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大深度地下女子高生祭り

作者: やおいやおい

 地上を闊歩する女子高生は、すべてエイリアンだった。


 ヒーロー特撮かエイプリルフールのウソのような研究論文が発表された。街で見かける女子高生(エイリアン)は、みな人類に擬態したエイリアンで、男性から性的にエネルギーを奪う。そして蓄えたエネルギーで地下に卵を産み付けるのだ。

 三〇年前、僕がまだ大学生の頃だ。学食で、ケータイ片手に食事をしていた。生中継された首相の緊急記者会見に釘付けになった。気付けばかけ蕎麦はすっかり伸び、ショックと緊張から味がしなかった。どうやら確からしい。確信した僕は、一年生の身ながら研究室のドアを叩いた。

 女子高生(エイリアン)の卵は、モホロビチッチ不連続面よりも内側、マントルの中を蠢く。数百年周期でマントルから浮上し、岩盤に卵を産みつける。卵はマントル周辺のウラン鉱を糧に成長し、やがて孵化する。そして孵化するとき、時として小規模な核分裂を起こすのだ。匹敵する強烈なエネルギーを放出され、地震となる。地震の原因は女子高生(エイリアン)だった。

 太平洋プレート・ユーラシア大陸プレートの狭間は、よい産卵場だった。論文の仮説通り、多数の卵が発見された。その中の一つ、東京の地下一〇〇〇キロに存在するとされた卵は、通常の卵の数倍のサイズであることが判明した。孵化を許せば、日本は滅びる。日本だけではない。世界中で大規模災害を引き起こしかねないサイズの女子校生の卵が発見された。孵化した時点で女子高生の姿なのか、地上に出てから女子高生の姿に擬態しているのか、分からない。ある生態学者の調査では女子高生(エイリアン)に擬態したのは、女子高生に初めて接触した(ファーストコンタクト)からかも知れないのだという。しかし、いずれにしても、女子高生(エイリアン)と地殻変動が密接に関わっていることは確からしかった。

 すぐさま国家を上げた卵破壊プロジェクトが発足した。地下へ地下へと一〇〇〇キロ、岩盤を削り、核融合爆弾で卵を爆破する。時間との戦いだった。当時の掘削機では間に合わない。掘削機に幾年もの日々が費やされた。いざこれ以上の速度が望めなくなったとき、それでも全速力で走らせてもってして、孵化する直前に爆弾を届けられるか否か。掘削機の運転は、最大船速が求められる。そのためにも、掘り進める地質を見極める人間の勘に頼らざるを得ない。

 のみならず、放射能汚染を防ぐためには、爆弾を届け次第、爆発前に穴を埋める必要があった。エレベーターシャフトを掘り進めつつ、端々に爆薬を仕掛け、人の制御が欠かせず、作業員を救う必要がある。そうして、地底まで超巨大掘削機で掘り進み、超高速エレベーターで地上にとんぼ返りする。途方も無いプランが採択された。


 幾年もの歳月をかけて開発された超巨大掘削機、通称「プラットフォーム」。全高が五〇階建てのビルほどもある巨大な船だ。核融合炉を有し、無尽蔵なエネルギーで直径三〇〇メートルのドリルを使って掘り進める。掘削した土は、圧縮形成してシールドとなり、地上へと帰るための真空エレベーターシャフトが構築される。大深度地下の気圧に耐えうる潜水艦以上に丈夫な構造と、宇宙ステーション以上に充実した各種プラントを有し、水耕栽培で乗組員百三十人が自給自足可能だ。艦内に全てのエネルギーを供給する核融合炉は、エイリアン攻撃用の核融合爆弾を兼ねている。大深度地下に辿り着いたときには、人類対エイリアンの決戦兵器となるのだ。

 僕が最初にプラットフォームに乗り込んだのは、約二〇年前。ポスドクとして在籍していた対エイリアン総力戦研究所からの推薦だった。作業員、指令員、技術者、科学者――選抜に選抜を重ねられたメンバーが乗り込み、八年にわたって狭い世界で寝食を共にした。

