生命力を使って闇に耐えなければならなくなった。だから……俺のミスだ。


「反乱軍が事前の計画より早く突っ込んじまったからな。あれ……領主の兵士が何かの用事で屋敷に入るのを勘違いしたらしいってことだ」

「……もう少しきちんとした合図を考えておけばよかったな……」

「んー……そんなこと言ってたら、もう少し早く出発すればよかった、とかキリがなくなるじゃねぇか」

「……」

「それより、嬢ちゃんたちにとってこれからどうしてやるのがいいか、考えようぜ」

「……そうだな」


 頭ではわかっている。けれど……やはり、気は晴れない。

 俺は溜息をつきながらベッドから降りた。


「それで……どうする? すぐにダマでエークに向かうか?」

「いや……ちょっと気になることがあるんだ。ホムラも来てくれないか?」

「ん?」



 宿から外に出て、俺達は領主屋敷に向かった。

 屋敷は、モンスの部下によって取り壊しが始まっていた。ルフトの権威の象徴を失くしてしまおう、ということなのだろう。

 屋敷の裏手に、崖がある。かなり深い崖だ。


「ここの下に行きたいんだが……。確か、レジェル達がもともと隠れ住んでいたはずなんだ」

「なるほど……」


 ホムラも覗き込む。


「さすがに俺でもただでは済みそうにないな。落ちるしか方法はないのか?」

「隠し通路があるはずだが……」


 俺は辺りをキョロキョロ見回した。

 ……ふと、何か光を感じてそちらの方に近寄って見る。

 ジャスラの涙の雫だった。ポツンポツンと所々に落ちている。

 拾い集めながら進むと、隠し通路の入り口らしきものを発見した。


「……ここか」

「よく見つけたな」

「雫が教えてくれた」


 俺達は通路を進んでみた。幅が狭く高さもないのでしゃがまないといけない箇所もあるが、女ばかりでこっそりと暮らすにはちょうどいいのかも知れない。

 しばらく進むと、少し広い所に出た。

 そこは……岩穴のような場所で、壁にはさらに横穴が開いていた。

 横穴を進んでいくと、二つぐらいの部屋に分かれていた。片方は寝室で、もう片方は食事をしたりする場所のようだった。

 もう誰も住まなくなって長いせいか、かなり薄汚れていた。

 ここが……ベラたちが住んでいた場所か。

 俺は再び岩穴に戻ると、ぐるりと辺りを見回した。

 確かに……デーフィやハールの祠と、同じ雰囲気がする。


 少し歩くと、光が差す明るい場所に出た。上を見上げると、白い空が見える。

 ここが……さっき領主屋敷の裏から覗きこんで見えた場所なんだろう。

 ふと見ると、壁に沿ってジャスラの涙の雫が散らばっていた。


「ホムラ。雫があるから拾っていきたい。ちょっと待っててくれるか?」

「どこにあるんだ? 手伝うぞ」

「いや……それより、横穴の……ベラとレジェルが住んでいたところを調べてくれないか? ベラが何か残してないかと思ってさ。レジェルに渡せれば……」

「わかった」


 俺達は手分けして作業を始めた。

 俺は雫を集めながら、ぼんやりと旅の記録のことを思い出していた。


 ――領主の屋敷付近でリュウノスケが行方不明になってしまった。裏手の崖に落ちたようだ。この場所にひっそりと隠れ住んでいた母娘に助けられた。


 ……九代目のヒコヤが落ちた場所というのは、ここで……ずっと隠れ住んでいた母娘というのは、レジェルの先祖なんじゃないだろうか。

 だとすると……ここにこれだけジャスラの涙の雫が落ちているということは、ここに五つ目のジャスラの涙があったのかもしれない。

 本当はヤハトラの巫女の指示を仰ぐべきだけど……母娘を守るために、九代目のヒコヤが勾玉の力を込めて渡してあげた、ということなのかもしれないな。


「ソータ、だいぶんくたびれてたが……縫いかけの服があったぞ」


 ホムラが俺の方に来て白い布を渡した。


「他のは湿気でボロボロだったけど、これだけ無事だった」


 広げてみると……子供用の服のようだった。当時まだ小さかったレジェルに着せるつもりだったのかも知れない。


「洗って残りを繕えば……ちっちゃい嬢ちゃんがもう少し大きくなったときに着るのに、いいんじゃねぇかな。キラミにでも頼んでみるか」

「そこはセッカって言わないんだ……」

「あいつ、服には無頓着でよ。料理はうまいけど裁縫は全然駄目だから」


 そう言うと、ホムラは楽しそうに笑った。

 俺もつられて笑うと、白い布を畳み直して荷物の中にしまった。

 これで……レジェルが少しでも元気になるといいんだけどな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「旅人」シリーズ

少女の前に王子様が現れる 想い紡ぐ旅人
少年の元に幼い少女が降ってくる あの夏の日に
使命のもと少年は異世界で旅に出る 漆黒の昔方
かつての旅の陰にあった真実 少女の味方
其々の物語の主人公たちは今 異国六景
いよいよ世界が動き始める 還る、トコロ
其々の状況も想いも変化していく まくあいのこと。
ついに運命の日を迎える 天上の彼方

旅人シリーズ・設定資料集 旅人達のアレコレ~digression(よもやま話)~
旅人シリーズ・外伝集 旅人達の向こう側~side-story~
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