 壁を覆い尽くす計器、複雑に這うパイプ、吹き出る蒸気、力強く動き出す機械――それらを自在に操る科学者。子どもの頃から、僕は、科学者になりたかったのだ。プラットフォームに再び乗り込んでから、毎晩のように子どもの頃を思い出し、現実を噛みしめた。科学の力で人類を救おうとしている自分たちに、興奮を覚えた。

 しかし、作戦は失敗だった。エイリアンの卵まで、まだ約半分、地下四〇〇キロというところで、地震によりプラットフォームが圧壊し、核融合炉は壊れてしまった。女子高生(エイリアン)の孵化は予想よりも早く、地震が頻発し、幾多のプラットフォームが地殻変動の犠牲になった。そのような中、僕らは運よく、命辛々に地上へと戻った。

 数年ぶりに見る空は青く、数年ぶりに吸う地上の空気は清々しかった。しかし、日に日に拭いがたいものが溢れた。やがて清々しさは微塵も感じられなかった。悔しさが科学者として、リーダーとして、男としての僕を奮い立たせ、再び地下へと誘ったてくれた。僕らは、卵を、絶対に破壊しなければならない。新型プラットフォームの完成と、「艦長」としての搭乗。それが五年前のことだ。




 大深度地下、八〇一キロ。ようやく辿り着いた。しかし、プラットフォームの管制室は赤い非常灯と警告音に包まれている。

 計測器を確認する。目指す先を震源とする軽度の地震が、断続的に続いていた。一旦、警報を解除し、計測チームのチーフに意見を求める。青ざめた顔に、答えがにじみ出ていた。


「卵の孵化が始まったようです」


 管制室に、小さくどよめきが起きた。

 手の震えを隠すため、僕は拳を固く握りしめた。自分を見失いそうな時は、親指に残る深い傷を摩る。子どもの頃に工作をしていて、カッターナイフで切ってしまった痕だ。僕は元来、全くの不器用だ。それでも「実験」を続け、「工作」を続け、科学者になった。科学者への憧れだけは負けない。いつだって科学者としての自負を胸に、ひたすら勉強した。だからこうして、人類の生存のために、人類の夢を背負い、人類の到達した地底最深部に立っているのだ、と自分に言い聞かせた。

 大きく深呼吸して、僕は自分の使命を思い起こした。ここで核融合炉を爆発させたところで女子高生(エイリアン)の卵の殻に傷をつけられるかは、実際問題、誰にも判らない。確実に有効な一撃を与えるには、せめてあと百五〇キロは掘り進める必要があるという、試算の結果だけがあった。しかし、その百五〇キロを掘り進めるにしても、まだあと半年から一年はかかる。その間に女子高生(エイリアン)の卵が孵化する可能性は非常に高く、孵化すれば人類は滅亡する。

 今日この日まで、秘密の指令書を心の中で何度も読み返した。自分を言い聞かせ、自分の使命を信じた。それでも、地上で受け取った秘密の指令書を、疑わずにはいられなかった。覚悟を決めて、艦内放送用のマイクを取った。


「各セクションのチーフは、状況確認が済み次第、管制室に集合してくれ」



 各セクションのチーフも、管制室詰めの作業員も研究員も、みな、無言だった。孵化が始まればエレベーターシャフトが崩れて地上に帰る手段はないこと、このまま掘り進めても間に合いそうにないこと、仮に今すぐ核融合爆弾を爆発させても卵に致命打を与えられるか判らないこと――そのようなことは乗組員一同、みな感づいていた。

 僕は、乗組員たちが管制室に押し寄せるのではないかと思った。しかし、集まってきたのは掘削チーム、計測チーム、食料課……各セクションのチーフだけだった。ここに姿の見えない圧倒的に多くの乗組員たちは、きっと今も持ち場を忠実に維持してくれているのだろう。

 どのような状況においても諦めない精神が求められる――そう言って始まったプラットフォーム搭乗訓練初日から、既に幾年も経っている。これまでにも幾度と無くトラブルに対処してきた。避けがたいものもあれば、人的ミスもあった。乗組員の信頼と結束と機転が、今日まで試練を乗り越えさせた。乗組員たちにしてみれば、今ある全てをこのプラットフォームと共に築いてきた。

 心身ともに健康な若人が、同胞の未来の為に、二十代をかなぐり捨てた。家族とも会えずに過ごしてきた。そしてこの五年、地下に潜り続ける不安な面持ちの中に、気概と自負が感じられた。


「艦長、これで人類が救われるかも知れないのなら、何でも試しましょう」

「核融合爆弾を起爆し、エイリアンの卵にかすり傷でも負わせてやりましょう」


 エイリアンがついに孵化しようという事実、その一点が、彼らに自決を迫ったのだ。だが、まだ戦いが終わったわけではない。プラットフォームの艦長として、僕は全ての乗組員に指令を告げる義務がある。


「我々は、どのような状況においても諦めない。これから秘密の指令書の内容を伝える。」


 僕は簡潔に伝えた。非常ハッチを開ければ女子高生(エイリアン)と会えるかも知れないことを。そして、秘密の指令書の内容を。秘密の指令書には、作戦名が書かれていた。曰く、「地上を闊歩するオッサンは、もとより、すべて“エイリアン”である」。そして、そこには「間に合わない場合、核融合炉で自爆してはならない。非常用ハッチを解放し、エイリアンと接触せよ」と書かれていた。


「非常用ハッチを開ければ、女子高生(エイリアン)と遭遇する可能性が高い。男のフェロモンを感じ取り、ここに押し寄せてくるだろう」


 管制室に、どよめきが起きた。


 プラットフォームに乗り込んだ乗組員の多くは、社会によって、よほど酷い仕打ちを受けてきた。ほぼ全員が進学校の、それも中高一貫の男子校出身者だ。僕もその一人、女子高生について伝聞したことはあっても、目にしたことはない。徹底した男女別学、エイリアンから女子高生を保護する各種施策のせいで、僕らは女子高生を知らない。

 女子高生(エイリアン)の卵を破壊すれば、当然、女子高生(エイリアン)は地上に現れない。だが、女子高生がいなければ青春は謳歌できない。地上を女子高生(エイリアン)で埋め尽くす、若人の夢の卵を、僕らは破壊しようというのだ。人類の命運を背負う使命のように思え、同時に、天に唾する行為のようにも思っていた乗組員も、今思えば決して少なくなかったのかも知れない。


「今、僕らは戦友であり、親友であり、家族であり、パートナーである。秘密の指令書に従うべきか、あるいは、核融合爆弾の起爆を試みるか――運命を共にしてきた仲間たちに決断を委ねたい。」


 各セクションのリーダーは一度、乗組員に決断を伝えに担当セクションに戻り、再び管制室に集った。その間、僕は幾度となく乗組員の雄叫びを耳にした。


立ち上がれ、日本!(エレクト ジャパン)

「エイリアンと接触し、最後まで戦うぞ!」

「玉砕覚悟の肉弾戦だ!」

「疲れたオッサン舐めんな!」


 最早、我ら抜刀隊に必要なのは、僅かなアイコンタクトだけだった。

 緊急事態用の電子キーを管制装置に通す。管制室にアラートが鳴り響き、艦長デスクの前にガラスケースに包まれた二つのボタンが出現した。二つのボタンが同時に押し込まれると、アラートが鳴り止み、通常灯から非常灯に切り替わった。

 ついに、非常用ハッチが開かれた。


さあ、来い、女子高生(エイリアン)

 いいや、来てくれ、女子高生(エイリアン)

  大深度地下女子高生祭りを、いざ!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] あははと笑い通り過ぎてしまうには惜しくなりました。また読ませてくださいね。
2017/02/20 19:21 退会済み
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